第20話 ルーカスはクールに去るぜ

「ルーカス、あのね」

「うん?」


 アカリちゃんと一緒に寮までの帰り道を歩いているところで、ふと呼びかけられた。

 立ち止まったアカリちゃんにつられて、脚を止める。


「今度の休み、一緒に買い物に行って欲しいんだけど……暇?」

「暇だよ、超暇」


 誘ってもらえたのが嬉しくて即答してしまった。

 アカリちゃんに頼ってもらえるのはやっぱり嬉しい。

 誰かを頼っていいんだよと伝え続けた努力が実を結んだ気がして、感慨深くなってしまう。


「じゃあ、ジャンが寮戻って来たら伝えとくね」

「あ、えっと」


 ご機嫌で請け負った俺に、アカリちゃんがどこか言いにくそうに口を挟む。


「3人じゃなくて、2人がいいんだけど」

「え」

「だ、ダメ、かな?」


 もじもじした様子で俺を見上げるアカリちゃん。

 ここでピンと来た。ティンと来た。


 そう、そうだよ! 俺に恋愛相談してくれていいんだよ、アカリちゃん!

 ヘンリーよりも俺の方がジャンと仲良いからね、そのことに関しては頼りになるからね、俺!

 他のことでは何一つ頼りにならないけど!


「いいよ、2人でも! むしろ2人の方が良いまであるね、これは」

「ほんと!? ほんとにほんと!?」

「うん」


 俺が頷くと、アカリちゃんがほっとしたようにはにかんだ。

 うん、やっぱり笑うと可愛いんだよね。アカリちゃんが嬉しそうだと、俺も嬉しい。


 こんなに可愛くていい子のアカリちゃんにアタックされて、ジャンが絆されないはずがない。

 もう2人が付き合っていてもおかしくないと思うんだけどな。


 いや、もしかしたら2人はやさしいから、付き合い始めたことを俺に伝えるのを躊躇しているのかもしれない。

 それを打ち明けるために呼び出した説もある。

 最近ずっと3人一緒だったのに、俺だけ除け者みたいになることに気を遣ったとしてもおかしくなかった。


 でもその気遣いはいらないんだ。

 もともと俺は2人をくっつけるキューピッドになるつもりで近づいたわけだからね。

 キューピッド・ルーカスはクールに去るぜ。


 アカリちゃんと学校の門で待ち合わせする約束をして、寮の前で別れる。


 ふと思い出した。

 ルーカスがアカリちゃんを3時間待たせる問題のイベント。

 あれも集合場所は学校の門の前だったっけ。


 それを思い出して、方針が決まった。

 目下俺のすべきことは、アカリちゃんを3時間待たせないようにすることだ。


 まぁ、デフォルトルーカスと違って寮に住んでいる俺にとっては、学校の門は目と鼻の先である。

 弟のマルコに家督も譲ったので、ごろつきに絡まれる心配もない。

 万が一寝坊したって、待ち合わせ場所までジェット噴射で3秒だ。


 何だったら俺が3時間早く行って待つという手もある。

 デートでお馴染みの「待った?」「今来たとこ」をやったっていい。


 いや、これはデートじゃないけどね!



 ○ ○ ○



 アカリちゃんとの待ち合わせ当日、俺は3時間前から校門で待機することにした。

 いいんだ、俺が3時間待つのは、別に。待たせるぐらいなら喜んで待つ。


 花壇の縁に腰掛けてぼんやりしていると、ユーゴとスタークが連れ立って歩いてくるのが見えた。

 まだ朝日が昇りかけの薄暗い中に立ちすくんでいる俺を見つけて、ビクッとユーゴが身構える。


「っ!? ……なんだ、ルーカスか」

「どうしたんです、こんな早朝に」


 こっちの台詞だった。朝っぱらから2人して何してるんだ。

 いや、ナニしてたとか絶対聞きたくないから聞かないけど。

 俺がメンタルにスリップダメージをくらうだけで何の得もない。


「アカリちゃんとお出かけなんだ」

「こんな時間から?」

「いや、待ち合わせは3時間後だけど」


 俺の言葉に、2人が顔を見合わせる。

 そして呆れたように苦笑いした。


「それは楽しみにしすぎだろ……」

「さすがに引かれますよ、ルーカス」

「違うんだよ、これには深ーい、マラッカ海峡より深ーい理由があるの!」


 言ってから気づいたけど、別にマラッカ海峡は深くないな。深いのはマリアナ海溝だ。

 多分この世界にはマラッカ海峡もマリアナ海溝もないけど。


 奇行に思えるかもしれないが、俺にはアカリちゃんを待たせてはいけないという超深くて重大な理由があるのだ。

 決して楽しみだから3時間前から待機しているわけではない。


 楽しみか楽しみでないかで言うと楽しみだけども。

 楽しみではあるけども!


「ま、頑張れよ、ルーカス」

「頑張り過ぎない程度がいいと思いますが」


 俺の抗議をまるっと無視して、適当な激励とともに2人は去っていった。


 何だろう。誤解されている気がする。

 ……ま、いいか。どうせアカリちゃんとジャンが付き合うことになれば、誤解も解けるだろう。


 ぼんやりと空を眺めて時間を潰す。こういうときにスマホがないって不便だよな。


 今日のアカリちゃんの用件が恋愛相談にしろ、交際報告にしろ、俺がお役御免になる日も近い。

 そう思うと、何だか感慨深かった。ずいぶん長い夢だったなぁ。

 長かった分だけ、寂しいような気持ちになるのも当然だろう。


 2人の顔を思い浮かべる。

 アカリちゃんの笑った顔、困った顔、怒った顔。

 ジャンの怒った顔、困った顔、呆れた顔。

 ……うん。ごめん、ジャン。ちょっと反省する。


 俺は2人に幸せになってほしくて……いいヤツが報われる世界が見たくて、ここまでやってきた。

 だからきっと、寂しいのは今だけだ。苦しいような、妙な心地がするのも今だけだ。


 ハッピーエンドを見届けたら、きっと。

 この痛みも、どこかに吹き飛んでいくに決まっている。

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