女戦士と魔法使いについて

 リュミエールが姫救出を依頼されていた、そのおよそ一日前。





 フロンライン王国の姫、ジャンヌは複雑な世の中について頭を抱えていた。


 何故、姫自ら王子を救いに行かねばならないのかと。


「どうかお願いです、我が国の王子を魔王の手から救って下さい」

「……それをなぜ、わたくしに頼むのですか?」

 そう尋ねるのも無理はないだろう。

 亜麻色の柔らかな髪、凛とした眼差しに薔薇色の頬。ドレスの袖から伸びた細い腕は雪のように白い。客観的に見て、さらわれて救われるのはこちらだろうと思う。

 昨今の男性はこんなにも情けないのか。


「そこを何とかお願い致します! このままでは我が国は魔王に支配されてしまいます」

 隣国からの使者は本気のようで、先程から頭を床に擦りつけるようにして懇願している。不幸なことに、異議を唱える者はいない。宰相だけでなく、父である王でさえ平然としているのが非常に腹立たしい。


「お父様。よろしいのですが、わたくしが行っても?」

 うむ、と唸ったきり、一国の王であるはずの父はだんまりを決め込んでしまった。

 確かに、豊潤な大地と穏やかな気候、ジャンヌ姫の国『フロンライン』は豊かな国ではあるが、それゆえに平和ボケしているところがある。

 近隣諸国はどれも屈強な騎士団を持った国ばかり。戦争でも始まればこの国は一溜まりもないだろう。

 今はかろうじて隣国と友好関係を保っているものの、もしここで隣国の王子を見捨てたとなれば後々とんでもないことになりそうだ。


 黙った王を見て使者は焦り始めたらしく、深く頭を下げこんなことを言った。


「お願いです、どうか我がミネルフィア王国をお救い下さい! から!」

 その言葉が、トドメとなった。


「わたくしに任せなさい!」

 ジャンヌは即座に立ち上がり、大きく胸を叩いたのであった。





 依頼を受けてから丸一日。城を出てからは約半日。

 ジャンヌは街道を馬に乗っていた。王子の身も心配だが色々と準備というものがある。出発に時間がかかってしまった分、彼女は道中馬を急がせることにした。

 動きやすさを重視した鎧を上半身にまとい、腰には愛用のレイピア。そして髪を後ろで高く一つに結い上げ馬に跨るその姿は、とても一国の姫には見えなかった。

 なんということはない。実はこれが彼女の基本スタイルなのである。


「それにしても、なんで私が剣を嗜むこと知っていたのかしら? 上手く隠していたつもりなのだけど」

 言葉遣いもちゃっかり普段通りに戻している。馬が足速に歩を進める中、その背中で彼女はつらつらと考え事を始めた。


 近衛兵に混じって、こっそり剣を振るっていたのが何処かでバレたのだろうか。それとも王国の外に抜け出し、襲ってきた魔物を返り討ちにしたのを目撃されたのか。


 そこで聞こえてきた思わぬ声が、彼女の思考を停止させた。


「わ、私の馬車を……荷物を、盗賊どもが……! お礼はいくらでも差し上げます。どうか、助けて下さい!」


「何ですって!? こうしちゃいられないわ」

 助けを求めるその声に、その単語が含まれていては、黙っている訳にはいかない。

 ジャンヌは手綱を強く握ると、声の主の下へ向かった。







 リュミエールとジャンヌが馬上で思考を巡らせていたのと、同じ頃。

 街道にて。




 一部の世の中には三人兄弟の末っ子は成功するというルールがあるらしい。


 数々の昔話・おとぎ話・神話などにおいて、三人兄弟の末っ子は必ずと言っていいほど富や栄光を手にするのだ。


 しかし彼、ベルゼビュートは思う。


「そんな俺に該当しないルールなど、滅びてしまうがいいわ!!」


 彼の恨みつらみのこもった声に驚き、木の上でさえずっていた何匹かの鳥が逃げるように飛んで行った。



「大体、なんなのだ!? 世の中、兄上たちに都合の良いことばかりではないか!? 父上も父上だ。『王子と姫をさらってこい。そうしたら大魔王にしてやる』と言えば良いというわけではないわ! それに一体どうやってさらえばよいというのだ、丸投げか!?」

 と、計画を完全に暴露してしまっているのは、何を隠そう魔界に住む大魔王の息子。三男坊ベルゼビュートなのであった。


 父親、魔界の大魔王は彼ら三兄弟に一国の王子か姫をさらってこいと言ったらしい。そうしたら大魔王にしてくれると言うので、彼は仕方がなく人間界に旅立ったのだが。

「兄上達が言っていた、ミネ何某なにがしとフロ何某なにがしという国は、何処なのだ……!?」

 ベルゼビュートは指定された王子と姫がいる国を教えられたものの、どうして良いか分からず街道を彷徨っていた。


 というより、人間と接触するのだからと人間の身体で人間界に来たので、思ったよりも体力が続かず街道で立ち往生する羽目になってしまったのだ。



「体力というものに縛られているとは、人間、なんと脆弱な」

 額から流れ落ちる汗を拭いながら、肩で息をし立ち止まる。

 選んだ容姿が魔法使いだったため、長いローブに躓き転ぶという失態を犯してしまった。おかげで上質な絹のローブは傷や汚れが付いている。


「こ、この俺がこんな失態を犯すとは、なんという屈辱――」

「そこの、魔法使い殿ー!! どうか助けて下さい」

「ああ?」


 ベルゼビュートは不機嫌を隠そうともせず、街道の先へ鋭い視線を向けた。

 情けない声を上げ一人の人間がこちらへ走り寄ってくるのが見える。でっぷりと太った身体で、今にも転びそうに足を縺れさせていた。


 ベルゼビュートは思いきり眉を顰めた。

「なんなのだ貴様は。俺は急いでいる。用がないならさっさと道を開けろ」

 人間の男は彼の足元に縋りつくようにして倒れ込む。ベルゼビュートの不満は爆発寸前、あと少しで目の前の人間を魔法で消し炭にしてしまうところだった。


 この言葉がなければ。


「わ、私の馬車を、荷物を、盗賊どもが……! お礼はいくらでも差し上げます。どうか、助けて下さい、!!」


「……何だと?」

 貴方だけが頼りと言うことは、兄上たちよりも俺の方が頼りになると言うことか。ベルゼビュートは、そう都合良く解釈した。

 その人間が彼の事情を知っているはずがないのに。


 しかし、彼は生まれてこの方何千年、頼られた経験などなかったのだ。


 無駄な高笑いを上げて肩を震わせると、ベルゼビュートは両腕を掲げ胸を張った。この矮小な人間に、自らの力を見せつけてやろうと口を開く。


「ここは僕に任せて下さい!」

「私に任せて!」

「俺の力が必要なのだろう、助けてやろうではないか!」



 まさかその言葉が被るとは、彼も思っていなかった。



 そして物語は、始まる。

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