陰謀?について
「ねえ、そう言えばその『姫がさらわれた』って言ってた使者って、正式な使者だったのかしら? お父さ——国王様がそんな妙な発言をしたとは思えないし」
ジャンヌに問われ、そうだなあ、とリュミエールは顎に手を当て記憶を辿る。
「正式な使者だと思ったんだけどなぁ。ちゃんと国王の印が入った書状も持ってきていたみたいだし。それでウチの宰相に促されて、ここまで来たんだっけ。そっちは?」
「こちらも同じ。私はその書状は見ていないけど。違和感があれば宰相か国王様が気がつくはず」
ジャンヌが頬に手を当て、首を傾げる。
「まさか国王様が何か企んでるとは、考えたくもないわね」
「少なくともウチの国王様は無理だよ。数日前から風邪を引いて寝込んでいたから」
唸っていると、ベルゼビュートが悩む二人を交互に見ながら尋ねた。
「俺は人間の国政についてよく知らんのだが、先程から宰相宰相と良く話に出てくるソイツらは何なのだ?」
宰相、国王の補佐官だ。政治を担う役職の中では最高とも言える地位を持っている。
そう言えば、
「今回の話、一から十まで宰相経由で受けたような気がする。使者からの文書を確認したのも宰相だし」
リュミエールは立派な顎髭を持つ壮年の男、自国の宰相の姿を思い浮かべた。
「そう言われて見れば、私もそんな気が……」
ジャンヌも痩せ型で鋭い目つきをした、自国の宰相を思い浮かべる。
そこでベルゼビュートが、思い出した様にぼそりと呟いた。
「そう言えば。俺に『父上から俺たちに伝言だ。王子か姫をさらってこい。上手くいった奴は後継として大魔王になれるらしいぞ!』と言っていた兄上達は、一体何処へ……?」
ピクリとジャンヌとリュミエールの耳が反応した。
「その兄上たち、怪しすぎる!!」
「言われてみれば! しかし、そちらの宰相も十分怪しいではないか!?」
ベルゼビュートの指摘に、リュミエールは頭を抱えた。
「そうだよね! 何で不思議に思わなかったんだろう、僕の馬鹿!」
「おじいちゃんが『無闇に人を疑わないように』って言ってたけどこれは……陰謀の香りがするわね」
「まだ何が狙いかも分からないけど、宰相が鍵を握っていることはまず間違いなさそうだね」
とにかくすぐに国に戻り、宰相たちに事情を聞くべきだろう。二人はそう結論付けた。
「しかもこれは、兄上達が一枚噛んでいるかもしれん。兄上め……俺も行くぞ」
「え、ベルゼビュートも行くの!?」
リュミエールは意見を伺うように、ジャンヌへ視線を向けた。
彼女は仕方ないと言わんばかりの表情で肩を竦める。
「まあ、何もしないって信用してあげましょうよ。一応、一緒に戦った仲なわけだし。それに」
ジャンヌはリュミエールを呼び寄せ、耳元でこっそり呟いた。
「こんな魔王、きっと薬にもならないけど毒にもならないわよ」
「なるほど」
「……聞こえているぞ、愚か者」
ベルゼビュートは、ぴくりと眉を動かした。だが特になんの反論もしてこないところを見ると、多少は傷ついているのかもしれない。
「分かった、ベルゼビュート。君も一緒に行こう」
「だから、俺の方を見て言え」
壁の方を向いて話すリュミエールに、ベルゼビュートは深々と溜息をついた。
「何だ、アレ……?」
町を経ち、街道を進んでいた三人は異変を感じて立ち止まった。
向かう先の空が、重々しく渦を巻いた灰色の雲に覆われているのだ。
そこは恐らく、ミネルフィア王国とフロンライン王国の国境にあたる平原付近。
「天候が悪いだけ、にしては気味が悪い空ね」
その空を見ていると、心の臓の辺りが冷たくなる。リュミエールの肌も先程からざわざわと落ち着かない。
アレは良くないモノだ。
「この気配は――兄上達!?」
沈黙していたベルゼビュートがハッと息を呑む。
「分かるの!? ベルゼビュート」
