第9話 女の子って好きだよね、そういうの

「おい、テメェ。何だその態度」

「私は何も言っていませんが」


 バンと机を叩く音がして視線を向けると、クラスメイトのユーゴとスタークが言い合いをしていた。

 犬猿の仲という設定だけあって、いつも何だかんだと騒いでいるのを見かけるが、今日はいつもに増してヒートアップしている。


 ユーゴは騎士団長の息子で、スポーツ刈りのよく似合うオラオラ系脳筋キャラ。

 スタークは由緒ある伯爵家の跡取りで、眼鏡をかけた真面目系敬語キャラだ。

 赤髪と青髪でカラーリングも対比のようになっていて、喧嘩しているくせに何だかんだセット扱いされている。


 女の子って好きだよね、そういうの。

 何とは言わないけどさ。


 ジャンと一緒にアカリちゃんが持ってきてくれたお菓子を食べながら横目に眺めていたが、ユーゴとスタークがあまりに騒いでいるので、2人はすっかり手元がお留守になっていた。


「その顔が気に入らねぇってんだよ」

「やれやれ。目が合っただけで文句をつけるなんて、ずいぶん野蛮ですね」

「テメェが馬鹿にするからだろうが!」

「まぁ、馬鹿にしているのは否定しませんが」

「アァ? んだと?」


 ぎゃーぎゃーと揉めている。喧嘩はいつものことだが、今日はずいぶん長い。


 このお菓子サクサクしてておいしいな。やめられない止まらない系だ。

 アカリちゃんはちょっと焦がしちゃったとか言っていたけど、全然気にならない。


 ジャンに小声で「何食べてんすか」と聞かれたので「お菓子」と答えたら無言で頭を叩かれた。

 最近ジャンが俺に容赦ない気がする。

 仲良くなれたからかな、たぶん。きっとそう。


 ユーゴとスタークの組み合わせを見て、サポートカード「SSR 犬猿の仲++」の絵柄を思い出す。

 いつもいつも喧嘩をしているからあのシーンはいつなのだろうと思っていたが、今日なのか?

 これまで5回くらい「今日か!?」と身構えたら違っていた、というのを繰り返してきたので正直飽きてしまっていた。


「そこまで言うなら、どちらが迷惑か第三者に決めてもらいましょう」

「上等だ。……おい、女」


 ユーゴがぐるりと教室内を見回し、アカリちゃんに視線を定めた。

 アカリちゃんは目をぱちくりさせている。


 女の子に「女」とか呼びかけるの、良くないと思う。

 最近厳しいんだよ、そういうの。


 普段だったらここで止めに入るが、俺は敢えて静観することにした。

 そろそろアカリちゃん自身に断れるようになってもらいたいので、少し泳がせてみよう。


「お前、どっちが正しいと思う?」

「え? あ、あの」

「まぁ、考えるまでもないでしょうが。正直に言ってくださって構いませんよ」

「お前は黙ってろよ」


 アカリちゃんが2人に挟まれておろおろしている。

 まぁそうなるよな。たいして親しくもないクラスメイトに挟まれたら。


 ここでユーゴをフォローするような選択肢を選ぶと攻撃力が上がり、スタークをフォローするような選択肢を選ぶと賢さが上がる。

 そしてどちらもフォローせずおろおろする選択肢を選ぶと体力が回復する。


 パラメータ上昇ボーナスのついたサポートカードが少ない初心者や無課金勢は上げたいパラメータの選択肢を選ぶのが定石だが、サポートカードが揃った廃課金勢は体力回復に回したほうが結果として効率がよくなる。

