攻勢開始、必ずや牙城を崩す
「……ねえ」
「……なんだ?」
「寝ないの?」
「……お前がそれを言うか」
「??」
いつもは一人で眠るはずのベッドの上なのに、今日はどうしたことか一緒に寝ると言って霞が隣に居る。
二人だから窮屈すぎるとまではいかなくても、ある程度の狭さは感じている。敷布団を取りに行こうと何度も言ったのに、その度に霞は昔と同じように一緒に寝ればいいの一点張りだった。
「狭いんだよ」
「うん。そうだね」
「そうだねって……はぁ」
「……いいじゃん、昔はこうだったんだから」
確かに昔は一緒に寝ていることの方が多かった。
夏場の暑い時期にも関わらず引っ付きたがりだったし、冬に至っては絶対に離れないという鋼の意思を見せつけるかのように抱き着いていた。
「昔はそうでも今はお互いに成長したからな」
「そうだね。和希はとても大きくなった」
隣で横になり、ずっと俺の顔を見つめ続けている霞はそう言ってその細い指を俺の体に這わす。つうっとなぞるような指の動きにくすぐったさを感じていると、霞はこんなことまで口にした。
「私も大きくなったもんね。色々と……そうでしょう?」
「……まあな」
本当に色々と大きくなったと思うよマジで。
当然ながら背も伸びたし体も成長した……胸もあの時とは比べ物にならないほどに膨らみを持ったからな。
「ねえ、もっと近づいてもいい?」
「……これ以上近づくの?」
「いいじゃん。もう関係ないようなものだし」
出来るだけ体を近づけるように、それこそ擦りつけるような勢いで霞はもっと体を寄せてきた。
ふにょんと俺の腕に当たって形を変える大きな胸もそうだが、足まで絡めるようにしてくるのは正直心臓に悪い。襲ってしまえ、貪れ……なんてことは流石に思わないがこいつ俺が男なの分かってるのかな。
「……ふわぁ」
「眠そうだね?」
「まあな。今日は色々とあったからな」
「……ごめんね」
「なんで謝るんだよ。むしろ……」
俺は少し体を傾け、霞に抱きしめられている腕とは反対の手を伸ばすように彼女の頭を撫でた。猫のように目を細めているその姿を見ると本当に昔を思い出す。……なんつうか、本当に何も変わってないんだなって思い知らされた。
「霞が今日来てくれて嬉しかったよ。もう昔みたいに話をすることはないと思ってたからさ。はは、そうやって目を細めるところ昔となんも変わってないな!」
「むぅ……子供っぽく見られてるのがムカつく。でも……嬉しいと思っている自分にもっとムカつく」
猫は撫でたりすると顔を押し付けたりしてくるしそれと似たようなものか。それにしても、学園で有名な美人とこうして同じベッドに入っていることを知られたらどんな目で見られるのかな。
「ねえ……これから普通に話しかけても良い?」
「いいよ。どんな目で見られるか少し怖いけど」
「大丈夫だよ。女子はみんな知ってるし」
「……うん?」
「ふふ、それじゃあおやすみ」
何か気になる言葉を残して霞は眠ってしまった。
おやすみと呟いてから一瞬だったけど既に規則正しい寝息を立てていた。この寝付きの良さも昔と何も変わってない。結局、変に線を引いて霞から離れたのは俺の方だったわけだ。霞はずっと何も変わらず、幼馴染として俺のことを考えてくれていたというのに。
「……今まで悪かったな霞。おやすみ」
どんなに美人でも霞は幼馴染、確かにドキドキはしてもそれ以上に安心するから不思議である。まるで今まで傍に無かったモノが戻ってきたような感覚、俺は眠りに就くまでずっとそんなことを考えるのだった。
和希が完全に眠ってから少し、霞の瞼がゆっくりと持ち上がった。彼女はあの時眠ってはおらず、こうして和希が眠るのを待っていたのだ。霞に抱き着かれながらも安心した様子で眠るその姿に霞はクスッと笑みを零した。