「同じ魔界の者の気配は分かる。——おのれ兄上達め!! やはり何か企んでいたのだな!!」
「ちょっと、耳元で大声出さないでよ! びっくりして振り落としたらどうするの? またアンタだけ徒歩で行く気!?」
ジャンヌに叱られ、憤慨していたベルゼビュートは萎んだように大人しくなった。
ちなみに彼は、現在ジャンヌの後ろに相乗りをしている状態である。
やはり魔王だからか借りた馬は一頭として懐かず、リュミエールは恐怖症持ちなのでこのような形となってしまったのだ。
「ごめんジャンヌ。僕が乗せられたら良かったんだろうけど、もうね魔王だって分かったらどうしても駄目で」
リュミエールだって共に戦った仲間とは仲良くしたいと思っている。
だが、目を合わせることすらできないのに、馬上で密着するだなんて。
再び絶叫する自信しかない。
「それはもう良いから、急ぐわよ!」
リュミエール達は再び馬を走らせた。
「見れば見る程、怪しいわね。やっぱり何かが起こってるかもしれない」
馬上で風を切りながら、ジャンヌが眉を顰める。
行きは半日かけた道のりだ。
辿り着くまでに何か決定的な事が起こらなければ良いのだが。
そんなことを考えていると、突然ジャンヌが馬を止めた。リュミエールも慌ててそれに倣う。
彼女は目と口を丸くして、前方を指差した。
「ちょっと、あの人たち……!」
彼女が指差す方向を見ると、大勢の人々が手に荷物を抱えこちらに向かってくるのが見えた。
人々の顔は皆不安げで、着の身着のまま出て来たといった感じだ。
「君たち、いったいどうしたんだ?」
「あ、あなたはもしや、リュミエール王子では?」
その中年の男性は彼の顔を知っていたらしい。ミネルフィア国民の一人だろう。
「そうだけど、何があったんだ?」
「ああ、王子様!」
わっと縋る様に人々は彼の馬の下に集まり、頭を下げた。
リュミエールは慌てて馬を降りる。
「大変なんです、国境に妙な“影”が現れ――あっという間に国も邪悪な黒雲に包まれて……中には体調を崩した者もおります」
「何だって!? それで、みんなは大丈夫なのか」
リュミエールの悲鳴のような声を聞き、ジャンヌとベルゼビュートも顔を見合わせ馬から降りる。
「はい、おそらくは。動ける国民はすぐに逃げ出しましたし、体調を崩した者は皆城に保護されたようです。王宮の方々も恐らく無事でしょう。残念ながら詳しいことは分かりませんが」
「マズイわね、やはり誰かが魔王と通じていたのかしら」
「とにかく、君たちはこのままできるだけ遠くへ逃げてくれ。僕たちは王宮へ向かう」
「そうですね、王子様なら何とかしてくださるはず――お気をつけて」
リュミエールは人々に指示を出すと、再び馬に跨り道を急がせた。
こうして走っている間にも、次々街の人や村人と擦れ違う。皆黒雲から逃げて来たらしく、その表情は不安と恐怖で曇っている。
しばらく進んでいると、
「あ! ごめんなさい、ちょっと」
ジャンヌがそう言ってリュミエールを止めた。
言われた通り馬を止めると、二股に分かれた道の片方から別の一団がやってくるのが見えた。
あの方角は、ミネルフィアではない。
「あの人たちってもしかして、フロンライン王国の?」
ジャンヌは軽く頷くと、やってくる一団の下へ。
そして二言、三言ほど言葉を交わすと沈んだ表情でこちらへ戻って来た。
「やっぱり、うちの国でも同じことが起こっているみたい」
リュミエールは俯き、ベルゼビュートは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
やはり二つの国は、同時に異変が起きていたのである。
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