第19話 今夜はお赤飯かな

 昼休み。今日はアカリちゃんと二人でお弁当を食べていた。

 ジャンは何やら用事があるとかで別行動だ。

 最近別行動が多い気がする。寂しい。毎日寮で会ってるけど。


「ごちそうさま」

「え。アカリちゃんもういいの?」

「う、うん。ルーカス、食べる?」

「くれるならもらうけど」


 アカリちゃんが差し出したサンドイッチを受け取って頬張りながら、首を傾げる。

 確かに俺よりは少食だけど、いつもお弁当は完食していたはずだ。


「どしたの? お腹痛い? 医務室行く?」

「ううん。ちょっと、……ダイエットしようかなって」

「ダイエット!?」


 思わず手に持っていたサンドイッチを取り落とした。


 いやいやいや、どう考えてもいらないでしょ。十分細いもん、アカリちゃん。

 マジで1回聞きたいんだけど、女の子って何でそんな痩せたがるの?

 身近な女性にこれ聞くとボコボコにされそうだから言えないけどさ。

 可愛いじゃん。痩せなくても。


 あと痩せたからって絶対可愛くなるとかでもないじゃん。

 これ言ったら姉ちゃんに限らず全女性にボコボコにされる気がするから死んでも言わないけど。


「アカリちゃんはしなくていいでしょ、ダイエット」

「でも……最近ご飯が美味しくて、食べ過ぎちゃってるし」

「いいじゃん、ご飯が美味しいのはいいことだよ」

「…………」


 アカリちゃんがちらりと俺の顔を見る。何だかじとっとした目つきをしていた。


 あれ? アカリちゃん、なんか機嫌悪い?

 やっぱりまだお腹空いてるんじゃない? お腹空いてると苛々するもんね。分かる。


「……だって、足細い人が好きなんでしょ?」

「え」


 頬張っていたサンドイッチをごくんと飲み込む。

 アカリちゃん……そういうの気になるってことは、やっぱり恋、しちゃってるんじゃないの!?


 そう言いかけて、何とかサンドイッチと一緒に飲み込んだ。

 前に一回違うって言われたからね。こういうことをしつこく聞くのはセクハラだから。


 ヘンリーの件で気づいたので、同じ轍は踏まない。

 俺は女の子に恋バナを強要するような人間にはならないぞ。


 しかし、アカリちゃんは一つ誤解をしている。

 俺は確かに足が折れそうなくらい細い女の子が好きだけど、それはあくまで俺の好みであって男全般に当てはまる話ではない。

 むしろ多少こう……むちっとしている方が好きな男が多いような気がする。


 ジャンはどうなんだろう。そういう話したことない。意外と男子ってそういう話しないんですよ、女子の皆さん。

 俺が信用されてないからじゃなくて。


 とりあえず、アカリちゃんの健康のためにも、誤解は解いたほうがいいだろう。


「俺はそうだけど。でも女の子が思うより、男って細いかどうか気にしてないっていうか。ご飯おいしそうに食べる子が好きって男の方が多いと思うよ」

「いいの。私は」

「午後の授業、お腹鳴っちゃうよ?」

「平気だもん」


 どうしよう。アカリちゃんが本格的に反抗期かもしれない。

 今夜はお赤飯かな。


 アカリちゃんの目の前に、サンドイッチを突き出す。

 生クリームとオレンジが挟まったフルーツサンドだ。


「ほら、これ甘いやつだよ、おいしいよ」

「いらない」

「十分細いって」

「いい」

「サンドイッチもアカリちゃんに食べてほしいって。『そうだサンド! ボク、アカリちゃんに食べてほしいサンド!』」

「最近、王子様のところでたくさんお茶菓子食べちゃってるもん」


 ぷいと顔を背けたアカリちゃんの言葉に、目を見開く。


 え。その話、俺知らない。

 てっきりお茶会は1度きりだと思っていたんだけど。

 ジャンも最近付き合い悪いし。何? 2人とも反抗期なの?


「そ、うなんだー。お菓子はついつい食べちゃうよね」


 いけない。これ以上話すと追及してしまいそうだ。セクハラ、ダメ、ゼッタイ。

 会話の軌道修正を計る。


「あ、お菓子と言えば、前アカリちゃんが持ってきてくれたお菓子、あれ美味しかったよね」

「あれ、失敗して焦がしちゃったのに。ルーカスはおいしいおいしいって食べてたよね」


 くすくすと笑うアカリちゃん。

 そういえば、あの時モリモリ食べてたの俺だけだったかもしれない。

 もしかして、また味音痴発揮してた? 知らぬ間に? 言ってよ、誰か。


「アカリちゃん、時々うっかりさんだよね」

「もう失敗しないよ。この前、王子様だって美味しいって食べてくれたんだから」


 ちょっと待って? アカリちゃんがいつの間にか王子様に手作りお菓子の差し入れしてるんだけど?

 何でそんな仲良くなってるの?

 俺それ知らないんだけど?? ジャンは知ってるの??


 ジャン、やばいよ。お前がぼんやりしている間に事が動き始めてるよ。

 ていうかあの王子様、サポートカードのイベントではそんなに距離を詰めて来た覚えがない。

 いったい何が狙いなんだろう。


 アカリちゃん、大丈夫かな。監視カメラ内蔵のクマのぬいぐるみとかもらっちゃってないかな。

 寮の部屋のベッドの下とか確認するよう忠告した方が良いのかな。


 いやでもそれで確認して本当に王子様が潜んでたらめちゃくちゃ怖くない?

 確実にトラウマになるし、何なら口封じされる可能性もあるよね?

