第31話 自分の行動の責任くらい、自分で
「でも、ええと。俺が戻ったら、お前は? どうなんの?」
「お前に成り代わってそちらで暮らす」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
だが先ほども言われたとおり、ルーカスがウケ狙いの冗談を言う可能性は限りなく低い。
ルーカス本人もいたって真剣な顔をしている。
ということはこれは、本気で言っているのだ。
「貴様は知らないだろうが、俺の魂は常にお前とともにあった。奥底に押し込められていたが、あの体の中にあったのだ」
「はぁ」
「長い間そうして過ごすうち、俺と貴様の魂の間にパイプが通った。俺はそれを利用して、あの女が握った魂を伝ってここまで来た。……貴様と入れ替わるために」
そう言い切ったルーカスに、俺は鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、目を瞬かせるしかない。
いろいろと言いたいことはあるが、つっかえてなかなかうまく出てこなかった。
やっとのことで、言う。
「でも、さぁ。それ、お前にメリットなくないか? うち全然お金ないよ、マジで」
「貴様がさんざん引っ掻き回したこちらの世界でこのまま暮らすほうがメリットがない」
それを言われてしまうとぐうの音も出ない。
まずデフォルトルーカスには寮生活が無理そうだった。
「体の主導権を取り戻したものの……あの庶民の男、俺に何と言ったと思う」
「庶民? ……え、ジャンのこと?」
「『何やってるんすか、ルーカス。その冗談つまんないっすよ』」
「…………」
言いそう。ていうか言われたことある気がするレベル。
あとモノマネが似ていない。
「使用人もいない中自ら身支度をするという屈辱を味わい」
「いや年頃の男子がメイドさんに身支度してもらう方がやばいって、いろいろ」
「学園でも『頭でもぶつけたか』『体調が悪いのか』『またなんか変なことやってる』等と謂れのない誹りを受け」
「誹りじゃないよ、純粋な心配だよ」
心配されているのは頭かもしれないけど。
変なことやってるのも事実だろ。奇行の自覚はあるよ、俺には。
「ヘンリーにまで『なんだか昔の君みたい。あ、赤ちゃん返りってやつかな?』と馬鹿にされ」
「それは馬鹿にされてるなぁ!」
ヘンリーに対する印象は薄いが、嫌味をあてこすられるような謂れはないはずだ。
何故だろう。さんざん「そういうのはもう卒業した」とか言ったからかな。
それともデフォルトルーカスが何か機嫌を損ねるようなことを言ったんじゃないのか。
……後者の気がする。
「しまいには教師までもが『具合が悪いなら帰って休みなさい』と言い出し、俺には何の問題もないのに早退をさせられた」
「うーん。かわいそう」
「貴様のせいだろうが」
ルーカスが俺を睨む。
うん、それに関しては、ごめん。
ルーカスには怒る権利がある。怒られたくはないけど、怒られても仕方ないとは思う。
思うけど、散々みんなに心配されているルーカスの図はちょっと、面白いな。
へらへらしている俺を見て、ルーカスがフンと鼻を鳴らした。
画面の中で何度も見た仕草だった。
「俺は貴様のようにへらへらフラフラして暮らすなど死んでも御免だ」
「そこまで言う? 死ぬよりはよくない?」
「だから、俺がそちらで暮らす」
ルーカスはもはや決定事項だと言わんばかりに胸を張る。
「そちらでは身分に関係なく就学や就労できるのだろう。俺の実力を試すいい機会だ。貧しい庶民の暮らしからでも成り上がって見せよう」
「誰が貧しい庶民だ」
いやお金ないとは言ったけど。別に裕福でもないけど。
貴族と比べたらお金はないけど、特に貧しくもない一般的な家庭だよ。
パンの代わりには食べないけど誕生日とかはケーキも食べるタイプの家庭だよ。
何なら姉ちゃんは推しの誕生日にもケーキを買ってくる。
「お前のコミュ力じゃ一般の男子大学生は無理だよ。やっていけないよ」
「貴様のような腑抜けでも務まるのだ、俺にできないことはない」
言い切られた。確かに俺には普通のぼんやりした大学生だが、他人にそう言われると腹が立つ。
ルーカスのその態度はイケメンだから、そして2次元だから許されているのであって、高めに見積もってもフツメンの俺の身体でそれをやったら即社会からはじき出される気しかしない。
