グイグイ来すぎ君なんだけど
二度と親しく話をするなんてことはないと思っていた。
クラスだけでなく、学園内でも有名な美人の幼馴染……そんな彼女とまたこうして話をする機会があるとは思わなかった。
「ねえ……どうしてなの?」
「……………」
どうして、その問いかけに俺は返事を上手く出来なかった。
このまま何も答えなかったら白鷺は諦めてくれるだろう。けれど、辛そうな様子の彼女を見るとこのまま煙に巻くというのも心が痛かった。
『本当に霞はオレが居ないとダメだな!』
『うぅ……そうだよ。だからずっとカスミの傍に居てね?』
『任せろ! ずっとオレが守ってやるよ!!』
『うん!! カズキ君大好き!!』
そう言えば昔にこんなやり取りもしたっけか。
今になってそんな昔のことを思い出すあたり、俺も心の奥では気にしていたのかもしれない。その時のことを思い出しクスッと苦笑すると、霞がどうしたのかと首を傾げていた。
「いやわりい、ちょっと昔のことを思い出してた」
「昔を……そう」
昔は霞はよく笑う子だった。
けどいつからだろうか、こんな風にあまり笑うことがなくなったのは。友人たちと話している時はそれなりに笑顔を見ることはあったけど、それでも昔に比べれば笑顔は少なくなっていた。
「……なあ白鷺」
「どうして……名前で呼んでくれないの?」
「っ……」
「……私……何かしちゃった? 何か和希に嫌われること……したのかな?」
「してない!!」
「……なら……どうしてなの?」
……………。
白鷺は……霞は何も悪いことなんてしていない。これは俺の問題なんだ。良くある思春期特有のどうしようもない感情から来るモノなのだから。俺の答えを待つように霞は視線を外してくれない。その綺麗な瞳にずっと俺を映し続けている。
「……そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
時計を見ればもうすぐ八時になってしまう。
いくら家が近くてすぐに帰れるとはいっても、これ以上遅くなるとおばさんたちが心配すると思うのだが。
「それなら大丈夫。泊まっても良いって言われてるから」
「……は?」
「だから時間はある。和希が話してくれるまで動かないから」
「そんな子供みたいな……」
「子供だもん……子供……だもん」
まあ確かに俺たちはまだ高校生の子供だけどよ……。
でもちょっと嬉しいかもしれない。それは霞が家に泊まってくれることが嬉しいのではなく、こんな風に意固地になる部分は昔と何も変わってはいなかったからだ。
「……霞は、何も変わってないな。中身に関しては」
「中身? ……何も変わってないよ。変わったのは和希だよ……昔はずっと傍に居てくれたのに、ずっと守ってくれるって言ったのに……っ!」
……なあ和希、幼馴染とはいえ女の子にこんな辛そうな顔をさせても黙っているのか? それは流石に無理だよな。俺は溜息を吐いて改めて霞に目を向けた。
「……下らない理由だよ。本当に下らない理由だ」
「待って。そっち行くから」
霞は立ち上がり俺の隣に歩いて来た。
座る椅子を真横に置いた霞はそのまま腰を下ろし、絶対に逃がさないと言わんばかりに俺の腕を掴んだ。
「はい。教えて」
「……逃がす気はないのな」
「当たり前。全部話して。その下らない理由ってやつを」
隣で俺を見つめるその距離はとても近かった。
そう言えば柑橘系のアロマとか好きだったっけ。それもあっていい香りが鼻孔をくすぐってくる。もちろん、女性としての甘い香りも混じっていてとてもドキドキさせられてしまった。
「……なんつうか、場違い感を感じたんだ」
「場違い?」
「何も変わらない俺とは違って、綺麗になっていく霞に……人気者になっていく霞の傍に居ることが場違いだって……そう思うようになった」
な? 下らない理由だろ。
良くある話だ……人気者になっていく幼馴染の姿に置いて行かれるような気分になるっていうのは。
「中学生の頃……今もだけどよく告白とかされてただろ? それを見て霞は本当に人気者なんだなってそう思った。あんな美人な幼馴染が居て羨ましいなとも言われたし何より、お前は似合わないなって悪気はなくとも言われたことが結構グッサリ刺さったこともあったなぁ」
「……そんなことで――」
そんなことで……か。
確かに霞からすればそんなことだろう……でも俺は――。
「ごめんなさい。そんなことで、なんて言ってはダメだよね。和希がそれを気にしていたのは今の話で分かるのに……無神経だった」
「いや……謝る必要はないって。というか悪いのは全部俺だし」
そう、悪いのは全部俺だ。
ずっと隣に居た霞に劣等感を感じて勝手に離れていって、こうしてこんな問いかけをさせてしまう羽目になったのも全部俺のせいなのだから。
「その……こんな理由だったわけだ。幼馴染だった霞から離れたのはそんな下らない理由……俺が勝手に劣等感を感じただけなんだ」
改めて思うけど本当に下らない理由だったな。
まあ、これを話したからと言って何かが変わるわけではないないと思うけど。顔を伏せている霞は何を考えているのか分からない。ただ、やっぱり俺の腕を離してくれるつもりはなさそうだ。
「……一つ確認させて」
「あぁ」
「私を嫌っているわけじゃない、そういう認識で良い?」
顔を上げた霞の表情は真剣だった。
俺はその強い目力に圧倒されながらも、小さく頷いた。すると霞がここに来て初めて笑った……いや、久しぶりにって表現の方が正しいかな。
「……私、ずっと嫌われてると思ったから。安心した……もう一度確認するよ。本当に私のことを嫌ってるんじゃないんだよね?」
「あぁ……その、今更だけど本当に嫌ってなんかない」
「……分かった。それだけ聞けたら十分だよ」
そう言って立ち上がった霞は持って来ていた鞄を開けた。そうして取り出したのはパジャマ? それと化粧水かな。それを手に取って霞はリビングを出て行こうとするのだが当然俺は声を掛けた。
「もしかして本気で泊まるのか?」
「うん。言ったでしょ、許可は取ってるって。お風呂入ってくるから」
「……さよですか」
そのまま霞は風呂に向かうのだった。
一人残されたリビング、俺は取り敢えず二人分の食器を手に炊事場に立った。
「……マジで美味かったな。それに……懐かしいもんだ」
昔はまだお互いに小さくて霞が料理をしたところを見たことはなかった。シチューと魚のフライっていうおかずの量からすれば少ない方だけど……本当に美味しかったし久しぶりに話も出来て嬉しかった。
「ってあいつ、どこで寝るんだ?」
まさかとは思うが、俺はそこで過去の記憶を再び思い出した。
『カズキ君と一緒に寝るもん!』
『分かった。それじゃあ布団を持ってくるよ』
『いらないよ。一緒の布団で寝るから!』
『ふ~ん、まあいいけど』
……いやいやまさかね?
数十分後、俺の部屋に霞は居た。
「布団をわざわざ持ってきてもらう必要ないでしょ。私も一緒にベッドで寝る」
「……そういうところは変わろうぜ」
「??」
色々と大丈夫かな?
ちょっと不安になった俺である。
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