第23話 待っててね、ルーカス。(アカリ視点)
程なくして、ヘンリー様が校門に現れた。
馬に乗って、風魔法で加速をしながら駆けつけてくれたらしい。
乗っているのは白い馬だし、着ている服も学校の制服とは比べ物にならないくらい豪華なものだ。
「あれ。ぽかんとして、どうしたの?」
「本当に王子様だったんだ、と思って……」
「嘘だったらよかったんだけどねぇ」
ヘンリー様が困ったように笑う。
ひらりと馬を下りる姿を見て、ぽつりと零してしまった。
「ルーカスが見たら、喜びそう」
「そうなの?」
「王子様と言えば白馬でしょって、いつも言ってて」
「別に全員白馬に乗ってるわけじゃないと思うけど……」
そうなのかな? 貴族のルーカスが言うんだから、そういうものなのかと思っていた。
あと、何だっけ? かぼちゃパンツ?
「アカリ、ルーカスの言うこと真に受けちゃだめっすよ」
「そのルーカスが、いなくなったって?」
ヘンリー様の問いかけに、私はぎこちなく頷いた。
手に持った革靴を見せる。
「これが、校門に落ちてて」
「穴が開いてるね」
「ルーカスが飛ぶとき、こうなるんです」
「飛……?」
不思議そうに首を傾げるヘンリー様。確かに、ルーカスの飛び方はちょっと、変わっているかもしれない。
他にあんな風に飛ぶ人は、学園の中でも外でも見たことがなかった。
ユーゴが呆れたように口を挟む。
「そんなに心配するようなことかぁ?」
「案外ケロッと帰ってくるかもしれませんよ?」
「あー、憎まれっ子世にはばかるって言うっすもんねぇ」
スタークはともかく、ジャンまで一緒になってうんうん頷いている。
「ひ、ひどい! 皆心配じゃないの!?」
「そんなに……」
「もー!!」
ぷんすかと肩を怒らせる。
まったくもう。ジャンってば、ルーカスの扱いが雑なんだから。
仲が良いのは分かるけど、もうちょっとやさしくしてあげればいいのに。
私が怒っていると、門の前に大きな馬車が止まった。
扉が開いたかと思うと、豪華なドレス姿の女の子が飛び出してくる。
「ジャンさん、アカリさん!」
「ソフィア様?」
ジャンが目を丸くして、女の子の名前を呼んだ。
「何でここに」
「屋敷の通信係から、ルーカス様が行方不明と聞いて……」
「いやぁ、そんな騒ぐようなことじゃないと思うんすけど」
ジャンとソフィアが話している様子を眺める。
ドレス姿のソフィアは、学校の制服とずいぶん印象が違うので、一瞬誰だか分からなかった。
大人っぽくて、綺麗で、……お姫様みたい。貴族の女の子って、こういう感じなんだ。
自分の私服に目を落とす。いちばんのお気に入りを着てきたけれど、豪華なドレスとは比べるべくもない。
やっぱり貴族の人たちって、遠い。普段学園で一緒にいるから、錯覚しているだけで……住んでる世界が違うんだ。
そう思ったけれど、どうしてだろう。
ルーカスだったら「気にしないよ」って、言ってくれるような。
調子よく「その服可愛いね!」なんて、褒めてくれるような。
そんな気がした。
ヘンリー様が、王都の自警団に連絡を取ろうと魔法石を手に取った。
複数箇所に一度に通信をする場合には、魔法石を使ったほうが安定するそうだ。
「へ、ヘンリー殿下!」
こちらが何か言う前に、魔法石から、声が聞こえた。
あれ。この声……?
