霞の攻撃、和希のカウンター

「ねえねえ霞、竜胆君とのご飯はどうだったの?」


 昼食を済ませた霞が教室に向かうと、早速友人たちから質問をされた。

 傍に居た舞はどんなやり取りをしたかを知っているのでニヤニヤしているだけだが他の人は気になるらしい。


「どうって……普通に食べただけだよ」


 嘘を言うな、付き合ってもないのにイチャイチャしてただろうと舞は心の中で呟いた。そんな霞の言葉に当然納得できないのは友人たちだ。舞と同じく、霞と特に仲の良い二人の友人が追及してくる。


「そんなんじゃ納得しないぞ!」


 霞の机にドンと手を置いたのは佐伯さえきれい、ボーイッシュでスレンダーな体つきの美少女だ。


「そうだよぉ。詳しく聞きたいなぁ?」


 霞の後ろから抱き着き、その豊満な胸を揉みながら話しかけてきたのは倉持くらもち美琴みこと、舞よりも更にギャルっぽい子で爪に描かれたネイルなどが目立つ。


「本当に普通だったんだけどな」


 たとえ胸を揉まれようとも霞の表情は変わらなかった。

 何をしても特に表情を変えないのはいつも通り、だが唯一の例外として和希の話の時は少し表情を変える時がある。ある意味そんな素直な霞のことが彼女たちは大好きだった。


「本当に何もなかったよ? イチャイチャしてたくらいで」

「いやしてるじゃん!!」

「それは何もないとは言わないし!」


 舞の言葉に二人のツッコミが入った。

 確かにねと苦笑しながら舞は友人たちと話をしている和希に目を向けた。今までは霞の話だけでしか和希のことを知らなかったが、今日初めて彼と話してある程度の人となりは理解できた。


(優しい感じだね。霞のことを本当に大切にしてるのが分かる。でも、まだただの幼馴染としか思ってなさそう)


 霞を大切にしていることは分かったが、それはあくまで幼馴染としてだ。時間の問題な気もするが、付き合う前なのにあんなやり取りをする二人……これが今よりもラブラブになるのだとしたら糖尿病になってしまうかもしれない。


「それでさ、霞はまだ気持ちは伝えないの?」


 美琴の言葉に霞は頷いた。


「うん。今の段階で伝えてもきっと和希は困っちゃうから。必死に悩んでくれるとは思うけど、そうやってぎこちなくなるのは嫌だ」

「ふ~ん。なるほどねぇ」


 幼馴染だからこそ悩み答えは出してくれるだろう、だがその間はきっとぎこちない時間が訪れることになる。そうなるくらいなら、霞は想いを伝えることなく今の関係を維持したいと考えていた。


 だがしかし、それは決して諦めるわけでは断じてない。

 たくさんアピールをして意識してもらい、本当の意味で気になる存在へと霞が昇華した時点で畳み掛けようと思っているのだ。


「急いては事を仕損じる、将を射んとする者はまず馬を射よ」

「……おぉ、なんかよく分からないけどかっこいい!」


 霞の言葉に目をキラキラさせた怜は……言ってはなんだがちょっとおバカである。

 言葉が示す意味を理解している三人から温かい目を向けられた怜だが何のことか分かってないので首を傾げるだけだ。その様子に苦笑した霞はこう言葉を続けた。


「そうして乾坤一擲けんこんいってきの一撃で必ず崩してみせる」


 霞の目は決意に燃えていた。

 昨今、良く目にするのは幼馴染が敗北する物語だ。だが断じて霞は認めるわけにはいかない。幼馴染という存在は絶対に負けない、他の者が負けたとしても私は絶対に負けないのだと和希に視線を向けた。


 ちなみに、和希はそんな燃える霞の目を見て何かしてしまったのではと恐れているのはここだけの話だ。


「霞」

「なに?」

「乾坤一擲ってさ、一か八かの大勝負っていうか大博打するような意味合いだからそれだと失敗する可能性もあるね」

「……ならダメ、絶対に失敗は許されない」


 霞は頭が良く、クラスでも上位五人に入るほどだ。だが、やっぱり和希が加わるとちょっとおバカになるところは愛嬌みたいなものだ。


「霞は可愛いなぁ!」

「美琴……なんか臭い」

「……え!? うそ!?」

「うそ」

「……こいつめええええええ!!」


 みんなはそんな霞のことが大好きである。

 そして、それは霞も同じだった。






 その日は特に何もなく終わった。

 放課後になると霞と一緒に学校を出て少し寄り道をした。そうして少し暗くなった帰路を二人で歩き、まずは霞の家に向かった。


「お邪魔します」

「いらっしゃい……えへへ」


 どうして嬉しそうにしたのか、それはたぶん久しぶりに来たからだろう。

 霞に連れられるようにリビングに向かうと霞のお母さんが居た。


「あら、いらっしゃい和希君。こうして霞と一緒に来るのは久しぶりね」

「はい……大分ぶりです」


 おばさんとはよく外で顔を合わせていたけど、こうして家の中に来るのは本当に久しぶりだ。荷物を纏めるからと部屋に向かった霞を待つ間、俺はおばさんと話をすることになった。


 元気にしていたか、どんな風に過ごしていたのかを事細かに聞かれた。

 やっぱりおばさんにとっても俺はもう一人の息子みたいな感覚なんだろう。霞に向ける優しさのようなものを感じるからだ。


「霞は何か迷惑を掛けなかった?」

「いえいえ、逆に俺の方が霞に頼ってると思いますよ」


 昨日もそうだし、しばらくはこれからそうなると思う。

 それを考えると、俺はおばさんに伝えないといけないことがある。ちょうど霞は居ないし、今のうちに伝えておこう。


「今まで霞に寂しい思いをさせてしまいました。ごめんなさい」

「ふふ、謝る必要はないわ。ある意味必要な時間だったんじゃないかしら」


 そう……なのかな。

 でも、二度とあんな表情にはさせない。これは幼馴染としての誓いでもある。


「これからは昔みたいに霞と一緒に居られればなと思います。三カ月、霞がこっちに来てくれるとのことで……その、本当に良いんですか?」

「もちろんよ。和希君と一緒なら安心だしね……それに近いからいつでも会えるし」

「それはまあ……そうですね」


 俺と霞の家は近いからおばさんの言う通りだ。


「でも、霞を預かることに変わりはありません。おばさんもそうだし、おじさんにも裏切るようなことはしません」

「……ふふ、昔から変わらないわね和希君は。本当に霞のことを大切にしてくれる優しい子だわ」


 そう真っ直ぐ言われると恥ずかしいけど、それは霞も一緒だった。


「霞は……あまり変わってない気もしましたけど変わりました。本当に素敵な子になっていて、本当にビックリしたんですよ」

「母親の私が言うのもなんだけど、霞は本当に立派に成長したわ。和希君がそう思ってくれるなら霞も……あら?」

「どうしました?」

「……いえ、何でもないわ。和希君、霞のことよろしくね」

「はい」


 それから用意を終えた霞がリビングに来たことで、俺たちはおばさんに挨拶をして家を出た。


「なあ」

「……なに?」

「さっきから顔が赤いけどどうしたんだよ」

「……なんでもない。本当に」

「……分かった」

「……………」





「……和希は卑怯、私が嬉しいって思うことあんな風に言ってくれるんだもん」


 ある意味、落とすより先に落とされている霞だった。

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