三人の事情について

 失言だ。

 いちおう王子が一人で旅に出ていることは秘密だったのに。

 特に彼の金髪青眼はミネルフィアの王族によく見られる特徴だ。ばれないよう注意していたのだが。


「王宮に王族ってことはまさか、リュミって王子!?」

「お前、王子だと!? そうなのか!?」

 一瞬彼は誤魔化そうと言い訳を考え始めた。

 しかし、二人は仮にも共に戦った仲であるし、リュミエールは嘘が下手だった。



「そうだよ、僕は王子だ。ミネルフィア王国のリュミエール」

「『ミネルフィア王国』の王子――――!?」



 突然、思わず仰け反るほどの大声を出したのは、ジャンヌだった。

 魔法の光で照らされたその顔は青白く、唇をわなわなと震えさせている。


「本当にっ!?」

「え? いや、こんなところで嘘言ってどうするのさ?」

 ジャンヌは額を押さえると、その場にがっくりと膝を折った。

 そして、奇妙なことを言い始める。

「だ、だったら……私が助けるはずの王子はどこ行っちゃったのよ」


「は?」

「何、リュミって兄弟とかいるわけ!?」

「いや、姉が三人いるだけで、兄や弟はいないけど」

 ジャンヌは呆気にとられる二人を置いて、一人で頭を抱えて悶えたり叫んだりしている。


「あの、ジャンヌ……?」

 私はねえ、とそう叫んだと思うと、ジャンヌは何故かリュミエールに噛みついた。


「あなたの国の使者に『魔王にさらわれた我が国の王子を助けて下さい』って、お願いされてここに来たのよ! どうなっているのよ、仮にも私、姫なんだけど!?」


「ええええええ!?」

「おお、お前が、姫だとお!?」

 リュミエールとベルゼビュートは再び大声を上げた。


「ちょっと待ってよ……ジャンヌってもしかして『フロンライン』王国のお姫様じゃ?」

 そう。ジャンヌが姫だとすると、こちらもおかしな話になってくるのだ。


「そうだけど——ってまさか、姉妹がいるんじゃないかとか訊くつもりじゃ……?」

 ジャンヌは口の端を引きつらせそう問いかける。

 リュミエールは、首を縦に振った。


「僕もね、フロンライン王国の使者に『魔王にさらわれた姫を助けて下さい』って言われてここまで来たんだよ!? 一体どういうことなのさ!?」

「えええっ何よソレ!? 私はこの通り元気に駆け回ってるけど。どこか別の王国のお姫様と間違えてる訳じゃなくて?」


「うぐう!?」


 何かが潰れたような奇声を発したのは、ベルゼビュートだった。


 リュミエールたちが彼の方を見ると、彼は額から大量の汗を噴き出していた。

 二人の視線を感じると、彼はやけに慌てた様子で首を左右に振る。


「し、知らん! 俺はまだ何処の王子も姫もさらっておらんぞ!?」

「え?」

「は?」

「…………あ?」


 最後にベルがそう声を発したのを最後に、三人は沈黙する。

 魔法の灯りがそのタイミングで効力を失ったらしく、徐々に縮んで消滅した。

 周囲は夜の闇に包まれ、重い静寂が満ちる。


「ねえ、とりあえず」

 ジャンヌが額に手の平を当て、げっそりとした調子で呟いた。


「町に戻らない? ……わけ分かんなくなってきたわ」

「賛成」

 残りの二人も少し掠れた声でぼそりと言った。







「では、落ち着いた所で状況を整理しよう」

 あの後三人は町へ戻り、住人達に無事ゴブリンを退治したことを告げた。

 そして宿に帰り、ひと眠り。

 起床して朝食もきっちり食べ、腹が満たされてからリュミエールの部屋へと集まった。


 少々暢気すぎるのではないかとリュミエールは思ったが、救出する予定だったお姫様はどう見ても元気そうだ。急ぐ必要はないだろう。


 それに腹が減っていては、また昨日のように場が混乱しないとも限らない。



 リュミエールはベッドに腰掛け、残りの二人を視界に入れながら話し始めた。

「まず僕、だけど。昨日話したように、僕の王宮にフロンライン王国の使者がやってきた。用件は『王国の姫が魔王にさらわれたから助けて欲しい』というもの。それで僕は国を出て、その道中二人と出会ったんだ。あとは二人も知っている通りだよ」

