決着について
気づいた時には、体が動いていた。
ごく自然に鞘から白銀の剣を抜き放ち、リュミエールはジャンヌの下へ駆け寄った。
無我夢中で剣を振り抜く。
その煌めく軌跡は、二つの魔王の影を一度に切り裂いた。影は逃げるように、一旦大きく後ろへ飛び退く。
「リュミ……」
大きく肩で息を吐きながらも呼吸を整え、リュミエールは立ちつくすジャンヌに微笑んだ。
「ありがとう、もう大丈夫だから」
二人にあそこまで言われてしまっては、応えないわけにはいかない。
ここで乗り越えられないなんて、ミネルフィア王国リュミエール王子の名が廃る。
魔王の影達がゆらりと起き上がる。
確かに剣先は届いていたが、まだ動けるようだ。ベルゼビュートの言う通り、しぶとい。
影はまるでリュミエールを睨んでいるように見えた。
リュミエールは大きく息を吸い込むと、負けじと魔王たちを鋭い眼差しで射抜く。
「今の僕にとって、魔王なんて魔王なんて——やっぱり恐いけど頑張って戦うよ!!」
「ん?」
「は?」
それを聞いたジャンヌとベルゼビュートは、戦闘中にも関わらず同時に眉を顰めた。
「待て! それは貴様、克服した訳ではない、と言うこと、か……?」
「当たり前だろ!? 今まで治らなかったものがそう簡単に治ってたまるか! 簡単に治らないから悩んでんの。只今、やせ我慢中です!!」
そう言ってリュミエールは、剣を握る腕を前に突き出してみせた。
「ああ、本当に腕が震えている」
「アンタ……それではさっきと全く変わらないじゃない」
二人は思わずがっくりと項垂れた。
しかし、リュミエールはゆっくりと首を横に振った。
「全然違うよ。今の僕ならきっと“勇気”が出せる。確かに、魔物恐怖症は簡単に治りそうもないけど――僕は必ず期待に応える。僕たちの国と皆を守るよ」
応援してくれた二人のためにも。
リュミエールは両手で剣を握り締め、構えた。
もう魔王の影から視線を逸らすことはなかった。
「ベルゼビュート、一気に行くよ! 魔王をそっちに誘導するから、すぐに扉を!」
ベルゼビュートは驚いたように目を見開いていたが、やがて歯を見せニヤリと笑った。
「兄上、とうとう俺が一矢報いる時が来たようだ」
「――行くよ!」
リュミエールは剣を振り被り、魔王に跳びかかった。
まず右側の魔王へ、剣を上から下に振り下ろす。影はそれを体を反らすようにして避け、彼の額に向けて手をかざした。
攻撃が、くる。
そう感じた瞬間、彼は地を強く蹴り跳び上がった。
「リュミ、後ろっ」
ジャンヌが叫ぶ。背後からもう一人の魔王の影。
挟み撃ちにする気か。
彼は宙で剣を構えると、その重みを利用して大きく振り回した。魔王の影がそれを避けている間に、再び地上へと降り立つ。
二つの影はリュミエールが体制を整える前にと、挙動を一歩ずつ遅らせ向かってきた。
先の影がその腕を剣の様に変化させ、リュミエールの剣と斬り合えば、続けて後ろの影が魔力の刃を飛ばしてくる。
彼は身を屈めて魔力の刃を避ける。
そして剣で影の腕を受け止め、そのまま滑らせるようにして相手の懐に潜り込み、剣を突き出した。
浅い、が、剣先が影の身体を捉える。
すかさずもう一歩大きく踏み込むと、彼は手首を捻り下から上に切り払う。
影が悲鳴の様な音を上げ、後ろに大きく跳躍して距離をとった。
再びリュミエールは魔王の影達と正面から対峙する。
背中が、腕がぞわぞわする。
まだリュミエールは、"魔"が恐ろしい。
「ああ、本当に」
耐えられない。
自分の大切な守るべき国に、コイツらをのさばらせておくことなどできない。
「おい、そろそろ魔物が溢れて扉が……もたんぞ!」
ベルゼビュートの絞り出すような、焦った声が聞こえる。
分かっている、リュミエールももう限界だ。
「ああああ! もう、だから」
怒りの感情が促すまま、体の拒否反応が示すまま彼は、叫ぶ。
「僕の腕の届く範囲、もとい、僕らの王国に近づくんじゃねえええええええ!!」