 見ない方が幸せ……かもしれない。


「? ルーカス?」


 詮索しようかどうしようか悩んでいると、アカリちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。

 咄嗟に、口から言葉が飛び出た。


「だ、大丈夫かなって。無理に付き合わされたり、してない?」

「ううん、大丈夫だよ。楽しくお話してるだけだから」

「そっ……かぁ! ならいいんだ! うん!」


 アカリちゃんが朗らかに笑って返事をしてくれる。それにつられて、俺も笑顔を作った。


 いけない、いけない。過干渉はよくない。

 最近のアカリちゃんなら大丈夫だ。

 嫌なことはちゃんと、嫌だと言えるようになってきた。


 俺やジャンがずっと守っていられるわけでも、常に手出し口出し出来るわけでもない。

 アカリちゃんを信じて送り出すべきときがきたのだ。


 たとえ俺が、寂しくても。


 まるで家の軒先に巣を作っていた燕の雛が巣立っていって、空っぽになった巣を見たときのような気持ちになった。

 娘を嫁にやるときのお父さんって、こんな気持ちなのかな。産んだことないけど。


 見守るって、難しい。

 こんなに胸がざわざわして、落ち着かない気持ちになるくらいなら……引き留めてしまった方が楽なのに。

 干渉してしまった方が、楽なのに。


 そう思う俺は、お父さんに向いてないんだろうな、と思った。



 ○ ○ ○



 その後もアカリちゃんと話していると、時折王子様とのお茶会の話が出て来た。

 どうも本当にヘンリーと仲良くしているようだ。


 さりげなく、過干渉にならないように注意しながら「何の話してるの?」と聞いてみたが、「ルーカスには内緒」とはぐらかされた。


 あとさりげなく「最近部屋に変わったこととかない? 誰かが侵入した形跡があるとか」と聞いたら怪訝そうな顔をされた。

 この世界はカメラはないようだが、風魔法を使うと遠くの人と電話のように通信することが出来るらしい。

 ヘンリーは風属性の魔法が使えるということだし、盗聴器的な物が仕掛けられているかもしれない。


 コンセントとか給湯器とか怪しいらしいよ。電源が取れるから。

 風魔法が電動かどうかは知らないけど。


 いや、別にいいのよ、俺は。アカリちゃんがヘンリーと仲良くても。

 良くないのはジャンなのよ。


 でも聞いてほしい。朗報がある。

 最近、アカリちゃんはジャンとも仲が良いのだ。

 2人でこそこそ話していて、俺が合流すると慌てて素知らぬふりをしたりする場面によく出くわす。


 そして「何話してたのー?」と聞くと「何でもない!」と笑って誤魔化そうとするのだ。

 もちろん俺は敢えて誤魔化されてあげるけど、それを見るたび、「へーん、ほーん、ふーん????」とにやにやが止まらない。

 これはもうあれだ。交際秒読みだ。


 ヘンリーはサブイベントでもアカリちゃんと恋バナしたがっていたし、もしかしたらアカリちゃんはヘンリーに恋愛相談をしているのかもしれない。

 それでアドバイスを受けたアカリちゃんが、最近ジャンに猛アタックしているのかもしれない。きっとそうに違いない。


 本当はジャンの方からアタックしてもらいたかったけど、このご時世、女の子からグイグイ行ったっていいよね。

 某夢の国の映画でも、最近は王子様を待ってるだけのヒロインなんて出てこない時代だからね。自分で城まで建てちゃったりするからね。


 それならヘンリーとアカリちゃんがやたら仲良くしているのも頷ける。

 何故俺に相談してくれないんだという一抹の悲しみはあるけど……2人が結ばれてくれるなら、俺の悲しみなんて安いものだ。


 ジャンもアカリちゃんのことが好きなのは分かり切っている。

 きっと近いうちに2人は付き合うことになるんだろう。

 いつ俺に報告してくれるのか、今から楽しみだ。

 ……してくれるよね?


 その時のことを考えて、どんな反応をしようかなと考えを巡らせる。

 驚いた方がいいんだろうか。それとも、「やっとくっついたのかよ!」とか言った方がいいかな。


 ウキウキして、今にもスキップしたくなるくらい……の、はずなんだけど。

 何となく、すっきりしない気持ちがあった。

 嬉しいのは確かで、楽しみなのも本当なんだけど……何となく、もやもやするというか。

 どうしてだろう。全部俺の願った通りになってるんだけどな。


 たぶんあれだ。いつもつるんでた友達に「今年のクリスマスは誰んち集まる!?」って言ったら皆なんか反応が悪くて、よくよく確認したら俺以外の全員に彼女もしくは一緒にクリスマスを過ごしてくれる女の子のあてがあったときの気持ちが近い。

 自分だけ置いてけぼりにされたのが寂しいのだ。

 「別にいいけど」とか言いつつ内心めちゃくちゃ悔しいときのやつだ。


 ハリ○タでもあったじゃん。男2:女1はどうしたってそうなるのよ。

 余りの男1はどうしたって気まずい思いや寂しい思いをするのよ。

 命がけの最終決戦直前に他2人がいちゃつき出したときのハ○ーの気持ちを思えば、今の俺の寂しさなんてほんの些細なことだ。


 解決方法としては、俺も彼女を作ればいいのだ。

 そうすれば恋に浮かれて寂しさなんて気にならなくなる、はず。


 だけど、ここって夢の中なんだよなぁ、と思うと、どうにもそんな気になれなかった。

 頑張って彼女を作っても、夢オチではあまりに虚しすぎる。現実が辛すぎて枕を濡らしてしまうかもしれない。


 目を覚ました時に、彼女がいないから、余計に。

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