第21話 ごめんね、アカリちゃん。
「よう、お兄ちゃん」
声をかけられて、顔を上げる。身なりの悪い男たちが、俺を取り囲むように立っていた。
困った。大方ルーカスの顔面が金持ちそうだから声をかけてきたんだと思うけど、実際のところ俺、あんまりお金持ってない。
気持ちは分かる。貴族っぽいし、金髪碧眼のイケメン見たら誰だって金持ってそうって思うよね。持ってなかったらがっかりするよね。
実家からの仕送りはあるけど、今日はアカリちゃんにお茶を奢れる程度しか財布に入っていないのだ。確実にがっかりされる。
がっかりで済めばいいけど、八つ当たりされるかもしれない。
「よう! どうしたんだいブラザー!」
やたら馴れ馴れしく返事をしてみた。
ハイタッチを求めてみるが、応じてもらえなかった。ぴえん。
「兄弟に残念なお知らせだけど、俺そんなにお金持ってないんだよ。ほんとマジで。がっかりすると思うから先に言っとくね」
「ああ、問題ねぇよ」
男がにやりと笑う。
いかにも「腕に覚えがありますよ」という顔のゴリゴリの男たちに囲まれて、身体が勝手にじりじり後退した。
「俺たちが用があるのは……お前自身だ。侯爵家のお坊っちゃん」
一番近くにいた男が俺に掴みかかってきた。
咄嗟にジェット噴射で飛び上がる。
何でだ、もうマルコに家督を譲ったんだから、俺がごろつきに襲われる謂れはないはずだ。
それともデフォルトルーカス、そんなもんでは収まりがつかないほど恨まれてたのか?
確かに他人の恨みを買いやすそうな感じではあるけど、それにしたって限度があるだろ。
「へぇ、驚いた。風魔法以外で空を飛ぶやつがいるんだな」
背後で声がした。
男が一人、俺の背中にしがみついて一緒に空を飛んでいる。
さっきの奴らの仲間だろう。完全にテンパっていて、声をかけられるまで気づかなかった。
「ちょっ!? 何勝手に相乗りしてんだよ! 初乗り5千円だぞ!」
「はい、静かに」
振り落とそうとしたところで、ひたりと何か冷たいものが首筋に押し当てられる。
何だろう、と思っている間に、首筋に鋭い痛みが走った。温かいものが一筋、伝ってくる感覚がして、さーっと血の気が引く。
「痛い思いしたくなかったら、言うとおりに飛びな。運ぶ手間が省けて助かるぜ」
クツクツと男が笑う。一気に冷や汗が噴き出した。
何この展開。聞いてない。
「お、お客さん、どちらまで行かれますぅ~?」
「東に飛べ」
「東って右? 左?」
「…………」
「痛い痛い、ちょっとやめて、指差して、指差し確認して」
男の指示に従って飛ぶ。一体どこに向かうのだろう。
とりあえず従うフリをしておいて、隙を突いて最大出力で逃げよう。
男本人が自力で飛べない以上、降ろすまでは危害を加えられることはないはずだ。
いや、すでに危害は加えられてるけど。超怖いんですけど。
でも、アカリちゃんとの約束がある。このまま連れ去られたら、アカリちゃんを3時間待たせる男になってしまうかもしれない。
何だったら3時間で帰してもらえない可能性もある。アカリちゃんがハチ公のごとく待ち続けることになってしまうかもしれない。
目標達成直前でこんなのは悲しすぎる。
こんなに頑張ったのに、むしろ状況が悪化するとか、そんなことある?
俺、何かした? いや、迷惑をかけては来たけど。両親とか、ソフィアちゃんとかには怒られても仕方ないけど。
それ以外の奴にこんなことされるほど、悪いことはしてないはずだ。
これでアカリちゃんを待たせてしまうようでは、今までの努力が水の泡だ。
フルコン直前でフリックのノーツが1個、落ちてしまったようなものだ。
簡単に言うと、めちゃくちゃ悔しい。
何としてでも、逃げなくては。
俺がそう決意を固めたところで、男がストップをかけた。
「よし、この辺でいいぞ」
チャンスだ。ここで男を降ろして、隙をついて、逃げるしかない。
「じゃあ降下するんで、しっかり捕まって……」
「その必要はない」
男が背後から、俺の首に何かをかけた。
何だこれ、ペンダント?
ペンダントについた石が、ぼんやりと青く光りだす。
「勝手に落ちるからな」
「え」
手足からのジェット噴射が、突然止まった。
え?
止まっ、……え?