 ――と、攻略サイトに書いてあった。


 正直俺としてはこれ以上アカリちゃんがパワーアップするのもどうなんだろうと思うけど、仕方ない。

 大体どっちもどっちすぎて、どちらかに肩入れしてやろうという気にはなれないしなぁ。


 アカリちゃんはしばらく2人にあれこれ言われておろおろしていたが、最終的に困った顔をしてこちらを振り向いた。

 ごめん。アカリちゃんにはまだハードルが高かったかもしれない。

 可哀想になったので、仲裁に入ることにする。


 どうやって止めようかと考えて、はたと思いついた。

 ハムスターが喧嘩をしているときは、2匹まとめて布で覆って、大人しくさせてからそっと分けるといいとか、なんとか。


 よし、それでいこう。問題はこいつらがハムスターではないことだけなのだ。へけっ。


「はい、ストップ、すとーっぷ!」


 言いながら、2人に向かってタオルを投げた。

 黙った2人の間に、ぱさりとタオルが虚しく落ちる。


 あれ、これ違うな。これはボクシングだ。


 突然割って入った俺を睨む2人。イケメンが睨むと迫力がある。


 自分たちは唐突にアカリちゃんを巻き込むくせに、俺に対してその態度はちょっとないんじゃないか?

 部外者なのは一緒だろ、俺も、アカリちゃんも。

 可愛い女の子はよくて、イケメンはダメなの? 男女差別はよくないと思うよ、俺。


「んだよ、外野は黙ってろ」

「部外者は口を挟まないでいただきたい」

「はいはい、どうどう、はいしどうどう、はいどうどう」

「ナメてんのかてめェ」


 まぁ言っちゃえばナメてはいる。

 だって2人とも、うちのアカリちゃんに腕相撲で勝てないもん。

 ていうか2人揃って、自分から部外者を巻き込んでおいてどの口が、という感じだ。


 オラオラ系のユーゴはともかく、知的キャラのスタークはそれでいいのか?

 その眼鏡、飾り? 伊達?


 そこで思いついた。

 喧嘩したいなら、思い切りしてもらえばいいのだ。

 俺やアカリちゃんに害の及ばない方法で。


「しょっちゅう教室で喧嘩されても困るんだよね。もういっそ1回ガッツリ勝負して、白黒ハッキリつけちゃおうよ。俺審判するからさ」

「そりゃ、望むところだけど」

「勝負と言っても、どのような?」


 俺はえっへんと胸を張った。


「もうこれは相撲でしょう」

「スモウ?」

「男同士の由緒正しき決闘といえば我が国の国技、相撲。しかも人様に迷惑がかからない。エンタメ性も抜群、最高の競技、それが相撲」


 怪訝そうにする2人に、簡単に相撲のルールを説明する。


 いや、正直俺も詳しくないけど。

 この世界に相撲はないだろうし、だいたいでいいだろう。俺たちは雰囲気で相撲をやっている。

 説明が終わったところで、スタークが異議を申し立ててきた。


「待ってください。要は体力勝負ということでしょう。それでは私が不利です」

「何だよ、ビビってんのか?」

「貴方のような脳みそまで筋肉の人間と違って繊細なんです」

「んだと、こら!」

「はいはいどうどう、はいしどうどう」

「さっきからなんだよそれ」


 何なんだろうね?

 金太郎の歌に出て来るのは知っているけど、実は意味はよく分かっていない。


「分かった。確かにこれだとユーゴが有利だな。それじゃ間を取って、手押し相撲にしようじゃないか」

「テオシズモウ?」

「あれ? 知らない? あ、そうか。そもそも相撲がないのか」


 手招きしてアカリちゃんを呼んで、実践して見せることにした。


「こう、足を肩幅に広げて立って、お互いの手を叩いたり、押したりして、一歩でもそこから動いたほうが負け。相手の手以外のところに触ったり、手を掴んで引っ張ったりするのはルール違反。簡単だろ?」

「それだと、結局腕力が強い方が勝つのでは?」

「ところが、違うんだなぁ」


 ちっちっち、とわざとらしく指を振って見せる。


「ほら、アカリちゃん。ちょっと俺のこと押してみて」

「え?」

「いいから。ちゃんと本気でね?」


 戸惑いつつも、アカリちゃんが俺の手を結構な力で押してきたところで、ふっと力を抜いた。

 勢いあまったアカリちゃんの身体が、俺のほうに倒れてくる。


「え、わ、きゃっ!?」


 変に抱きとめたりするとセクハラでお縄になる可能性があるので、俺は両手を挙げた姿勢をキープする。

 アカリちゃんが俺に抱きつくような姿勢になっているが、俺は無実だ。不可抗力だ。

 皆見てたよね? 訴えないでね?


