弱点について
「――で、また三人でというわけだな」
「しょうがないじゃない。またお礼は弾むなんて言われたんだから」
「ジャンヌそれ、断る前提だよね? って、そう言うベルゼビュートだって頷いてたじゃないか」
「う、いや、あれは俺の力をきちんと理解していることに対する敬意を示してだな……」
ベルゼビュートがしどろもどろになりつつ言い訳をする。
結局、三人とも『弱点』をつかれたのだから仕方がない。
依頼を受けてしまった三人は、町の入口に陣取って『敵』とやらを待ちうけていた。
ただその敵が何なのか、それを町の人たちに聞いていなかったことが心配といえば心配である。
日は完全に沈み切り、背後の町明かりだけが頼りと視界も悪い。
「あれじゃない? 何か、来る」
ジャンヌが闇の中で怪しく輝く赤い光を見つけた。非常に小さなもので、二つずつ等間隔で並んでいる。おそらく、敵の目の光だろう。
それが次第に町へ近付き輪郭がはっきりしてくるにつれて、リュミエールの顔から血の気が引いて行った。
「魔物……ゴブリンね」
真っ赤に血走った瞳、小柄だが岩の様な体つき、そして尖った耳と牙。奴らは下級の妖精だが凶暴で群れを成して家畜や人を襲う。
町に向かってくる群れもそういう目的なのか、手には大振のナイフや棍棒を握っていた。
「フン、ゴブリンか。行くぞ」
「そうね」
「あ、あの、あの」
リュミエールはジャンヌの肩をつつくが、彼女はそれに気づかずレイピアを構えた。その横でベルゼビュートは呪文を唱え始める。
金切声を上げて飛びかかって来たゴブリンを、ジャンヌが手にしたレイピアで突いた。
ベルゼビュートは飛びかかって来たゴブリンを蹴り飛ばす。
その隙に彼は、天に向かって魔法を放った。昼間の太陽には程遠いが、闇夜を照らすには充分過ぎるほどの光の球が現れる。
「人間とは不便な物だ。こう暗くては存分に戦うこともできぬとは」
「ん? 何か言った、ベル」
ジャンヌの言葉に何故か彼の肩が跳ねる。何でもないと答えながらも、ベルゼビュートは次に向かって来たゴブリンに炎を放った。
ジャンヌも明るくなったことでゴブリンの動きを捉えやすくなったようだ。
左右同時に襲って来た敵の棍棒をレイピアで絡め取り、掬い上げる様にして跳ね飛ばす。そしてレイピアを大きく振り回し、ゴブリンを切り払った。
ベルゼビュートもゴブリンの振り回すナイフや棍棒を軽いステップで避け、ゴブリンを一気に三匹ほど消滅させる。
二人の実力からすれば、いくら群れとは言えゴブリンなど物の数ではないようだ。
「いけない、僕も、参戦しないと……!」
リュミエールは焦ったように呟き、腰ではなく背中に手を伸ばした。
結局この武器を使うことになるのか。
「意外に早く済みそうね」
そう余裕の声を上げたジャンヌの真横を、一本の弓矢が通り過ぎていく。
リュミエールが背中の弓を手に矢を放ったのだ。その手つきは頼りなく、矢は全て見当違いの方向に飛んで行った。
「お前、何ちまちまと攻撃しているのだ!? 腰の剣を抜け」
「いや、だってその……」
「リュミ危ない!」
ジャンヌの声にハッと顔を上げると、リュミエールのすぐ目の前にゴブリンが迫っていた。ねっとりとした視線が突き刺さり、その爪先が袖口をかすめる。
「ぎゃあああああああああ!!」
ドラゴンの雄たけびかというほどの音量で悲鳴を上げたのは、リュミエールだ。
その威力、真正面で聞いたゴブリンが卒倒するほどだった。
それが最後の一匹だったらしい。
思わぬ形で戦いの決着が着いてしまい、戸惑うようなモヤモヤとした空気が周囲を満たした。
「な、何だ今のは?」
「リュミ。突然、どうしたの?」
一人で立ちつくすリュミエールに向かって、ジャンヌが恐る恐る近づいてきた。
彼の顔色は死人のように真っ青だ。
「ぼ、僕、実は――」
ゆっくりとジャンヌたちの方を向き、顔を引きつらせて。彼は叫ぶように言った。
「極度の魔物恐怖症なんだ‼︎」
ジャンヌたちがその言葉を理解するまで、数十秒を要した。
「え、嘘でしょ?」
「冗談が過ぎるぞ」
「いやいや、僕本当に駄目なんだって! 魔物に触られるとほら、この腕のぶつぶつ。むしろ魔物が半径一メートル以内、いや視覚しただけで、もう無理!」
袖をまくって腕を見せると、確かに寒いわけでもないのにその皮膚が粒状に隆起している。
ベルゼビュートたちは開いた口が塞がらなかった。
「軟弱者! だ、だったらなぜ依頼を二つ返事で受けたりしたのだ!?」
「困った人を放っておけないだろ!? ……それに、あの時はまだ敵が魔物だなんて聞いてなかったし」
「それにしたって、盗賊の時はあんなに元気だったじゃない!?」
ジャンヌの問いかけに、リュミエールは大きく胸を張ってこう答えた。
「だって、盗賊はどんなに腐ってても、見た目は人間じゃないか!?」
「おい、その発言は……良いのか?」
多少鍛えているとはいえ、箱入りの王宮育ち。魔物なんて全く耐性がない。
だいだい、リュミエールに言わせれば、伝承に登場する王子は全員たくましすぎるのだ。いきなり正義のためとはいえ魔王に喧嘩を売るなんて。
考えただけでも肌のぶつぶつが酷くなる。
「もしかして、剣を使わなかったのも恐怖症とやらのせいか?」
その通り。得意な剣は対人間用、弓矢は対魔物用なのだ。
「触れずに倒せるならイケるかと思ったけど、視界に入れてるだけで手元が狂って……。あんまり役には立たないんだけど一応ね」
ただの的に当てるだけであれば、それなりの腕前は持っているのだ。これでも。
「悲鳴で昏倒させられるんだったら、対魔物用の武器とかいらないんじゃ……」
「いやいやいや! それって魔物に接近しないといけない上に、僕が最上級の恐怖を味わった結果だろ⁉︎ そんなの嫌だ!」
話す度に二人の視線は冷え切っていった。針のようにチクチクとリュミエールに突き刺さる。
その視線から逃れるため、彼は言い訳のような言葉を口にし始めた。
「だ、だって、王宮では魔物に関わり合う機会なんてないし。普通王族は魔物退治なんてしないだろ? 人間相手はなんの支障もないから、なんとか気にしないでもらえると嬉しいなーなんて」
リュミエールがへらりと笑う。と、ジャンヌとベルゼビュートがほぼ同時に、あれ、と首を傾げた。
「『王宮』…………?」
「『王族』…………?」
「あ」
リュミエールは間の抜けた声を上げ、口を押さえた。
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