第10話 誰だ。変態を連れてきたのは。

「ルーカス?」


 食堂でバスケットを抱えていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 声の主はヘンリー。デッキに編成しているサポートカード「SSR 王子様のお茶会++」のキャラクターだ。


 黒髪に青い瞳の王子様系キャラ……というかリアル王子様である。

 第3だったか第4だったか忘れたけど、それくらいの。


 王子様だけあって、何となく見た目のキラキラ度もルーカスより盛ってある気がする。

 白馬とかぼちゃパンツを装備していても違和感がなさそうだ。

 ハイライトのレイヤー枚数もきっとものすごいことになっているに違いない。白黒だったらツヤベタ作業をするアシスタントが息切れするレベルだ。


 カードの性能は「すべてのパラメーターの上昇率にバフをつける」という性能で、シエルのようなぶっこわれカードと比べると効果量は控えめだが、その分使う場所を選ばない。

 サブイベントの選択肢に体力回復効果とテンションアップ効果があるのも無難に嬉しい。

 初心者から上級者まで使いやすい、オールマイティーな一枚である。


 ちなみにこの知識はマジで何の役にも立たない。


「どうしたんだい、その大荷物」

「あ、これ? ヤバいっしょ」


 バスケットを開けて中を見せる。

 ハムやらトマトやらたまごやらレタスやらがたっぷり挟まった色とりどりのサンドイッチと、バターの香りが漂うマフィン、カットしたりんごやオレンジなどのフルーツがぎっしり詰まっていた。


 少なく見積もっても2人分はゆうにある。

 女の子だったら3人でも厳しいかもしれない。


「俺がボリューム増やしてって頼んだせいなんだけどさ。一回増やしてもらって完食したら、次また量が増えてて。で、完食するじゃん? また増えるじゃん? 食べるじゃん? んでイマココって感じ」