「だいたい、情けないとは思わないのか。男子たるもの、女にいいように顎で使われて」
「女、っていうか姉ちゃんだよね? 違うよ。あれはね、男とか女とかじゃないの。姉ちゃんって生き物なの」
「一度しっかりと言って聞かせてやらねばなるまい。俺が貴様の腑抜けた生活を根底から変えてやる」
「いや、いやいやいやいや! それは無理だよ、悪いこと言わないからやめときなよ」
俺に成り代わると言われたときより強く止めた。
何で「ガンガンいこうぜ」なんだよ。対姉ちゃんに関しては、何よりも「いのちだいじに」だよ。
「どうしてだ。お前が姉と呼ぶあの女は、俺のファンなんだろう」
「いやお前のファンって言うか中の人のファンって言うか」
「ナカノヒト?」
姉ちゃんに楯突く自分の姿を想像しようとしてみたが、マジでまったく想像できなかった。
ましてそれが成功して、姉ちゃんが俺にやさしく接する様子など想像を絶する。
逆に一瞬で畳まれて土下座して姉ちゃんに頭を踏みつけられるヴィジョンはやたら鮮明に、4K映像で思い浮かんだ。
たとえ中身がルーカスだとしても、2秒でその結末を迎えるのが脳内再生余裕だ。
「姉ちゃんはな! ワラジムシを無理矢理丸めるようなヤツなんだよ!」
「ワラジムシ? 何だそれは」
「丸まらないダンゴムシみたいなやつだよ」
「ダンゴムシとは何だ」
「ダイオウグソクムシの小さいやつだよ!」
「ダイオウグソクムシとは何だ」
「あ――――もう!! いいの! それは!」
妙なところに食いつくルーカスの肩を引っつかんで、揺さぶる。
絶対あの世界にもいるだろ、ダンゴムシもワラジムシも。
お貴族アピールはいいから。今は、マジで。
「とにかく無理なんだって、弟が姉に逆らうとか。お前弟しかいないからわからないだろうけど。そこのヒエラルキーは不動なの。天地がひっくり返っても変わらないの!」
記憶にある限り、俺が姉ちゃんに逆らったのは小学校1年生か2年生が最後だ。
それ以降は独裁者姉ちゃんによる恐怖政治が敷かれている。
何故それ以降逆らっていないのかといえば、その気すら失せるような身の毛もよだつ目に遭ったからである。
今にして思えば、小学生だったからその程度で済んだとも言える。
俺も姉ちゃんも立派な大人になった今反抗しようものなら、どうなることか想像もできない。
最悪の場合、社会的な「死」すらあり得る。姉ちゃんはやるといったらやるタイプだ。むしろ言わずに予告なくやるタイプだ。
「散々俺のコミュニケーション能力を馬鹿にしておいて、身近な人間すら手なずけられていないのは貴様のほうではないか」
「いやだってお前友達いないじゃん」
「友達など不要だ」
「俺知ってるよ、それ言うのは決まって友達がいないやつだって」
「黙れ」
ルーカスにぴしゃりと跳ね除けられた。
その口調のキツさが図星だったことを物語っている。
「貴様は俺の人心掌握の手腕をとくと見ているがいい。せいぜい己の浅学非才を嘆くのだな」
「あーあ。止めたからね、俺は。本当に。後から文句言うのナシだからね。俺絶対そっち戻んないからね。知らないからね」
俺の言葉に、ルーカスがまたフンと鼻を鳴らした。
癪に障る態度である。だから友達いないんだよ、お前。
「貴様が言ったのだろう。いい奴は報われるべきだと」
「え」
言われて、目を見開く。
報われるべき、というか……いいヤツがいい思いをしてほしい、というのは、確かに俺がアカリちゃんやジャンにちょっかいをかけるきっかけではあったけど……それがどうしたというのか。
まさかルーカスが俺をいいヤツだと思っているということでは、ないと思うけど。
「それには俺も同意する。善行であれ悪行であれ、その報いはそれを行った者が受けるべきだ」
「はぁ」
「だから貴様も、貴様の行動の報いは自分で受けろ」
ルーカスが、俺をまっすぐ見つめる。
いつの間にか、ルーカスの視線が俺と同じ高さになっているのに気付いた。
いや、むしろ……俺の方が、視線が高いような。
視界を遮る金色の前髪を避ける。
次に瞬きをしたとき、俺の目の前に立っていたのは……冴えない普通の男子大学生で。
その男は、俺の声で、こう言った。
「自分の行動の責任くらい、自分で取って見せろ」
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