 満員電車よろしく、バンザイしたままで話を続ける。


「と、このように、細マッチョな割にひ弱な俺でも、腕相撲では瞬殺されちゃうアカリちゃんに勝てちゃったりするんだよ。力押しだけだと勝てない戦略性も問われるちょー高度な遊戯なわけ」

「なるほど……戦略性、ですか」

「面白そうじゃん」

「る、ルーカス、あの……」

「あ、ごめんねアカリちゃん。ありがとう」


 そっとアカリちゃんの肩に手を添えて、身体を起こすのを補助する。

 肩に手を置いただけでもセクハラになるらしいけど、これは大丈夫だよね?

 さっきのバンザイ無害アピールも相俟って、必要最小限の接触として許される範囲だよね?


 ユーゴとスタークが向かい合って、手押し相撲の準備をする。


 イケメン2人が敵意のある表情で向かい合っている構図はサポートカードと同じだが、何だろう。

 今からやるのが手押し相撲だと思うと、すごくシュールだ。

 クラスの皆も、さっきまでのハラハラした雰囲気はどこへやら、子どもが遊んでいるのを見守るような視線を向けている。


 手押し相撲が始まったが、見ている分には何ともほのぼのした勝負だ。

 本人たちは真面目にやっているんだろうけど、妙に和やかでこう……のほほんとしてしまう。


 しばらく攻防戦が続いたが、唐突に勝負が動いた。

 ユーゴが勘所を見定めたのか、スタークが力を込めた瞬間を見計らい、ふっと力を抜いたのだ。


 有り余った力を殺しきれず、スタークがユーゴの方に倒れ掛かる。

 ユーゴが勝ち誇ったように笑ったのもつかの間、スタークの身体を支えきれずに、結局2人とも床へと倒れ込んだ。

 ユーゴをスタークが押しつぶすような形だ。


「ッてて……」

「く、不覚……」


 ばちっと2人が視線を合わせた。

 一瞬、沈黙が流れる。


 あれ? 何だろう、この。これ。


「お、おいテメェ離れろよ!」

「そ、そちらが急に腕を引くからでしょう!」


 2人が言い合いを始めるが、先ほどまでの喧嘩とは、何と言うか、空気が違う。

 俺は理解した。


 あ――――。

 これは、アレだな。

 「人が恋におちる瞬間を、はじめてみてしまった」のやつだ。


 分かる、分かるよ。だって女性向けゲームだもん。

 そういう展開だって需要、あるよね、うんうん。そういうの好きな女の子も、多いもんね。


 理解のあるフリで自分を納得させる。内心いやそんなわけあるか! という感じだけれど。

 俺は女の子が好きだな。足首が折れそうなくらい細いとなお良し。


「ルーカス?」


 気づくと無意識下でアカリちゃんに目隠しをしてしまっていた。


 いやだって万が一アカリちゃんがそちらの道に行ってしまったら、いろんなものが瓦解する気がして。

 俺までそっちの世界に引き込まれたりしたら洒落にならない。トラウマになってしまう。

 この夢から目が覚めた時、そっちの道にも目覚めていた……とか。笑えない。怖すぎ。


「行こう、アカリちゃん。邪魔しちゃ悪いから」

「え? え??」

「そっすね、邪魔者は退散するっす」


 そっとアカリちゃんの肩に手を添え、後ろを向かせる。ジャンもそれに同意して、後ろをついてきた。

 クラスメイトたちも異常に物分りがよく、2人を残してぞろぞろと教室を後にする。


 やっぱりおかしいぞ。この世界。

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