第22話 ルーカスに、何かあったのかも(アカリ視点)
待ち合わせ場所に着く。待ち合わせより30分も早く着いちゃった。
ちょっと、張り切りすぎかな。でも、そわそわしちゃって仕方がなかったんだもん。
前髪の分け目をちょいちょいと直す。スカートの裾やブラウスの襟が曲がっていないか、確認する。
大丈夫かな、変じゃないかな。
今日は、ルーカスとデート。
2人でいること自体はよくあるけど――特に最近は、ジャンが気を利かせてくれている気がする――、2人きりでお出かけするのは初めてだった。
わくわくとドキドキで、何となく落ち着かない。
ルーカスが早く来ないかなぁと、やたらきょろきょろしてしまう。
……あれ?
ふと、門のところに変なものが落ちているのに気がついた。
茶色の革靴が、片っぽだけ。拾い上げてみると、底に大きな穴が開いている。
この穴……ルーカス?
ざわりと、嫌な予感がした。
前に「弟に『靴脱げばいいじゃん』って言われて、それから靴に穴あけなくて済むようになった」って言っていた。
最近飛ぶときは、いつも靴も靴下も脱いでから飛んでいたはずだ。
それなのに、穴が開いた靴が落ちているってことは……靴を脱ぐ間もないくらい、急いで飛ばないといけないようなことが、起きたのかもしれない。
でも……まだ、待ち合わせまで30分もあるし。ルーカスがいないのも、不思議じゃないよね。
この靴だって、今日より前に落っことしたのかもしれないし。
そう自分に言い聞かせながら、ルーカスを待った。
だけど……待ち合わせ時間になっても、ルーカスは現れなかった。
「あれ。編入生」
声をかけられて、顔を上げる。
クラスメイトのユーゴとスタークが立っていた。
「ルーカスは? あいつずっとここで待ってたろ」
「え」
ユーゴの言葉に目を見開く。
ずっと、待ってた?
でも、私が来たときには……ここには、誰もいなかった。
「る、ルーカス、待ってたの? ここで?」
「ええ、3時間も前から」
「3時間も前から!?」
びっくりしてしまった。
3時間? ここで?
もしかして、私との約束の前に、誰かと約束していたのかな。
……うん、きっとそうだよね。30分でも早く来すぎかなって思うくらいだったのに、さすがに用事がなければ、3時間も前には来ないよね。
「先ほど誰かを背負って飛んでいったのが見えたので、てっきり貴方と合流したのかと思っていたのですが」
スタークが首を傾げて、ふと思いついたように言う。
「そういえば……不自然に落下して行ったようにも見えましたね……」
「待ちくたびれて遊んでたんじゃないのか?」
ルーカス、普段は誰かを背負って飛ぶなんてこと、あんまりしない。
「落としたときが怖すぎる」って言ってたっけ。
落下したように見えた、というのも気にかかる。
ぴゅんぴゅん飛び回っているところを見たことがあるけど、とっても上手に飛んでいたのに。
そう考えて、ふと全然別の、ある疑問が頭を過ぎった。
「えと、2人は3時間もこのあたりにいたの? 何してたの?」
「散歩」
「散歩です」
どうしてだろう。それ以上追求しないほうがいい気がした。
「そんなことより編入生、そこの茂みに隠れてるジャンはほっといていいのか?」
「え?」
ユーゴに言われて振り向くと、植え込みの木ががさりと揺れる。
走って近づくと……植え込みの間に隠れたジャンを発見した。
「あ、アカリ……おはよっす。ほんと、足速いっすね」
「おはよっすじゃないよ!」
仁王立ちしてジャンを見下ろす。逃げようとしたのか、走り出そうとした途中のような中途半端な姿勢だった。
苦笑いするジャンに、私は頬を膨らませる。
「もう、覗くなんてひどい!」
「様子が気になって、つい……」
ジャンがバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
そわそわうきうきしている一部始終を見られていたのだと思うと、私まで気まずくなってくる。
「ほら。ルーカスやたらと言ってたじゃないっすか。待たされたら怒って帰れ、みたいなやつ。ふとそれを思い出して、合流できるかだけでも見とこうかなって」
「そういえば……」
ルーカスに何度か、そんな話をされた気がする。
じゃあもしかしてルーカスは……自分が待ち合わせに来られないかもしれないって、知っていたってこと?
