第15話 どうかこの卑しき豚に罰を!

「な、何してるの!」


 声がして振り向けば、教室にアカリちゃんが駆け込んでくるところだった。

 目にも留まらぬスピードで俺の目の前まで来ると、ゴミ箱の前に立ちはだかる。

 足が速い。


 丸く(?)収まりそうだった物事が全部とっちらかる気配を感じた。

 わぁ。しっちゃかめっちゃかだぁ。おそらきれい。


「それ、ルーカスのだよね!?」

「え、ええと」


 目を白黒させるAちゃん。そうなるよね。ごめん。


 追いついてきたジャンが、教室の入り口でぽかんと立ち尽くしていた。

 うん。そうなるよね。ごめん。


「いや、アカリちゃん。誤解だよ」

「誤解って!?」

「俺が頼んだんだ、俺の教科書捨ててくれって」

「何で!?」


 何でだろうね。

 冷静になってみると俺にも説明できないけど、必死で駆け抜けた先の着地点がそこだったんだから仕方ない。


 アカリちゃんがソフィアちゃんたちを振り返る。


「ほ、ほんとなの!?」

「ええと……わたくしにも非常に信じ難いのですが……現状のみを平たく申し上げると、そのような状態で間違いないですわ」


 ものすごく戸惑った様子で、ソフィアちゃんが答える。

 俺とソフィアちゃん、アカリちゃんの3人の顔を交互に見ていたジャンが、息を呑んだ。


「る、ルーカス……まさか……そっち系の趣味が!?」

「え、え!?」

「うん。分かった。アカリちゃんが納得してくれるならいいよ! もう! 俺がドMってことで!」

「え、ええええええ!?」


 やけくそになった俺は、ジャンの言葉に全乗っかりすることにした。

 アカリちゃんが悲鳴のような声を上げる。

 いいんだ。俺の好感度なんていくら下がっても。


 呆然とした様子のアカリちゃんとジャンを尻目に、小声でお友達AちゃんBちゃん、そしてソフィアちゃんに話しかける。


「ほら、君たちもさぁ、後ろ暗いところがあるわけじゃない? 一芝居付き合ってくれてもバチは当たらないと思うんだけどなぁ」

「ひ、一芝居って……」

「俺がドMで、君たちがドSってことで! よろしく頼むよ女王様!」

「嫌に決まっていますけど!?」


 言うや否や3人の足元に跪いた俺は、ソフィアちゃんの足に縋り付く。


「お許しください女王様! どうかこの卑しき豚に罰を!」

「か、勝手に始めないでください!!」

「ソフィア様。まともに相手しても疲れるだけっすよ」


 ジャンがそっとソフィアちゃんと俺の間に割って入った。

 ジャン、それはフォローなの? それともディスってるの?


 ソフィアちゃんはジャンを見上げて、さっとまた顔を青くする。

 そして一瞬何か言いたげに一度口を開いたが、結局何も言わずに教室から駆け出していってしまった。

 お友達AちゃんBちゃんも顔を見合わせて、同じように教室から出て行った。


 俺からはジャンがどんな顔をしていたのか分からないけど、もしかしたら顔に「逃げろ」と書いてあったのかもしれない。


 え? もしかして俺、同意なしにSMプレイを強要した変態だと思われてる?

 だとしたら誠に遺憾なんですけど。遺憾の意なんですけど。

 最初にSだかMだかの話言い出したの、ジャンじゃないか。


 ジャンがこちらを振り向いた。いつもの、ちょっと呆れたような顔をしている。


「ルーカス、教科書あったっすか?」

「え?」

「魔法学」


 言われて、そういえば教科書を取りに来たんだったと思い出した。机を探って、目当ての教科書を取り出す。


「早く行かないと、また怒られるっすよ」

「そ、そうだな! うん、早く行こう!」


 どうしよう。普段俺の扱いがぞんざいなジャンまでやさしくしてくれてる。

 すごく気を遣われてる。まるで腫れ物に触るように。

 やさしさが残酷。


 廊下に出て、魔法学の教室を目指す。

 ちらりと教室の時計を見ると、走ればギリギリアウト、という感じの時間だった。


 さすがに屋内でジェット噴射は迷惑すぎるので――ていうか前一回やらかして廊下に「ジェット噴射禁止」の貼り紙が貼られるようになってしまったので――、自分の足で走るしかない。

 走り出すと、アカリちゃんは半ば呆然とした様子のままでついてきた。

 だが、ジャンは足を止めたままで動かない。


「ジャン?」

「先に行ってて欲しいっす」

「え?」

「ちょっと、トイレ」


 そう言って、ジャンが階段のほうへと駆け出した。


 まぁ、授業中に「先生、トイレ!」はちょっと勇気いるもんな。

 普段ちゃんと授業を受けているジャンなら、多少遅れてもひどいことにはならないだろう。……俺と違って。

 そう判断して、俺はアカリちゃんと一緒に廊下を駆け出した。

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