肩を寄せ合う幼馴染
「……ふぅ」
夕飯を前にして風呂に入っている俺は、おばさんとの話を思い返していた。今になって考えると、ちょっとオーバーだったかなと苦笑する。
母さんと父さんが三カ月ほど留守にするとのことで霞が色々としてくれることになったが、当然彼女一人に任せるつもりはない。俺も出来ることはやるし、この三カ月間は霞としっかり協力して過ごしていこうと思ってる。
「……よし、それじゃあ上がるか」
風邪を引かないようにしっかりと体を拭いてパジャマに着替え、俺は霞の待つリビングに向かった。扉を開けて中に入ると、霞は掛け声を出しながらポーズを取っている。
「はっ! せいっ! やあっ!」
「……………」
窓ガラスを鏡にするように、自分の姿を見つめながら手足を動かしている。俺は懐かしいなと苦笑し、霞の元に歩いて近づいた。
「霞、風呂上がったぞ」
「あ、おかえり和希」
振り返った霞は少し汗を掻いていた。
「中学の頃空手やってたもんな。時々今みたいにやってるのか?」
そう、霞は中学の頃に空手をやっていた。
高校では俺と同じように部活には入っておらず帰宅部というやつだが、今も時々あんな風に型の練習でもしているのだろうか。
「うん。運動にもなるし、いざという時の為の力になる」
「そっか。それにしても本格的だったな」
「結構先生にも褒められてたからね。ま、あの頃よりキレはないけど」
十分キレはあったように見えたけどな俺には。
それから霞は風呂に向かい、俺は簡単に夕飯の準備に取り掛かる。料理が全くダメなので簡単なことしか出来ないが、それでも何もやらないよりはマシだ。
自分に出来ることをやりながら時間が過ぎ、パジャマに着替えた霞が戻ってきた。昨日も思ったけど、本当に色々と成長して色っぽく見えてしまう。風呂の後だからこそ良い香りもそうだし、そこに霞の本来持つ匂いも混ざって変にドキドキしてしまうのだ。
「どうしたの?」
きょとんとして俺を見つめる霞の姿は可愛かった。
霞の手伝いをしながら夕飯の準備を終わらせ、昨日と同じように霞と二人きりでご飯を食べる。
「……本当に美味いな。霞、俺マジで感動してる」
「えっと……そんなに?」
「あぁ。一生食べれるぞ」
「……そっか……そっかぁ」
今言ったことは嘘ではない。
学校では誤魔化したけど今日のメニューはハンバーグ、これは学校の帰りに俺が霞にリクエストしたものだ。
ただのハンバーグ、されどハンバーグ……霞が作ってくれたからか、今まで食べたどのハンバーグよりも美味しかった。
「……美味い、本当に美味いよ」
語彙力の喪失が申し訳なくなるほど美味しいしか言っていない。
パクパクと食べ進める俺を見て、霞は頬を緩ませた。
「……和希が喜んでくれたのが一番嬉しい。胃袋掴めたかな?」
「もう掴まれてると思うね」
昨日から既に掴まれている気がしないでもない。
全く話せなかった空白の時間は確かにあるけれど、それでも昔はずっと一緒に居たんだ。だから霞は俺が何が好きで嫌いかをよく分かってるし、どんな味付けが好みなのかもたぶん分かってるんじゃないかな。
「……駅前のケーキでも明日買って帰るか」
霞に聞こえない程度に呟いた。霞はこう見えて結構な甘党で、ケーキやお菓子の類が大好きだ。一時期体重が増えたからと断食する勢いの時もあったけど、感謝の気持ちに霞の大好きなモノを内緒で買っておくか。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。本当に綺麗に食べてくれたね」
「もちろんだ。こんなに美味いし、何より霞が作ってくれたんだから綺麗に食べたくもなるよ」
「……そんなに?」
俺は頷いた。
食事を終え食器を霞と共に並んで洗っていたのだが、霞はずっと鼻歌を口ずさんでとても機嫌が良さそうだった。俺もそんな彼女と並んで家事をするのは楽しく、ここに来て更に霞が傍に居てくれることに感謝したのだ。
「つい前の俺に文句を言いたくなるなぁ」
「本当だよ。どれだけ私が悩みに悩んだか、もう少し悔い改めるべき」
本当にその通りだよ。
ぷくっと頬を膨らめながらも、すぐに笑みを浮かべてくれた霞に参加だ。食器を洗い終え、他のことも終わらせた俺たちは部屋に戻った。
「なあ霞、三カ月も居るんなら部屋の用意はするぞ?」
「え? いいよここで。ううん、むしろここじゃないと嫌」
「そんなに?」
「私と和希の空白は二年くらい、それを埋めるためには必要」
断固動かない、そんな意思を霞から感じた。
「昔に比べて我儘になってない?」
「私をこうしたのは和希だもん。覚悟して」
「……はは、そっか」
そこまで言われたら仕方ないのかな。
それから眠くなるまで二人で過ごした。俺はスマホで動画を見ながら、霞は本棚から漫画を手に取って読んでいる。
「なんか、本当に久しぶりだねこの感じ」
「そうだな。事あるごとに霞は家に来てたもんなぁ」
「……嫌だった?」
「まさか。霞が来て嫌そうな顔をしてたか? 中学の後半はともかく、お前が来たら常に楽しくしてたと思うぞ俺は」
何なら俺から霞の手を取って家に連れてきたこともそれなりにあった。
世の中の幼馴染がどうかは知らんが、本当に昔の俺たちは仲が良かったんだ。霞はそうだねと言ってベッドに横になる俺の隣に来た。同じように横になり、霞はこんなことを言うのだった。
「そうだね。そんな風に仲が良かったのに離れて行ったのが和希だったね」
「……申し訳ねえ」
「許してあげる。だからここに居るもん」
……白い綺麗な歯を見せるように霞は笑った。
俺はつい昔の癖で霞の頭に手を乗せ、そのまま肩がくっつくように引き寄せた。
「ご飯もそうだし、こうして傍に居てくれるのも感謝してる。ありがとう霞」
「ううん、幼馴染として当然だし……それに――」
「もらうだけじゃない、俺も霞を支えるからさ。何かしてほしいことがあったら言ってくれよ? 三カ月間よろしくな」
「あ……っ~~!」
実は母さんから留守電が入ってて大丈夫かとメッセージが入っていた。霞も居てくれるし全然大丈夫、だから心配すんなよ母さんと父さん。
「……おかしい」
「え?」
「私の方が先に絡め取られそう……和希、油断できないねやっぱり」
「どういうことよ……」
ツンと顔を背けた霞、でもすぐに再びこっちを向いて抱き着いて来た。
霞との関係が昔のように戻り、こうして俺たちの三カ月間が幕を開けた。
幼馴染が居る日常、それが当たり前のように戻ってきた。
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