第4話
仕上げた修正版の通知書面を飯沼と金城に送り終えると、会社用の携帯に電話が掛かってきた。
「あ、どうも。調達の金城です。辻村さんですか?」
「あ、はいっ」
「どうも、金城です。いただいた修正版を確認しました。棚卸業務の工数相当はお支払いするって話は各社と調整つけてなかったから、書いてもらった案で案内だそうと思います。急な依頼に対応してもらってありがとうございました」
「そう言っていただけてなによりです。それで、これはお願いなんですが……」
「うん?」
「ビジネス文書なので、さすがに拝啓って書き始めたなら、以上ではなくて敬具ってしてほしかったです」
「……これは失敬。うちでこういうの得意だって豪語してたメンバーに書いてもらったんだけど、基本的なところがなってなかったか……。僕も飯沼もちゃんと確認しないで法務にチェックさせてしまってすいません。これはさすがに恥ずかしいから、しっかり指導しておきます。今後もなにかとお世話になると思うので、よろしくお願いしますね。久留くんにも、例の案件、年明けに客先から戻ってくるから年明けはよろしくって言っておいてください」
快活な声が、ぷつっ、と切れる。液晶画面に表示される電話番号を見つめながら、辻村は小さく息を吐いた。
これにて法務としては一件落着。けれど調達はここからが本番なのだから大変だ。金払いを経理と調整しなければいけないし、こうなった以上、そうした費用もまた決算に影響してくる。予算取りもしていなかったのだとしたら、一体どれほど追加の業務が押し寄せるのだろう。
想像するだけで身震いしてしまう。
「いまの、金城さんからか?」
「はい。なんか、例の案件が年始に戻ってくるので、久留さんによろしくって」
そう伝えた途端、久留が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「うわっ……それ年末に伝えてくるの、嫌らしいなぁ……」
「なんかやばいやつなんです?」
「かれこれ一年以上も交渉してる原料メーカーとの契約だよ。年始に相手から修正案戻ってくるから覚悟しておけってこったな。三ヶ月ぶりだし、あらためてどんな修正したか復習しておかないとな……」
「久留さんも大変ですね――っと、また電話だ。はい、法務の辻村です。……って、嬉野さんじゃないですか。いったいなんですか? この前クラウドソリューションズとのNDAやりましたよね? ……え、年始からコンサルお願いするんですか? まさかそれ年内にコンサル契約とか言い出すんじゃ――ちょ、待ってくださいって――はぁ? 来月に2億払うっ!? いやいや、だからってそんな急に依頼されてもこっちだって別件対応が……っ、あっ!?」
無常にも一方的に切られた電話をまじまじと見つめ、辻村は項垂れた。
――畜生、あの女狐っ!! また性懲りもなく特大のボール投げてきやがって!!
「お、なんだ嬉野から新規の契約審査依頼か?」
「…………久留さんの同期の方はなんでいつもこうなんですかっ!? こういうことにならないようにしっかり納期と予定調整しながら進めてたのにっ!!」
辻村は脇目も振らず居室で呻く。
そうしている間に受信ボックスに格納される一件のメール。そこに添付されたwordファイルに記された『クラウドソリューションズ社ドラフト_コンサルティング契約』の文字列。
頭を抱え、現実逃避を試みる。
「なんで…………、どうして…………っ!!」
だが、何度見ても目の前に広がるのは現実だ。
本当に、現実は非情だ。
それまでの努力を嘲笑うかのように、本物の嵐はいつも遅れてやってくる。
「ああ、ああああああ――――」
いまくらいは、胸に込み上げる感情を爆発させてもOJTは許してくれるだろう。
だって。
彼女に降りかかった不幸を、本気で嘆き悲しむことができるのは、やっぱり彼女自身しかいないのだから。
「不幸だ―――――――――――――――――――――――――――――!!」
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