分かりやすい霞ちゃん

「……こほっ! けほっ!」

「完全に風邪だな。今日はしっかり休むこと」

「……無念なり」

「どこぞの武士かよ」


 ベッドに横になった霞の言葉に苦笑し、和希は背中を向けた。離れていく背中に手を伸ばしたくなったものの、そこまで迷惑は掛けられないので霞は寂しい気持ちを抑え込んでその背中を見送った。


「終わったらすぐ帰ってくるから。良い子で待ってるんだぞ?」

「……そこまで子供じゃないよ私は」

「そうだな。それじゃあ行ってくる」


 今度こそ和希は部屋を出て行った。

 今日はいつもと変わらない平日のはずだった。しかし、朝起きた時には既に体調が悪かったのだ。顔を赤くしていた霞に気づいた和希がすぐに熱を測り、それなりに高かったので学校を休むことが決定した。


「……お弁当も作れなかった。無念なり」


 和希と一緒に暮らすようになって数週間が経過し、彼の弁当を作ることも当たり前になっていた。喜んでくれる彼の顔が見たいのもあったし、何より毎日の楽しみだったからこそ残念だった。


「……和希が居ないと静かだな」


 和希は学校に行ってしまい夕方まで帰ってこない。

 この静けさは少し前の和希が居ない日常に戻ったような感覚だ。寂しくて、悲しくて、でも和希を頼れないそんな日々だった。だが今寝ている場所は和希のベッドということもあって寂しさはそこまでだった。


 どれだけ待っても和希と接することが出来ないあの日々に比べれば大したことはないのだから。


「……これはきっと、昨日のお風呂が原因かも」


 実は昨日、思い切って和希が入浴中に突撃したのだ。

 体を流したい、そして一緒にお風呂に入りたいという願いを叶えるためだ。浴室に入った霞を和希は驚いてみたが、すぐに諦めたように溜息を吐いて受け入れた。


「……ふふ♪」


 その時のことを思い出すと自然と笑みが零れる。

 顔を赤くし、霞に女を意識したのは間違いないだろう。けれど、途中からは昔を思い出したのか照れなんて全く感じさせることがないように話していた。


「……大丈夫。私は魅力のある女の子」


 自意識過剰、そんなものではない。

 今はまだ完全に意識させられないまでも、いずれちゃんと和希に一人の女の子として意識してもらうために頑張るのだ。


「……ふわぁ」


 和希のことを考えていたら幸せだが、それと同時に眠気が襲ってきた。

 出来るだけ早く体調を治す、そのためには睡眠は必要不可欠だ。眠っているなら和希が帰ってくるまでの寂しさを軽減できる……そう考え霞は眠りに就いた。


 霞は時々嫌な夢を見ることがある。

 それは決まって和希が離れて行ってしまう夢だ。そう、今だってそんな夢を見ていた。


「……和希!」


 和希、そう呼んでも目の前の彼は振り向いてくれない。

 それどころか、霞でもない全く別の女の子と連れ立って歩いている。霞に向けてくれる笑顔を、優しさを、気遣いを、それを一身に受けているのが自分ではないことに霞の中の嫉妬心が燃え上がった。


「……和希の隣は渡さない。絶対に渡さない!」


 夢とはいえ、見ている間は現実そのものだ。

 嫉妬心が燃え上がったとしても、和希が離れていく光景を見るのは心が苦しい。手を伸ばしても届かない、それなら目を覚ましてよと思っても現実に帰れない。


 目が覚めるまでの間、霞はずっと見たくもない景色を見つめ続ける。


「こうならないために頑張らないと……うん!」


 強くそう決意した。

 初恋は叶わない、そんなことを良く聞く。幼馴染の恋愛なんて実らない、そんなことも良く聞くことがあった。


『白鷺はいつも竜胆に引っ付いてんのな!!』


 それの何がいけないんだ、でも昔の霞は強く言えなかった。

 その度に和希がいつも守ってくれて、そんな背中に霞は惹かれたのだ。霞を守る和希に嫌な言葉を吐きかける同級生は多かった。その度に霞は泣きそうになり、強く励ましてくれた和希に救われた。


『気にすんなよ。ずっと守ってやるからさ!』

「……嘘、吐いたじゃん」


 今となってはそんな言葉も笑って呟ける。

 それもこれも、こうして和希と一緒に過ごすようになったからだ。いつも隣に居てくれた彼が戻って来てくれた。いつも彼の傍に居た霞に戻ることが出来た……それが本当に幸せなのだ。


 いつの間にか、目の前の嫌な光景は見えなくなった。

 それどころかどこか温かい、そんな温もりに誘われるように霞は目を覚ました。


「……?」


 目を覚ました霞を出迎えたのは当然和希の部屋の天井だ。

 時間を確認すると昼過ぎだったので結構寝ていたようだ。体の不調は少しあるものの、熱に関しては下がっているようにも感じる。簡単に昼食を済ませ、眠気は吹き飛んでしまったのでジッと起きて時間が過ぎるのを待つ。


「……むぅ」


 でもやっぱり、和希が居ないと退屈だ。

 いつもなら学校に行っているので友人たちも居るし退屈しない。一人で居ることがこんなにも退屈だとは……久しぶりに霞はそう思った。


 退屈……退屈……退屈、そう考えていると時間は過ぎて行った。

 時刻が四時になった頃合いで和希が帰ってきたようだ。霞はどうしてだか分からないが寝るフリをするのだった。


「ただいま……って寝てたか」


 寝てないんだけどね、心の中で笑った霞は目を閉じた状態で近づいて来る和希の気配を感じる。ベッドの近くまで来た和希に抱き着きたい衝動を堪えながら、ジッと目を閉じる。


「朝より楽になったっぽいな。そういや、昔も風邪を引いてもちょっと休めば元気になったもんな霞は」


 額に手を置かれ、体温を確認したのかもしれない。

 安心したようにホッと息を吐いた和希は次に霞の頭を撫でた。


「……こういう場合、寝たフリをしてるのも霞らしいけど……寝てるか?」

「……………」


 思いっきりギクッとした。

 ただ幸いなことに和希には気づかれておらず、完全に寝ていると信じ込んだみたいだ。


「早く元気になれよ。やっぱり俺は元気なお前を見るのが好きだからさ。それに、普段のスキンシップも……嫌じゃないし。ほんと、霞が傍に居ると退屈しないし何より元気になれる」


 和希の言葉に風邪なんて比べ物にならないほど体温が上がるのを感じる。

 今すぐカッと目を見開いて和希に構ってもらいたいのだが、流石にまだ風邪が治り切ってないので移してしまう可能性がないわけではないため我慢だ。


(……和希は卑怯……でも、一番はこうやって聞いてる私が卑怯)


 和希のためにも、これは絶対に寝ているフリをしないといけない。

 でも……それと同時に幸せを噛みしめることを許してほしい。そう霞は頬を緩ませるのだった。

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