第11話 盗んだ馬車で走り出したりしたい!

「あーあ、またやっちまった」

「……どうしたの、兄さん」


 エントランスでべろべろになった靴の底を眺めてため息をついていると、マルコに声をかけられた。

 振り返って、彼にも見えるように両手で靴を掲げて見せる。


「いや、高速移動を身につけたはいいんだけどさ。その度にほら、こんな感じで靴の底に穴が開いちゃうんだよなぁ。かといって替えの靴何足も持って歩くのは邪魔だし」

「……火を出す前に、脱げばいいんじゃ……」

「あ」


 呆れた顔で言ったマルコを、両手で指差す。

 ぼとりと靴が床に落ちた。


「それだわ。お前天才」

「は?」

「マジ頼りになるわ、俺の弟」


 ぐりぐりとマルコの頭を撫でる。


 言われてみれば当然である。靴も靴下も脱いでから炎を出せばよいのだ。

 一秒を争うような緊急時以外、靴を脱ぐ時間ぐらいは余裕であるはずだ。

 何故そんな簡単なことに気が付かなかったのか。


 マルコが俺の手を振り払った。


「そ、それより、兄さん」


 あれ? 今こいつ、俺の悩みを「それより」とか言った?


 だが、俺はそんなことでいちいち目くじらを立てたりしない。何故ならお兄ちゃんだから。


「まだあの庶民たちと付き合ってるんだって? いい加減、周囲にどういう目で見られるかを考えて行動したほうがいいよ」

「んだよ。俺が誰と友達になってもマルコには関係ないだろ」


 むしろ、今まで友達0人だった兄さんに友達が出来たことを喜んでほしいくらいだ。


 いやもし兄弟に「友達できたの!? やっと!? おめでとう! 今夜はお赤飯ね!」とか言われたらそれはもう戦争の始まりでしかない気がするけど。

 どう考えても煽ってんじゃん。


「関係あるよ。兄さんはこの歴史ある侯爵家の跡継ぎなんだ。それが庶民と親しくしているなんて」

「え? 俺継がないよ?」

「は?」

「だから、俺、家継がない」


 俺の言葉に、マルコが目を丸くする。口も開きっぱなしだ。


 いつか言ってやろうと思っていたんだ。俺は侯爵家、どうでもいいよって。

 長男としてとか跡継ぎとしてとかの面倒くさい諸々を全部マルコにひっかぶせるチャンスと見て、俺は畳み掛ける。


「いやほんと、メンタルが次男なんだよ。長男向いてない。次男には耐えられないことがいっぱいあるよね、世の中って。長男だったら耐えられるかもしれないけど、俺には無理無理」


 姉ちゃんには腹が立つことばかりだが――そして兄ちゃんは我が家では空気だが――、じゃあお前が長男になれと言われたら、俺は慎んで辞退する。


 門限、バイト、お小遣い。親とのバトルを経て、そのあたりの活路を切り開くのはいつも姉ちゃんだった。

 残念なことに、俺にはそんなバイタリティはない。開拓された後の道を悠々と歩くくらいでちょうどいい。


「俺は次男らしく、のらーりくらーりといくから。俺は継ぎたくない。お前は継ぎたい。つまり利害が一致してる。お互いがお互いのやりたいようにやるだけ。分かりやすくていいだろ? じゃ、そゆことで」

「ちょ、ちょっと待って!」


 じゃっと手を上げて立ち去ろうとした俺を、慌てた様子のマルコが引き留める。


「家を継がないって、本気で言ってるの!?」

「うん!」

「うんって、……」


 マルコは驚きを通り越して呆然としているようだった。

 家を継がない長男って珍しい時代だろうし、仕方ないのかもしれない。


 デフォルトルーカスは継ぎたいのかもしれないけど……もう俺、言っちゃったからね。

 言ったことは取り返しがつかないから。申し訳ないけど諦めてもろて。


「いや、前から思ってたんだよ。貴族って結局政治家みたいなもんじゃん? お前みたいな裏も表もあるような奴が向いてるって。領地とか、領民とか? 事業とかお国とか? びっくりするほど心惹かれないんだよね、俺。モチベ0。ダメでしょ、そんな奴に任せちゃ」

「ぼ、ぼくは……」


 さらにつらつら並べ立てる。

 マルコは俺の勢いに気圧されたようで、視線を迷わせていた。


「それは、ぼくのほうが兄さんより才能があるはずだって……生まれた順番で決まるなんてって、ずっと、思っていたけど」

「だよね。だってお前天才だもん。やりたくて適性あるやつがやるのが一番でしょ。その方がみんなのためだよ、マジで」

「じ、じゃあ、兄さんは?」

「俺?」

「家を継がないなんて言ったら、父さんが何て言うか……」

「んー。そうだな」


 まぁ、確かに怒られるかもしれないな。

 「勘当だ! 出て行けー!」とかいって、追い出されるかも。

 追い出されるのはいいとして、怒られるのは嫌だな。人に怒られるの、得意じゃないし。


 ふと、目の前のマルコを見る。

 そうか。

 マルコを驚きを通り越して呆然とさせたように……怒りを通り越して呆然としてもらおう。

 そして呆れて諦めてもらおう。「もう好きにしなさい」と言ってもらおう。


「郵便屋さんに就職するとか?」

「は?」

「あ、手紙なら風魔法の方がいいのか。じゃ、もうちょっとデカいものとか貴重品を運んだりする……運送屋? 飛脚? とか? あ、飛ぶならアレか、宅急便かな」

「はぁ?」


 マルコが呆れた声を出した。

 よし、これなら両親も呆れてくれるかもしれない。この調子でいこう。


 ていうか思いつきで適当に言ったけど、運送屋、結構いいんじゃないか。

 ジャンとアカリちゃんが営むパン屋さんの屋根裏に間借りして、お届け屋さんを営みながら、黒猫飼ったりしたらいいと思う。

 俺パン好きだし。落ち込んだりもするけど、俺は元気だよ。


 方向を定めて一気に舵を切る。


「いやぁ、お前にだけ打ち明けると、兄ちゃんの夢は実は運送屋になることだったんだ! だから侯爵家なんか継ぎたくない! 親の敷いたレールの上を走るだけの人生なんて真っ平御免だ! 運送王に、俺はなる!」

「に、兄さん!?」

「親の支配から解き放たれたい! 長男の呪縛からも解き放たれたい! 誰にも縛られたくない! 盗んだ馬車で走り出したりしたい! これぞロックンロール!」

「????」

「ってわけだから、兄ちゃんのためにもそこんとこよろしく頼むよ」


 ぽんとマルコの肩に手を置いた。

 一気に畳み掛けたおかげで完全に思考回路がショートしたらしいマルコに、手ごたえを感じる。


 この感じでガンガンいこうぜ。


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