「一人で食べるの? 全部?」

「最近はアカリちゃんとジャンと3人がかりで食べてるけど。さすがに午後眠すぎてヤバい」

「残せばいいのに」


 ヘンリーがくすくすと笑う。

 基本的に全人類に対してタメ口のデフォルトルーカスに習って、先輩相手でも身分が上の相手でも、タメ語で話すようにしている。


 シエルにタメ口を利くのは、ふわふわ不思議くんが相手なのでまったく抵抗はなかった。

 しかし今回の相手は王子様だ。キレられたりしたら嫌だなと内心ヒヤヒヤしたものの、今のところその様子はない。

 ずいぶんと気さくな印象だ。


 友達って感じではなかったけど、ゲーム内でもルーカスのメインストーリーにちらちら出てきていたし、ルーカスともそれなりにうまくやっていたのかもしれない。

 皆に心配されるほど感じが悪そうなルーカスとうまくやれるとか、すごいな。

 コミュ力お化けというやつだろうか。


 そういえば、この王子様はサポートカードのイベントでも、特にアカリちゃんにひどいことをしていなかったなと思い出した。

 攻略サイトによると、メインストーリーもまだ実装されていないらしい。


 もしかしてルーカスやシエルよりは害のないイケメンなのでは、と騙されかけて、慌てて思い直した。

 油断してはいけない。

 女性向けゲームにただの優しい男など、それこそ当て馬以外に登場するはずがない。


 しかも王子様である。ただの優しい王子様であるはずがない。

 こういう人当たりのよさそうなイケメンはたいてい腹黒ドSと相場が決まっている。

 それか、とんでもない執着心や変態性癖を隠し持っているか、だ。


 意中の女性の盗撮写真を部屋中に貼りまくったり、カメラを仕込んだぬいぐるみをプレゼントしたり、ベッドの下に潜むぐらいのことはしていてもおかしくない。

 イケメン王子様ならそのくらい余裕でこなせることだろう。


 逆に「してそう」まである。完全に偏見だけど。

 愛が重めの変態はアカリちゃんの情操教育に悪影響だ。


 やっぱりアカリちゃんにはジャンがぴったりくるんだよ。

 ジャンはアカリちゃんのリコーダー、舐めないと思うよ。俺は信じてるからね、ジャン。


 変態王子様(仮)の言葉に、俺は肩を竦めて見せた。


「食べ物残すの嫌なんだよね。しかも向こうは善意でやってくれてるわけじゃん? そう思うと何かもう、イケるとこまで行くか! みたいな気分になってきて」

「シエルやソフィアから聞いたとおりだな。君、頭でも打った?」

「性格変わるほどの勢いで頭打ったらそれはもう死ぬのよ」


 揃いも揃って失礼な奴らである。


 デフォルトルーカスと比べたら俺のほうがまだマトモな人間性をしていると思うので、「変わった」のではなく「成長した」と言ってもらいたい。


「いや、もうツンツンしてクール系? とかそういうの、卒業した、みたいな? あるじゃん、そういう時期。お母さんにババアとか言うのがカッコいいと思っちゃう時期。大人になったのよ、俺も」

「ふぅん」

「興味なしかよ」

「いやいや、あるよ。大いに」


 ヘンリーがまた、おかしそうに笑う。

 口が裂けても母親に「ババア」とか言わなさそうな、お上品な笑い方だ。


 何かくしゃみとか小さそう。した気にならないだろ、そんなくしゃみじゃ。


「君とは長い付き合いだからね。つまらなそうな顔をしているより……今の君の方が、ずっと興味深いな」

「そりゃどーも」


 珍獣扱いを甘んじて受け入れて、俺は肩を竦めた。



 ○ ○ ○



「ってわけで、ついてきちゃったんだよねー、王子様」

「何一つどういうわけか分からないんすけど!?」

「ついてきちゃった」

「ヘンリー殿下にそんなノリで来られても困るっす」


 屋上にヘンリーを連れて行くと、ジャンが俺の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶってきた。

 いやぁ、最近すっかりジャンが普通の友達みたいに接してくれて嬉しいなぁ。

 何となく俺の信頼度がどんどん下がってる気がするけど。


 いやでも、ジャンは人の世話を焼きたいタイプだし、何だかんだ言いながら仲良いよね、俺たち。

 ねっ? ……ねっ!?


