教室で後頭部に感じる弾力
「和希」
「……なんだ?」
学校に着いて早々、俺は与人に捕まっていた。
与人の後ろに数人他の友人たちも腕を組んで俺を見下ろしていた。
「……はぁ」
まあ、こうなることは分かっていた。
途中まで手を繋いで歩いていたものの、流石に生徒の数が増えてきたところで霞は手を離してくれた。だが、いつもは一人か友達と登校してくるはずの霞の隣に男が居たとあっては気になる人は気になるらしい。
「俺たちの言いたいこと、分かるよな?」
「霞との関係だろ?」
「な、名前で呼ぶ仲……だと!?」
あぁ、つい名前で呼んでしまった。
とはいえ仮に友人たちとの会話でも霞のことを白鷺と名字で呼ぶことはたぶんもうないだろう。
『どうして名前で……呼んでくれないの?』
霞を前にしない以上気にする必要はないだろうけど、何となく……どこでも名前を呼んで欲しそうな雰囲気なんだよな。何だかんだ、昔から霞のことになると甘くなってしまうらしい。
「俺と霞は――」
「幼馴染なんだよ」
幼馴染なんだ、そう言おうとした俺の言葉に被せるように鈴のような声が響いた。
「霞?」
「うん。来ちゃった」
来ちゃったって……。
いきなり現れた霞に与人たちは驚いた様子だが、それよりも幼馴染という言葉にもっと驚いていたらしい。
「幼馴染? 和希そんなこと言ってないよな?」
「そうだけど……色々あって話すことがなかったんだ。でも昨日機会があってまたこうやって話すようになった」
「そ、そうなのか……」
一応ありのままを伝えたわけだが……俺の言葉を霞が引き継いだ。
「そういうことなの。私としては二年振りくらいに和希と話を出来るようになった。だから凄く嬉しくて、今日一緒に登校したの」
椅子に座る俺の後ろに霞が立っているので彼女の表情は見えない。だが与人の後ろに居る彼らが顔を赤くしていた。それが気になってチラッと後ろを振り向くと霞が僅かに頬を緩めて頷いた。
「これからは一緒に話す機会がたくさん増えると思う。だからあまり今みたいに詮索しないでほしい。和希が困るところは見たくないから」
「そう……だな。そう言う理由なら……いや、どんな理由があるにせよ俺たちがやったことは迷惑か。すまない和希」
「いやいや、別に謝ることじゃないって」
手を振ってそんな必要はないと言っておいた。
だが、こうやって与人が謝るのは珍しいな……これ、何かあるぞ。他の友人たちが離れて行ったところで、与人の眼鏡がキランと光った気がした。
「ところで白鷺さん」
「なに?」
「和希のこと、君の口から色々と聞きたいんだがどうだ? 昔のこと、君しか知らないだろうことを俺は知りたいんだが」
「いいよ。教えてあげる」
ニヤリと与人が笑った。
こいつ……霞の扱い方を一瞬で理解したな!? というか霞も霞で俺のことを餌にされて話す雰囲気を作るんじゃない!
「霞、余計なことは言わなくていいぞ」
「なんで? 和希のいいところたくさん布教したい」
純粋な目で布教とか言うんじゃないよ。
「過去のことは霞だけが知ってればいい。というか変なこと喋られたら嫌だから霞の胸の中に留めておいてくれ」
一緒に寝ていたこととか、風呂に入ったこととか……いくら幼い頃とは言ってもそれが外部に漏れた時何を言われるか分かったもんじゃない。恥ずかしいし、嫉妬に狂った男共に何をされるか……ブルって来るわマジで。
「私の胸の中に……分かった。そうする」
「そうしてくれるとうれ……し……い」
霞さん? なんでピッタリ俺の後ろにくっ付くんですかね?
家の時みたいに抱き着いているわけではなく、俺の肩に手を置く感じで体を後頭部に当てているような感じだ。つまり、俺の頭に霞の胸がぽよんぽよんと当たっているわけだ。
「どうした和希」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
霞のことだ絶対に意図していない。
そんなこんなで与人を交えて霞で雑談をしている。まだ少し視線を感じるものの学校で霞と話すのも高校では初めてだ。……ったく、俺は何をやってるんだって気持ちにさせられてしまうな。
『どうして……どうして話してくれないの?』
昨日の霞の言葉が脳裏に蘇る。
昔から霞は寂しがり屋だった。友人は沢山居たのに常に俺の傍に居るような子だった。中学生になるとそんな姿はある程度見なくなったが、それでも昨日のことを思い出すと俺はずっと霞に寂しい思いをさせてしまったのだろう。
「……霞、本当にごめんな」
肩に置かれた手にそれとなく自分の手を重ね、俺は小さく呟いた。決して聞こえるはずがない、そう思っていたのに。
「ううん、良いよ全然。だってこうして元に戻ったから」
あれ、そんなに大きな声だっただろうか。
「こうなると和希も白鷺さんも大変だな。他のクラスもそうだし先輩も後輩だって狙ってるやつが多いからな」
「そうなの? 確かに告白は良くされるけど」
いや普通に会話しとるがな霞さん。
「……前から思ってたけど、白鷺さんって恋愛に興味ない?」
「ないわけじゃないよ。断ったのは単純に魅力を感じなかっただけ……ううん、そう言う関係を全然想像出来なかった」
「お、おぉ……」
今の霞の言葉にクラスの男子が何人か下を向いたぞ。
確かにこのクラス内でも霞に告白をしたことがある男子はそれなりに居るはずだ。つまりその全ての男子に今の霞の言葉がナイフのように刺さったことになる。
「霞……容赦ないな」
「白鷺さん痺れるぜ……」
「え? 何が?」
相変わらず俺の後頭部に桃源郷があるので霞の表情は見えないけどきっときょとんとしているんだろうなとは思う。
「あ、そうだ和希」
「あん?」
「今日のご飯は何が良い?」
「……ご飯?」
せっかくさっき誤魔化したのにまたダイナマイト級の爆弾を投下してくる霞に痺れないし憧れない。
「霞、後でな」
「え? ……分かった」
そろそろ朝礼が始まるけど霞は一切離れる気がない。
「……もっとこうしていたい」
「席に戻りなさい。また後で、な」
「……うん」
しょんぼりした様子で霞は自分の席に戻るのだった。
席に座ってもチラチラこちらを見てくる。近くの友人も俺を見てひらひらと手を振ってきた。
「なあ和希、これから大変そうだな?」
「……かもな」
出来れば何事もないことを祈るけど……ダメ?
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