「マルコと申します。件の……ルーカスの、弟の」
通信相手が名乗る。
ルーカスから弟の名前がマルコだということは聞いていたし、声の響きもどこか……ルーカスと似ている気がする。
「見た目も結構似てるんだよ」と、ルーカスが言っていたのを思い出した。
「近くの自警団の通信係より、知らせがありました。その、我が愚兄がいなくなったというのは」
「愚兄って言われてるっすよ、ルーカス……」
「ま、言いたくもなるだろうな」
こっそり呟いたジャンの言葉に、ユーゴが頷く。2人してひどい。
2人を無視して、ヘンリー様が魔法石に向かって返事をした。
「それが、穴の開いた靴を残して、姿が見えないんだ。見知らぬ人間と空を飛んでいたという話もあってね。何もなければいいんだけれど」
ヘンリー様が簡単に事情を話す。
魔法石の向こうにいるマルコは、すぐには返事をしなかった。
「今実家にいますよ」って言ってくれないかなと思ったけれど、そうじゃないらしい。
しばらく沈黙が続いた後、マルコが意を決したように話し出した。
「……恥を忍んで申し上げます」
「恥って言われてるっすよ、ルーカス」
「言いたくもなるでしょうね」
「本来であれば王子殿下の耳に入れるような話ではないのですが」
言いにくそうに言葉を切るマルコ。
スタークまでルーカスのことそんな風に言うなんて、ひどい。
「少し前、私に取り入ろうとする者がおりました。事業で関わりのある男爵家や商家の者ですが……兄であるルーカスが、金銭目的で我が家の事業の情報を外部に漏らしているという触れ込みで……兄を廃して、私に当主になるようにと」
隣にいる王子様と顔を見合わせる。
ルーカスの人物像とあまりにも結び付かない話だったからだ。
可能性があるとしたら、「うっかり言っちゃった」くらいしか思いつかない。わざとそんなことをするなんて、考えられなかった。
私が首を振ると、王子様も頷いた。
「しかし兄は近頃あの調子で……しまいには、自分から私に家督を譲るなどと言い出す始末で」
「そうらしいね」
「ご存知でしたか」
マルコが驚いたような声で言った。
ヘンリー様がちらりとジャンに視線を向けたので、ジャンから聞いたらしい。
ルーカスも特に秘密にしたいとは思ってないみたいだった。
庶民生まれの私にはよく分からないけど……周りの反応を見ると、ルーカスのしたことはとんでもないことなんだと思う。
私は、ルーカスが寮に入って、一緒にいられる時間が増えて嬉しいなってくらいにしか思っていなかったけれど……
そう感じたのは、ルーカス自身がそのくらい、何でもないことのように振る舞ってくれていたからかもしれない。
「最近は家の事業に関わろうともしないのにそのような話が出るのはどうにもおかしいと思い、調べてみたところ……それは兄を貶めるための真っ赤な嘘で、その嘘を私に吹き込んできた者の方が、我が侯爵家と競合する事業を営む高位貴族と通じていることが分かったのです」
「……なるほどね」
王子様の表情が変わった。いつものやさしげな雰囲気ではなく、険しい顔つきだ。
ジャンに視線を送ると、ジャンも緊張した面持ちをしている。
「もしかしたら、兄はその者たちに捕らえられているのかもしれません。強盗や恐喝まがいのことまでする連中と繋がりがあるとの噂もあります」
「え、」
王子様やジャンより一拍遅く、私にも事態の重大さが伝わって来た。
強盗? 恐喝?
そんなことをする人たちに、ルーカスが捕まっているかもしれないの?