 アカリちゃんはぽかーんとしている。もしかしたら王子様を見るのは初めてなのかもしれない。

 まぁ、王冠もかぼちゃパンツも白馬もないとただの優しげなイケメンだけど。


「アカリの魔力目当てだったらどうするんすか?」

「うーん。俺もあの人よく分かんないんだよね。どう思う? ジャン。リコーダーとか舐めると思う?」

「何の話っすか!?」


 よかった。この反応ならジャンは舐めなさそうだ。

 俺は信じてたよ、ジャン。


「初めまして。僕はヘンリー。一応王族の末席にはいるけれど、継承権は絶対に回ってこないから、あまり気にしないで」

「無理っす」


 ヘンリーがアカリちゃんとジャンにそれぞれ握手を求める。

 アカリちゃんは戸惑いながらも、流されるままに握手をしてしまっていた。

 Noと言える日はまだ遠そうだ。


「そういえば」


 ヘンリーがジャンと握手をしながら、ふと思い出したように切り出した。


 初対面の俺とは握手をしてくれなかったジャンまで、雰囲気に押されて握手に応じている。

 やっぱりコミュ強っぽいな、この王子様。


「君は僕と同じ、風属性の魔法が使えるんだって?」


 ヘンリーの言葉に、ジャンが僅かに息を飲んだのが聞こえた。 

 どうして知っているのか知らないけど、ジャンの魔法適性は確かに風属性だ。

 ヘンリーが魔法を使っているシーンはあまり見た覚えがないが、風属性だったのか。


 さもありなん、魔法適性は遺伝することが多い。

 ジャンは公爵家のご落胤と言う設定で、ジャンとヘンリーはそう遠くない親戚関係にある。

 同じ属性であっても不思議はない。


「この国の王族には風属性の魔力を持つものが多いのだけれど……」

「…………」

「面白い偶然だね?」


 にこりと笑いかけるヘンリー。

 それを聞いて、ジャンのサポートカードのイベントに似たような展開があったのを思い出した。


 ジャンの素性をヒロインに匂わせる伏線のようなものなのだが……大変申し訳ないことに、すでに俺がネタバレ済みだ。

 だいたいそんな大事なネタをサブイベントでやるな。


 製作陣からの「こいつはサブキャラだから!」という圧を感じる気がする。

 可哀想なジャン。


「……ルーカス」


 袖を引かれて振り向くと、アカリちゃんが俺に手招きしてきた。

 身を屈めると、こっそりと耳打ちされる。


「どうしよう。ジャンのこと、王子様にバレちゃうんじゃ」

「別にいいでしょ、バレても」


 慌てた様子のアカリちゃんに対して、俺はどっしり構えていた。

 ていうか先生たちも知っているくらいだし、ヘンリーも知っているんじゃないだろうか。

 はっきりじゃなくても、薄々くらいは。


「よ、よくないよ! 公爵家って、王族の親戚でしょ? ジャンが貴族の人に連れていかれちゃうかも……!」

「そんな、シンデレラみたいなことあるかなぁ」

「しんでれら?」

「あれ、シンデレラ知らない? あの、王子様に見初められて、召使みたいな扱いされてた女の子がお城に……」

「お城!? お城に連れていかれちゃうの!?」

「…………」


 アカリちゃんとこそこそ喋っている俺を、ジャンがじとーっとした目で睨んでいた。

 睨むなよ。ごめんって、勝手に灰かぶり扱いして。


 そしてそんなジャンとアカリちゃん、俺を見渡して、にまーっとヘンリーが笑う。


「なるほど、なるほど。そういう感じなのか」


 何が「なるほど」か分からないが、ヘンリーが一人でしきりに頷いている。

 何だろう。雲行きが怪しくなってきた。


「イイね。すごくイイ」


 やたらと嬉しそうなヘンリー。やっぱりあれか。変態王子様なのか。

 優しいだけのイケメンは存在しないのか。


「あ、あの……?」

「シッ! 見ちゃいけません!」


 心配して声を掛けようとしたアカリちゃんを遮った。

 アカリちゃんの情操教育に悪影響があるといけない。


 まったく、誰だ。変態を連れてきたのは。


「ルーカス。お昼食べないと時間無くなるっすよ」

「そ、そうだな! 食べよ食べよ!」


 ジャンの助け舟で、一人で笑っているヘンリーを放置することを決めて、バスケットを開く。

 ジャンとアカリちゃんの持ち寄ったお弁当のパンもあわせて、3人で食べ始めた。


 ヘンリーの視線が、俺が齧っているパンに向く。


「それは?」

「これ? アカリちゃんとジャンのお弁当のパン。これめちゃくちゃ腹持ちいいんだよ。噛み応えも癖になる感じだし。サーターアンダギー並みに口の中の水分持ってかれるけど」

「ふぅん」


 ヘンリーはじっとパンを眺めていた。王族には珍しいパンなのかもしれない。

 そういえば俺も、2人のお弁当以外では食べたことがない気がする。


「あの。王子様も、食べますか?」


 やさしすぎるアカリちゃんが、物欲しげにお弁当を検分していたヘンリーに声を掛ける。


 ダメだよアカリちゃん。変態はやさしくすると懐いてくる恐れがあるよ。

 厳しくすると懐いてくるタイプの変態もいるから、もう正直どうしようもないけど。


「お気遣いなく。僕はもう、お腹いっぱい楽しんだから」


 にこりと笑って返すヘンリー。

 食堂で会ったときには、もう何か食べた後だったのだろうか。


 何が楽しいのか、ヘンリーは俺たちが食事をする様子を機嫌よく笑って眺めていた。

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