過去に若干のざまぁを
「すみません。このショートケーキを二つお願いします」
週末の学校終わり、俺は一人で街で有名なスイーツショップに来ていた。
うちに来てくれることになった霞へのお礼も兼ねて、以前からケーキでも買って帰ろうって考えていたからな。
あくまでサプライズという体を取りたかったので霞とは学校で別れたけど、一体何をするのか気になっていたようで最後の最後まで俺に付いて来ようとしていた。朝比奈さんがカラオケに行こうと言って連れて行ってくれて助かった。
「よし、帰るとするか」
ケーキの入った箱を絶対に落とさないように気を付けながら歩いていると、俺は見覚えのある顔を見かけた。
「……倉持さんか?」
霞の友人の一人でもある倉持さんだった。
倉持さんは他校の男子と歩いているので、あれは彼氏かなと俺は考えた。朝比奈さんはともかく、倉持さんと話したことはないので特に何も思うことはない。そのまま通り過ぎようとしたところでまさかの倉持さんが振り向いた。
「……あ! 竜胆君じゃん」
「竜胆?」
気付かれてしまったか。
倉持さんはおそらく霞経由で俺のことは知っていると思う。だから少し手を上げて去ろうとしたのだが、俺は男子の方が気になった。だってそいつは――。
「竜胆……やっぱり竜胆じゃんか。久しぶりだな」
「……あぁ」
だってそいつは小学校、中学校の同級生だったからだ。
『お前らいっつも一緒に居るよなマジで。気持ちわりいぞ』
『最近白鷺と一緒じゃないんだな? 嫌われでもしたのか?』
前島――事あるごとに俺や霞に絡んできた奴だ。
中学の終わり頃になって霞と話すことがなくなった時、ずっとこいつはニヤケ面を見せながら絡んできて正直ウザかった。
「……ありゃ? 二人は知り合いなの?」
「まあ……な」
こいつと話すことは特にない。
倉持さんには霞を見守ってくれていたお礼を言いたいところだけど、それはまた別の機会にすることにしよう。
それじゃあまた、そう言って歩こうとした俺を引き留めたのは前島だった。
「なあ竜胆、相変わらず白鷺とは仲悪いのかぁ?」
「……………」
こいつはどれだけ経っても変わらないな。
ムカつきはしても呆れの方が強く、俺は止まった足を動かした。だが、ガシっと俺の肩を掴んできた。
「まあ待てよ。確か高校一緒のはずだろ? 未練がましく付いていったんだろうし色々と話を聞かせろよ……って、そう言えば美琴ちゃんも一緒だっけ?」
そういえばこいつ昔は喧嘩っ早かったっけ。変に手を退けたりしたら面倒な絡みをされそうだしどうしたもんかな。そう思っていると、どこか倉持さんの雰囲気が変わった気がした。
前島はそれに気づくことなくべらべらと喋り出す。
「なあ美琴ちゃん聞いてくれよ。こいつ昔から仲が良かった幼馴染が居るんだけどそいつの傍にずっと居たんだぜ? でも中学の後半からは話すことも無くなってさ。きっとずっと一緒に居たから嫌われたんだろうぜ。そもそも、あんな美人にこんな奴が傍に居るのなんて似合わねえもんなぁ!」
「……随分言ってくれるじゃねえか」
すまん、ちょっとカチンと来てしまった。
まあ……こいつを含めたクラスメイトに揶揄われたのが嫌だったのももちろんあるけど一番は俺が弱かったせいだ。それなのに、何も知らないこいつにズケズケと物を言われるのは気に入らない。
「それだけか?」
「あ? なんか生意気だなその反応」
こいつ……ぶん殴っていいだろうか。
そんな風にもう少しで拳が出そうだったその時だった――静かにしていた倉持さんが口を開いたのは。
「なるほど、そういうことがあったんだねぇ。ねえ前島君」
「何ならもっと聞かせてあげよっか? 俺の告白を受け入れてくれたら――」
「アンタ、うっざいわ。性格もそうだし気遣いもクソ、元から告白受ける気なかったから良いんだけどさ」
「……え?」
倉持さんの言葉に前島は呆気に取られるように固まった。
もちろんビックリしたのは俺の方で……二人は付き合っているわけではなかったらしい。倉持さんは俺の手を取って行こうと小さく呟き、固まったままの前島を置いてその場から立ち去るのだった。
ある程度離れたところで倉持さんは足を止めた。
「あ~あ、やっぱりウザかったなぁあいつ」
「……彼氏じゃないんだね?」
そう聞くと倉持さんはブンブンと凄い勢いで首を縦に振った。
「あいつと同じ高校に行ってる友人がね、私を紹介したんだよ。それで今日ちょっと会ったってわけ。数時間しか過ごしてないのに告白してきてさ、そんな奴に色々許すほど私は軽い女じゃない。ま、私の見た目から尻が軽そうとでも思ったのかな」
「……流石にそこまでは」
確かに朝比奈さんよりも更にギャルのような見た目だが別にそうは思わない。
「私のことはどうでもいいの。あいつが竜胆君と霞のことをあんな風に言った時点でぶっ飛ばしてやろうかと思ってたから」
そう言って倉持さんはスマホを取り出した。
どうやら登録していた前島の連絡先を削除したみたいだ。
「話してた段階からちょっとウザかったし、霞がずっと悩んでいたことを面白おかしく言いやがって……今から戻ってやっぱりぶん殴ろうかなぁ」
「暴力はやめよっか……って、俺が言えることでもないけど」
俺の方が拳が出そうだったしな……。
一応背後を見てみたけど前島は追ってくるようなことはなさそうだった。予期せぬ倉持さんとの出会いだったけど、話している節々から霞のことを考えてくれてるんだなと嬉しくなった。
俺もそうだけど、霞も本当に良い友人に恵まれたみたいだな。
「……あ、竜胆君が凄い優しい顔してる」
「そう?」
「うん。霞のことを考えていたなぁ?」
「……まあ間違ってはないかな」
そんなに分かりやすかっただろうか。
俺が手に持っていた箱にも目を向け、察したように更に笑みを深くなった。
「ねえ竜胆君、霞のこと見ててあげてね? もう悩ませじゃダメだぞ♪」
「……了解。そのつもりだよ」
「うん。安心安心♪」
笑顔の絶えない人だな倉持さんって。
それから少し話して倉持さんと別れ、俺は家へと戻った。どうやら霞は既に戻っているらしく、まだ朝比奈さんと遊んでいると思っただけに少し驚いた。
「……遅い」
「……おぉ」
リビングでちょこんと霞が待っていた。
話を聞くと俺が一人で待っているだろうと思ってすぐに帰ってきたらしい。それは申し訳ないことをしたなと、俺はすぐに謝った。
「……そこまで謝らなくても良いよ。寂しかったのは確かだけど……和希にも自分の時間があるんだもん」
昔は延々泣いてたけど本当に成長したなぁ!
なんかおじいさんみたいな感覚だけど、俺は霞の隣に座ってよしよしと頭を撫でるのだった。
「……こんなことで……こんなことで……ふみゃぁ」
「機嫌は直ったか?」
「即落ち二コマ余裕」
「自分で言うのかそれを」
ちなみに、夕飯の後にケーキを出すと喜んでくれた。
しかもそれを買うために出掛けたことを言ったら更に嬉しそうにしてくれて、その後寝るまで片時も霞が離れることはなかった。
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