「でええええええ!?」
悲鳴とともに、俺は真っ逆さまに落下した。
○ ○ ○
水の滴るような音がして、ふっと目を開ける。
身体のあちこちが痛い。あの高さから落ちたんだから、当然かもしれない。というか命があるだけマシだろう。
何度か瞬きをしていると、やっと頭が働いてきた。
そうだ。妙な男たちに絡まれて、ジェット噴射で逃げそこなって、落っこちて……
「お目覚めか」
声がして、顔を上げる。意識を失う前に俺を捕まえようとしていた男たちがそこにいた。
もちろん俺の背中に無賃乗車したやつもいる。
水音は、俺の髪から水滴が落ちている音だった。
たぶんあの男たちの中に、水魔法が使える人間がいるんだろう。
どうやったか知らないが、例えば大きな水のボールでも作り出して、そこに飛び込むように落下させたりとか、何らかの方法で衝撃を緩和したのだ。
何のクッションもなかったらたぶん、この程度の怪我では済んでいない。
俺がいるのは、いわゆる廃屋といった感じの場所だった。
戦隊ヒーローとか仮面ライダーとかで出てきそうな感じの、絵に描いたような廃屋。
椅子に縛りつけられているようで、身体を動かそうとしても椅子をがたごとやるのが精一杯だった。
首にはさっきのネックレスがかけられたままだ。
手足からジェット噴射を試みても、ライターレベルの火すら出せない。
くそ、ジェット噴射さえ出来れば、何か巨大メカからの緊急脱出みたいにびよーんと椅子ごと飛んで逃げられたのに。
気をつけで飛ぶのとどっこいどっこいでだいぶ絵面がマヌケだけど。
「えーと。ここはどこ? あなたは誰? 俺はルーカス。好きな食べ物は冷奴」
「逃げようったって無駄だぜ。その
場を和ませようとしたが、あっさりばっさりスルーされた。
このペンダントについている石、魔防石というらしい。
読んで字のごとく、魔法の力を防ぐのだろう。それでジェット噴射が途中で使えなくなったのだ。
スーパー○ンで言うところのクリプトナ○トみたいなものか。
そんな便利アイテムあるのかよ。ゲームでは見たことないぞ。
今後のイベントとかで実装されるやつじゃないのか。
予期せぬところで早バレを踏んだ気がするけど、これは俺悪くないよね?
俺、このゲームにそんなに興味ないし。
現状、俺は魔法を封じられた状態で誘拐・監禁されているらしい。
こいつらが何の目的で俺を誘拐したのか知らないけど、俺はもう侯爵家の跡取りをクビになっている。
誘拐したところでたいした利益になるとは思えない。
今なら内緒にしておいてあげるから解放してほしい。
それで俺をアカリちゃんのところに行かせてほしい。
今、何時だろうか。
遅刻かな、これは。
「俺のこと誘拐して何になるんだよ。普通誘拐するなら可愛い女の子だろ?」
「決まってるだろ、お前をエサにしてあのアカリって女を誘き寄せるんだよ」
「はぁ!?」
交渉のために目的を聞き出そうとしてみれば、予想外の答えが返ってきた。
アカリちゃんを? 誘き寄せる?
俺をエサに?
「お前、それは、逆だろ、せめて!」
思わずツッコんでしまった。
いやほんとに、絵面から考えても逆だろ。
このご時勢そういう固定概念はよくないかもしれないけど、助けに来る側のモチベーションというものを考えてほしい。
捕まってるのがアカリちゃんだったら「頑張って助けよう!」ってなるかもしれないけど、俺だと「ルーカスかぁ……ま、一応行っとくか」くらいのモチベになるじゃん。
みんな。絶対。ワンチャン来てくれないまであるよ。
「そもそも何でアカリちゃんを? 可愛いから?」
「最近継承権を取り戻したらしい公爵家のご落胤だけでなく、次期侯爵のお前や第4王子とも親しい人間だ。疎ましく思うやつも、手中に入れたいと思うやつもごまんといる」
「それ抜きでも、全属性の魔法が使えるなんて貴重だからな。他国に売っても高値がつく」
アカリちゃんが珍獣扱いされている。言い方が完全に象牙とかに対するそれだ。
そういうの規制する法令とかないのかな? ワシントン条約的な。
ていうかアカリちゃんは人間だから普通に人身売買である。
古めかしい世界観だけど、一応人身売買は禁止されていたはず。……表向きは。
あと公爵家のご落胤ことジャンが継承権取り戻したとかいう話、俺知らないんですけど?