私だけでなく、その場のみんなも一斉に慌て始めた。
「おい、それはヤバいんじゃないか」
「そうですね。もしルーカスを誘拐した相手が、ルーカスが侯爵家の継承権を放棄したことを知ったら……一気に利用価値が下がります」
「ですが、さすがにルーカス様もわざわざご自分でそんなことを話したりは……」
ユーゴやスタークの言葉に異議を唱えたソフィア。
だけど。
「しそうだな」
「すごくしそうだ」
「目に浮かぶっす」
「なさるかもしれませんわね……」
それをみんなが一斉に否定した。ソフィア自身もそう思ったみたいだった。
私もそう思う。ということは……ルーカスがとてもピンチだってことだ。
「まさか兄は、敵を炙り出すために……? 私たち家族に危害が及ばないよう、家を出てまで、自らが囮に……」
「絶対ルーカスはそんなこと考えてないと思うっすけど……」
「ジャン」
マルコの言葉に反応したジャンを窘める。今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「どうしよう、助けないと」
「だな。さすがに死なれちゃ寝覚めが悪い」
「ですが、どうやって?」
「ルーカスが飛んで行った方向は分かるんだよね?」
「はい」
王子様の問いかけに、ユーゴとスタークが頷いた。
王子様が手に持った魔法石に魔力を流し、呼びかける。
「おーい。出番だよ、シエル」
ヘンリー様が魔法石に呼びかける。
でも、返事がない。やれやれと苦笑いしたヘンリー様が、私に魔法石を手渡した。
「……寝てるみたい。アカリ嬢、さっきのやつ、もう一度お願いできるかな?」
頷いて、魔法石に魔力を流し込む。
「起きてください、シエル先輩!!」
「ぐっふ」
魔法石の向こう側で、何かががっしゃんと落ちた音がした。
少し間が空いて、シエル先輩の声が聞こえて来る。
「もー。なーに? 好きなときに寝て、好きなときに起きていいって言うから、働いてるのにー」
「仕事だよ」
ヘンリー様が、ここまでのかくかくしかじかを説明した。
ふんふん相槌を打っていたシエル先輩が、やがて口を開く。
「飛んでいったのは、どっちー?」
「ええと……王都の東側でしょうか」
「発射角はー?」
「発射角……?」
その後も、シエル先輩に聞かれるがままに、スタークとユーゴがルーカスの飛んで行ったときの様子を話す。
一瞬の沈黙があって、今度はマルコに対して問いかけた。
「ルーカスの誘拐に関わりそうな人は、だーれ?」
「え? ええと、フェルナンド男爵家、ライコネン商会、それから競合先のベッテル伯爵家の次男……」
「ん――――」
よく分からないままに答えたマルコに、シエル先輩は返事をしなかった。
唸るような声と、がさがさ紙を捌くような音が聞こえて、そして。
「よーし。だいたい分かったよー」
あっけらかんと、そう言った。
「え? え?」
「東地区、グリーンヒル通り3丁目から4丁目、もしくは……」
「ま、待つっす、メモメモ」
話に着いていけない私たちを他所に、シエル先輩が住所をすらすら話し始めた。
今の情報だけで、そんなに細かな場所がわかるなんて……やっぱりシエル先輩は、天才なんだなと思う。
国内で一番頭のいいこの学校を、飛び級で卒業するくらいだもんね。
ジャンがメモを取っている間に、ヘンリー様が門番から王都の地図を借りてきてくれた。
「このあたりか。近隣の自警団に連絡を取ってみよう」
「近くに騎士団の詰め所があるはずだ、親父に連絡して……あ」
ユーゴがふと、何かに気づいたように動きを止めた。
隣にいるスタークの顔を見上げる。
「ここ、あの廃屋があるところじゃねーか?」
「ああ、そういえばそうですね」
「廃屋?」
「昔は倉庫か何かだったんだろうが、今は使われてない建物があんだよ」
当たり前のようにそう答えたユーゴ。
私はきょとんと目を丸くする。
「何で使われてない廃屋のことなんか知ってるの?」
「たまたま」
「たまたまです」
「アカリ、それ以上聞いちゃダメっす」
ジャンにそっと窘められた。
そうだよね、今はそんなことより、ルーカスだよね。
ユーゴのお父さんが騎士団長だから、たまたま詳しかっただけだよね。
廃屋で
「廃屋か。誰かを閉じ込めておくには都合がよさそうだね」
「よし、場所が分かれば……」
今後について話し始めるみんなを眺めながら、私は靴を脱ぎ捨てた。一緒に靴下も脱ぎ去る。
だってもう、居ても立っても居られなかったから。
「え、ちょ、アカリ?」
「私、行ってくる」
ルーカスの真似をして、足から炎を噴射する。ルーカスは「ジェット噴射」って呼んでいたっけ。
出力が強いおかげか、手からは炎を出さなくても十分に飛べそうだ。
スピードを出すために、さらに出力を最大まで上げる。地上のみんなが慌てて火の粉を避けた。
地図で見た方角を睨む。
待っててね、ルーカス。
今、迎えに行くから。
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