だから、3時間も前から……ここにいたの?
ざわりとまた、嫌な予感が強くなった。
「ど、どうしよう、ジャン。もしかしたらルーカスに、何かあったのかも」
「うーん。心配しすぎの気もするっすけど」
「でも、何だか嫌な感じがして……」
ぎゅっと胸の前で手を握り締める。
困ったように私を見下ろしていたジャンが、やがてため息をついた。
「とりあえず、ヘンリー殿下に呼びかけてみるっす。近くにいれば俺の魔力でも届くかも」
「王子様に?」
「あの人、一応王族だし、俺よりずいぶん風魔法の扱いが上手いっすから。王都の自警団とかの通信網を使って、探してもらうのがいいと思うっす」
ジャンがポケットから魔法石を取り出した。
名前の通り魔力が込められた鉱石で、魔力が足りないときの補助として使うものだ。
純度の高いものだと他人の魔法ごと閉じ込めておいて、適正のない属性の魔法を使うことも出来たりする。
私なんかでは一生手が届かないくらい、高価なもののはずで……それを持っているのを見て初めて、ジャンも貴族の血を引いているんだと実感した。
ジャンは風属性の魔法が使える。通信魔法で、王子様に連絡をして協力してもらうつもりみたいだ。
風魔法の通信は、魔力量によって通信できる範囲が決まっていると聞いたことがある。
つまり、ジャンが通信できる範囲に王子様がいなければ、そもそも連絡が出来ない。
でも……風魔法なら、私も使える。
それもたぶん、ジャンより強い魔法が。
「ジャン、それ……私にも出来る?」
「え?」
ジャンがぱちくりと目を瞬かせた。
「普通は一度互いの魔力を通わせて、通信のチャンネルを合わせてからじゃないと繋がらないんすよ。そりゃ、アカリならかなり離れたところにいる相手にも届くと思うっすけど」
「やり方、教えて」
言い出して聞かない私に、ジャンが折れた。
だって、いても立ってもいられなかったから。
ルーカスが困っているかもしれないのに……何も出来ないなんて、嫌だから。
ジャンから魔法石を借りる。
この魔法石を使って王子様と通信したことがあるので、繋がりやすくなるかもしれない、という話だった。
魔法石に魔力を送り込んで、ヘンリー様に呼びかける。
「ヘンリー様! 聞こえますか! アカリです! あの、ルーカスがいなくなって……!」
「ぐああああ! アカリ、ちょっとストップ、ストップ!」
ジャンが頭を抱えてうずくまった。
慌てて、魔力を込めるのをやめる。
「アカリの最大出力で喋るとそんなことになるんすね……鼓膜が内側から破れるかと思ったっす」
「ご、ごめんね。たくさん魔力を込めたほうが良いのかと思って」
やっぱりオレがやればよかった、とジャンが零した。
そんな繊細な操作が必要だったんだ。魔力だけ魔法石に込めてジャンに渡せばよかったと、今更気がついた。
「ちゃんと、ヘンリー様に聞こえたかな」
「ヘンリー殿下どころか、王都一帯の風属性の魔法使いが全員飛び上がったと思うっす」
「全員?」
「開いてなかった通信チャンネルが全部こじ開けられた感じがしたっすから。適性ある人間には全員聞こえたと思うっすよ」
それはすごく申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
まだ寝ている人がいたら、どうしよう。もう一度通信を繋いで謝ったほうがいいかな。
「誰かと思ったら、アカリ嬢か。すごいね。鼓膜がなくなってしまうかと思った」
耳元でヘンリー様の声がする。
耳元というより、頭の中で直接声が響いているようだった。
これが通信の魔法なんだと思うけど、ここにいない人の声がするというのは、何だか不思議な感じがする。
「そこにジャンもいるんだろう? 君たちから通信があると言うことは、よっぽどの事態ということかな」
「そ、それが、ルーカスがいなくなって、」
「分かった、傍受の危険もあるし、とりあえずそっちに行くよ。場所は学校でよかった?」
「え、あの」
「気にしなくていいよ。城からだから、すぐに着く。ふふ。僕が遠くにいると思ったのかもしれないけど……君じゃなくてジャンからでも、届いたと思うよ」
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