ドラゴン級の大声と、一気に間合いを詰めてきたその素早さに、影達の反応は遅れた。
リュミエールは力一杯剣を大きく振り回す。刃を敵の身体と平行に向けて、切るのではなく叩く。
二つの影に剣がぶつかる。重い手応え。
気にせずそのまま、背後の扉に向けて振り切った。
魔王の影たちは、一気に扉の方まで吹き飛んでいく。
「――ベルゼビュート!」
「言われるまでもない」
彼は扉から出ぬようにと、魔物たちを抑えつけていた魔法を解いた。
魔物がその隙にと溢れて出た所で、リュミエールが吹き飛ばした魔王の影たちが突っ込んでくる。
魔物と魔王の影が中に、入った。
ベルゼビュートは扉に手をかける。
「兄上達、どうだ? できそこないの弟と、下等生物だと思いこんでいた人間に負ける気分は!?」
魔王の影とモンスターたちが無数の手を伸ばしてきた。
まるで出口を求めるように。
ベルゼビュートは実に魔王らしく、凶悪に口元を歪め、笑った。
「今回のことが父上に知れたら、見物だな! せいぜいこってり絞られるがよい!」
そして低く重く、まるで悲鳴のような音を立て、扉は閉められた。
それは本当に、二人の魔王達の悲鳴だったのかもしれない。
静寂を取り戻した荒野の風に髪をなびかせ、ベルゼビュートが振り返る。
リュミエールは肩で息をしながら、得意げに笑ってみせた。
「よく考えたらさ。これからは勇気を出して、頑張って、恐怖の対象には早急に目の前からお帰りいただければ良いんだよね。うん」
リュミエールは未だに熱い手の平を強く握り、顔を上げた。
乱れた前髪をかき上げるジャンヌと目が合う。
「なんかズレてない? それ?」
思わずリュミエールは苦笑いする。
彼女は呆れたように溜息をつきながらも、彼に向かって片目を閉じた。
そして小走りで近寄ってくると、彼女は片手を上げる。
リュミエールは一瞬戸惑った後、
「ああ、そうか」
同じく片手を上げて、彼女と手のひら同士を合わせた。
パシンと、気持ちの良い音が響く。
ジャンヌはそのままベルゼビュートの元へ駆け寄った。
彼が顔を上げる。
「――今回は、いろいろと勘弁してやる」
ベルゼビュートが歩き出す。
ジャンヌと擦れ違いざま、彼は景気の良い音を立て手の平を合わせた。
そのままこちらへ近寄ってくる。
リュミエールも迷わず右手を上げて、ベルゼビュートとほんの一瞬だけ、手の平を合わせた。
「努力するよ」
あまり良い音は響かなかったが、それでもベルゼビュートは満足げに鼻を鳴らした。
「ふう、ようやく解決ね」
ジャンヌがしみじみ呟くと、ベルゼビュートは肩を震わせて含んだような笑い声を上げ始めた。
やがてそれは爆発する。
「ふっふっふ……助けがあったとは言え、ついに俺は、兄上達に勝ったぞ! ふははははは!!」
すっかり上機嫌になったベルゼビュートが、突如高笑いを始めた。
ジャンヌは頭を抱え、リュミエールは思わず苦笑いを浮かべる。
「釘を刺すようで悪いけど。扉の方は本当に大丈夫なんでしょうね?」
「ふ、安心しろ。何せ魔界の城にはな」
彼は大きく胸を張って、ふんぞり返りこう言った。
「俺が鍵をかけたせいで永久に開かなくなった扉がごろごろしておるわ!!」
「――――え?」
一瞬間を開けて、ジャンヌとリュミエールは同時に眉を顰めた。
互いに顔を見合わせる。
「それって、あの……大丈夫?」
「ああ? 何がだ」
「いや、だってベルゼビュート」
リュミエールは何故か申し訳ない気持ちになりながら、できるだけ控え目に尋ねた。
「魔界との扉閉じちゃって、君、帰れるの?」
ピタリと、ベルゼビュートの動きが止まった。
ゆっくりと首を扉の方へ向ける。
タイミング良く扉は、風に吹き消される様に消えていった。
魔王ベルゼビュートの絶叫が二つの国を揺るがした。
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