 彼の言葉に、ジャンヌは一つ頷いた。


「次は私ね。私も昨日話したけど、私の王国にミネルフィア王国の使者がやってきて、私は『魔王にさらわれた王子を助けて下さい』って依頼されたの。その後は、リュミと全く同じね」

 彼女は部屋の中にある椅子に腰かけ、そう説明した。リュミエールも頷く。


 彼とジャンヌは残りの一人、壁に身体を預け窓の外へ視線を送っているベルゼビュートを見つめた。

 その視線に気づいたのか、彼はぴくっと肩を震わせる。

「最後は君の番だよ。ベルゼビュート」

「そう言えば昨日、妙なこと言ってたわよね、アンタ」

 彼はふっと鼻で短く息を吐き出す。

 しかしローブの裾から覗く足は、微妙に震えていた。


「ちゃんと話してね」

 ジャンヌが立ち上がり、逃げられぬようにと扉の前に立つ。


 ベルゼビュートはしばらく彼女と睨み合っていたが、やがて自棄を起こしたように両腕を大きく広げて叫んだ。


「ふははははっ! 聞いて驚け! 俺は人間ではない、何を隠そう魔界を統べる大魔王の息子の一人、第三魔王『ベルゼビュート』とは俺のことだ!!」


 無駄、とも言える彼の高笑いを聞いた後で、ジャンヌはポカンと開けたままだった口を閉じ、言った。


「いやいや、そんなご冗談を。どっからどう見たってアンタ人間じゃない」

「何だと!? 俺の言うことが信じられんというのか!?」

 ジャンヌの言動には小馬鹿にしたような雰囲気すら伺える。

 ベルゼビュートは顔を真っ赤にして、爆発寸前と言った様子だ。


「だって、ねえ。急に魔王だって言われても……リュミもそう思うわよね?」

 ジャンヌはリュミエールにも話を振ってきた。


 しかし、彼は視線を彷徨わせ額にびっしりと汗をかいている。

 そのまや、恐る恐るベルゼビュートに近付いていく。


「え、あの、ちょっと、試してみるね」

 そして徐に、ベルゼビュートの腕を掴んだ。


「ぎゃあああああああっ!」

「うおおおおおおっ!?」


 突然叫び出したリュミエールに驚き、ベルゼビュートも身を反らせて叫ぶ。

 宿屋が、少し揺れた気がした。


「ど、どうしたの?」

「間違いないよ。ベルゼビュートが魔王っていうの」

 リュミは口元を引きつらせながらジャンヌへ顔を向ける。サッと袖をまくって見せた。


 そこには、これでもかというほど〝ブツブツ〟が浮き出ている。

「こ、これは……!? それじゃあアンタ、本当に魔王なの!?」

「だから最初からそう言っておるだろうが!? そんな訳の分からない現象で判断するな、心外だ!!」

 ベルゼビュートは不満げに目を細めて言う。少しショックを受けている様に見えるのは気のせいだろうか。


「それにしても貴様、よくこれで魔王退治などと言えたものだな」

 ベルゼビュートは鼻で笑って、リュミエールを横目で睨む。

 彼はベルゼビュートと距離を取り、天井を見つめながら答えた。

「いや、魔物は駄目でも、魔王ならひょっとしたらイケるかもと思って……でも、やっぱり無理だったね。いざとなったら、僕の悲鳴で怯んでいる間にお姫様抱き抱えて逃げようと思ってたんだけど」

「それは流石に魔王、舐めすぎじゃない!?」


 リュミエールの発言に反応した後で、ジャンヌはハッと息を呑んだ。

「待って! 魔王ってことはじゃあ、アンタ私かリュミをさらって――」


「ちょっと待て! だから俺はあの時、まだ王子も姫もさらっておらんと言っただろうが!? 第一、さらわれているなら、お前らのうち少なくとも一人はここにおらんだろう?」


「そう、問題はそこだ。なぜ僕らの情報は食い違っているのか」

 三人は腕を組み、首を捻った。


 最初に口を開いたのは、ジャンヌだった。

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