一難去って、について

 馬車の車輪がガラガラと回り、町の入り口を示すアーチをくぐった。

 ようやく安全な所まで来たと、商人はほっと胸を撫で下ろす。


「なんとか無事に辿り着くことが出来ました。本当に、あなたがたのおかげです」

「いえいえ、こちらこそ無事に荷物を守り切ることが出来て良かったです」

「本当に馬車が無事で良かった。よく考えたら、ベルの魔法危なかったわね、リュミ」

 本当にベル、ベルゼビュートの魔法が馬車に当たらなくて良かった。リュミエールは改めて安堵する。




 魔法使いベルゼビュートの魔法で盗賊を撃退した後。どうしてもと言う商人に頼みこまれ、三人は町まで馬車を護衛することとなったのだ。

 話をしてみればお互いその町を目指していた為、都合も良かったのである。

 この町は規模こそ大きくはないが、これからの旅の準備をするのに都合が良い場所にある。その為、多くの旅人が一度は立ち寄っている町だ。



 ちなみに、自己紹介終了後、リュミエールとベルゼビュートは、ジャンヌにそれぞれ『リュミ』、『ベル』と呼ばれることとなった。

 と言うのも、

「とっても言いづらいんだけど私、長い名前って覚えるの苦手なのよね。だから二人の名前もリュミ、ベルって呼ばせてもらっても良いかしら?」

 ジャンヌがこう言っていたからである。


 ベルゼビュートは再び顔を真っ赤にして無礼だなんだと怒りを顕にしていたが、続けて言った彼女の言葉に渋々口を閉ざすこととなった。

「ダメっていうなら申し訳ないけど、覚えるまでとか、とか曖昧な感じで呼ぶことになって、何度も自己紹介させることになると思うけど……それでも良い?」


 リュミエールも、王宮に来る人々の名前を覚えられず苦労した経験があるので、随分親近感を覚えてしまった。

 偉い人の名前ほど、長くなるのは何故だろうと思う。



 ここまで馬車に合わせゆっくりと歩いて来たため、太陽は山の向こうに沈みかけ空は紅く染まっていた。

 馬を宿泊先に預けた事で、全員改めて一息つく。



「それでは、これがお礼です。遠慮なくお納めください」

 そう言って商人は懐から革袋を取り出し、三人に差し出した。片手で収まらないほどの袋には、かなりの額が入っていそうだ。かなり裕福な商人なのだろう。


「そ、そんな! 僕は好きでやったことですし、お金はとっておいて下さい」

 リュミエールはそう言いつつも、横目でジャンヌに視線を送る。

 彼女はかなりお礼というものに執着しているようだ。


 彼女は果たして何と言うだろうか。


 ジャンヌはお礼の入った革袋を凝視していたが、やがて商人につかつかと歩み寄った。

 そして真剣な眼差しで、ゆっくりと首を横に振る。


「そうよ商人さん。『お礼はいくらでも』なんて、滅多に言うものじゃないわ。私はお金のためにやったんじゃない。お金は要らないから、早くあなたの仕事に戻って。あなたには、待っている人がいるのだから……!」

 そして商人の手をとり、お金をその懐へ戻させた。



「ききき、貴様⁉︎ さっきと言っていることが矛盾しているではないか!?」

 思わずベルゼビュートそう突っ込むが、

「な、なんと無欲なお方……本当にありがとうございます」

 商人は感動で涙すら浮かべている。

「それで良いのか貴様⁉︎」


 リュミエールも目を丸くしたが、

「そうか、確かにただのお金目当てじゃなかったんだね! 君を信じて良かった」

 話が良い方向へと進んだので、両手を合わせて喜んだ。

「貴様もかっ!?」




 商人は何度も頭を下げながら去って行く。

 項垂れて沈黙したベルゼビュートに反して、リュミエールとジャンヌは満足そうに息をついた。


「無事、解決したわね」

「いろいろとアレだと思うぞ、貴様ら」

「良いんだよ。ちゃんと困っている人を助けられたし」

 世の中、きっと言いきった者が勝つのである。リュミエールは親指をぐっと立てた。



「分かった。とにかく、一つだけ聞かせろ! さっきの貴様の態度変化はなんなのだ!?」

 少し立ち直った、というか諦めた様子のベルゼビュートが顔を上げた。ジャンヌに指を突き付け、そう問いかける。


 聞かれた彼女は何故か頬を染め、嬉しそうに話し始めた。

「私のおじいちゃんの話なんだけどね。おばあちゃんと結婚する前は旅の傭兵で、無償で大勢の人を助けていたのよ。それがもう、すっごくカッコ良くてね! 私も人助けをして、おじいちゃんの決め台詞『お礼のためにやったわけじゃない』を言ってみたかったの」


「……それを言いたいがためだけに『お礼』という言葉に食い付いたのではあるまいな?」

「え? だってお礼をくれる気がない人に、この言葉は言えないでしょ」

 ジャンヌは何言ってんの、と言わんばかりの表情で答えた。


「まあ。そう言われれば、そうなのか……?」

 リュミエールは少しだけ、彼女の事が分からなくなった。

 まさか彼女にとってのお礼は断るためにあったとは。


「こ、この魔界にも匹敵する混沌とした訳の分からなさ⁉︎ 恐るべし、人間……!」

「それどんなショックの受け方?」

 ベルゼビュートも表現が独特だ。

 王宮の外には色々な人がいるなあと、リュミエールはのんびりそう考えた。


「まあまあ。って、そろそろ解散した方が良いかしら」

 ジャンヌの一言でリュミエールたちは思わず声を上げた。

 他の二人の事情は知らないが、リュミエールは姫を魔王から助け出すという使命があるのだ。残念だが、ここでのんびりしている暇はない。


「そうだね、僕は行くよ。二人の旅の無事を祈ってる」

 リュミエールの言葉に残りの二人が頷く。

 三人が別れようとお互い背を向けた瞬間だった。


「て、敵襲ー!! あ、そこの方々、お礼は弾みますからどうか助けて下さい! 戦えそうな方が今この町にいないんです。あなた達だけが頼りなんです‼︎」


「分かりました!」

「お礼⁉︎」

「そうか、俺だけが頼りか!」


 三人は同時にそう答えていた。

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