何で皆そういう大事なこと俺に内緒にするの? 泣くよ? 俺。そろそろ。
俺がショックを受けているのを見て、男たちはにやにやと笑っている。
いや、たぶんこの人たちの思ってるような理由でショック受けてるわけじゃないんだけど、俺は。
「ダメだぜ。侯爵家のお坊ちゃんが、護衛もつけずにフラフラしてちゃ」
「高慢でいけすかないって聞いてたが、魔法がなきゃただのガキだな」
高慢でいけすかないのはおそらくデフォルトルーカスのことだろう。
俺はいけすかないかもしれないけど、別に高慢じゃないからな。
俺のことをそんなふうに言うってことは、アカリちゃん目当てなだけでなくデフォルトルーカスにも少なからず恨みがある人間がこいつらに誘拐を依頼したんだろう。
でなきゃ、アカリちゃん本人を攫うのは無理にしろ、他の手を使ったはずだ。
ほら、やっぱりデフォルトルーカスのせいじゃないか、と思う。
人付き合いは大事だって、だから言ったろ。
三々五々、貴族やら雇い主やら何やらへの不平不満を口にしている男たちを見回し、俺はにやりと笑った。
「ふっ……残念だったな、誘拐犯諸君!」
わざと芝居がかった調子で声を上げる。何だ何だと男たちの視線が集まった。
「アカリちゃんは来ない」
皆の興味を引いて、俺は散々勿体つけてから、高らかに宣言する。
「何故ならアカリちゃんは、待ち合わせに現れない俺を、雨の中3時間も待っちゃう女の子なんだぜ!」
「何で自慢げなんだよ」
呆れた顔をされた。喜ぶべきか悲しむべきか知らないが、その顔をされるのには慣れっこである。
そう、アカリちゃんはもともと「都合のいい子」だ。
確かに最近我儘を言えるようにはなってきたけど……生まれ持った性質そのものが変わったわけじゃない。
だってアカリちゃんはこの「まほセカ」のヒロインだ。
ゲームのプレイヤーが自分を投影するための存在だ。
流されやすくてお人よしで、ゲームの進行に都合のいい存在でなければならない。
プレイヤーが感情移入しやすくするために、チートと「普通の女の子」以外の特徴を削ぎ落とした存在でなければならない。
自分の意見を持っていない方が都合のいい存在だ。
何かトラブルが起きても、おろおろして誰かの助けを待っている、都合のいい存在だ。
だからアカリちゃんはきっと……今も俺のことを心配しながら、待っている。
「だから俺誘拐しても意味ないって。徒労だって。やめようよ、ほんと」
「おい、ちょっと大人しくさせとけ」
リーダー格っぽいイカツめの男の言葉に、別の男が「へい」と返事をする。
顔面を思いっきりぶん殴られた。
椅子に縛られていなかったら吹っ飛んでいたかもしれない。
痛い。めちゃくちゃ痛い。ていうか熱い。口の中が切れたのか、血の味がする。
いきなり殴るとかひどい。しかも顔。親父にも殴られたことないのに。
姉ちゃんには殴られたことあるけど。
「ねぇマジでやめて、痛いから。殴る前に口で言って。そしたら大人しくするからさぁ」
「減らない口だな」
今度はみぞおちの辺りを蹴りつけられた。
息が詰まる。血の混じった唾液ががふっと零れた。
痛い、苦しい。ああもう、何で俺がこんな目に。
それもこれも、デフォルトルーカスのコミュ力がマイナスのせいだ。
「おい、どっからか風魔法使えるやつ引っ張って来い。こいつの悲鳴聞かせりゃ女も言うこと聞くだろ」
不穏な台詞に縮み上がる。
これから悲鳴上げるようなことされるの、俺。
嫌だよ、超嫌だよ。
ヘアピンで留めていた前髪を掴まれる。
痛い痛い、怖い、もう嫌だ、帰りたい。
ルーカスはどうだか知らないが、俺は小心者だ。
喧嘩とかほとんどしたことないし、こんなゴリゴリのおっさんたちに殴られたことだってない。
悲鳴より先に気絶するかもしれないなぁと、どこか他人事みたいに思った。
それならそれで、いいか。アカリちゃんが呼び出されずに済むなら、それで。
ごめんね、アカリちゃん。結局3時間どころじゃなく待たせることになっちゃうかもしれないけど……ちゃんと、怒って帰ってね。
そう諦めて瞼を下ろした、その瞬間。
轟音が廃屋に響き渡った。
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