「……またこうして一緒に眠ることができるなんて……ふふ、幸せだなぁ」
しばらく全く話すことが出来なかった和希との時間、その空白を取り戻すかのように今日を霞は過ごした。
どうして離れて行ったのか、どうして話をしてくれなくなったのか、その理由を聞いて何も思わなかったわけじゃない。でもその理由を知ることが出来て、完全にではないかもしれないが溝が埋まったことは確信できた。
「本当に寂しかったんだよ? 和希と話せなかった日々、和希が傍に居なかった日々をどれだけグシャグシャにしてしまいたかったか分かる?」
そう問いかけても和希は夢の中、決して答えてはくれない。
眠る和希の寝顔を見つめているだけで心臓の鼓動が早くなる。彼の手を取って胸に押し当てると、その豊満な胸が形を歪めていく。
「っ……はぁ♪」
心地が良い、女性としての象徴に手を当てられていることがとても気持ちが良い。
しかし寝ているとは言っても何かしら感じているのか、少しだけ指に力が込められ更に和希の指が沈んでいく。
「和希、料理は美味しかった? 沢山練習したんだよ」
実を言うと霞は料理が苦手だった。しかし美味しい料理を食べてもらいたいからと母親に沢山教わった。
「和希、御淑やかな子が好きでしょ? この髪も、静かな佇まいも全部身に着けた」
大和撫子を思わせる黒い髪、静かな佇まいは自然と身に着けた。和希のことを考えながら、彼の理想になりたいがために。まあ少しだけ空回りしてしまい、和希からは笑顔が減ったと思われたみたいだが。
「和希、胸の大きな子が好きでしょ? マッサージとか頑張ったんだから」
友人と話をしているのを聞いたことがある。体に栄養のあるものは進んで摂ったのもあるし、リンパマッサージなど動画を見て試しもした。個人差はあれど、今の体型は間違いなく努力の結晶だった。
「ねえ和希、そんな私を綺麗になったって言ってくれたよね?」
離れて行ってしまった理由に文句を言いたくはなった。けれども、綺麗になったと言われた時に霞は自身の努力が報われた気がした。和希の好みに近づくようにずっとずっと長い努力を重ね、その努力は和希自身の言葉で肯定されたのだ。嬉しくないわけがなかった、和希が自分を認めてくれたのだと心は歓喜に震えたのだから。
「ねえ和希、でもまだ……普通の幼馴染なんだね?」
今日の一連のやり取りである程度意識してくれたことは分かっている。霞のことを一人の女としてドキドキしてくれたことも理解している。でもまだ足りない、和希はまだ霞を大切な幼馴染としか思っていない。
それは嬉しい、嬉しいことだ。
でも霞はその先を求める。だって足りないのだから、もっともっと、もっと先に行きたいのだから。
「私に比べて平凡? 何を言ってるの。和希だってかっこいいよ」
和希は確かに世間から見ればイケメンではなく、どこまでも行っても普通だ。だが霞は誰よりも和希のことがかっこいいと思っている。長年の積み重ね、幼い頃から抱き続ける想いがあるのだから。
絶対に、絶対に振り向かせてみせる。
自身の全てを使ってでも必ず夢中にさせてみせる、霞はそう誓った。
「……霞ぃ」
「え?」
少しだけ仄暗い気持ちに包まれていた霞だが、寝ぼけた和希に抱き寄せられたことで思考が停止した。
「……むにゃむにゃ」
まるで霞を抱き枕にするように抱きしめる和希の姿、それはかつて幼かった頃にもあった光景だ。
「何も……変わってないじゃん」
霞は和希の胸元に顔を押し当てた。
成長した和希の匂いに頭がクラクラする。じんわりと何かが滲んでくる。そんな感情の中で霞はずっと和希の匂いに包まれながら眠りに就くのだった。
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