第6話 姉ちゃんの廃課金デッキ半端ない。

 魔法の授業が本格的に始まった。


 正直俺はわくわくドキドキだった。大学生にもなってと思わないでもないけど、魔法とか夢の中でだって使ったことがない。

 どんな感じかとそわそわしても仕方ないと思う。


 俺、というかルーカスは炎の魔法に適性があるという設定だった。

 使い方を教わって、試しに魔法を発動させてみたら、設定どおり手から小さな火の玉が出た。

 思わずちょっとはしゃいでしまった。すごい。魔法すごい。


 寒いとき以外の使いどころとか全然思いつかないけど。

 俺自分で料理しないし。煙草も吸わないし。


 もともとこの学園に入学できるのは、強い魔法適性がある子どもだけだ。簡単に教わっただけで、皆ぽんぽん魔法を発動させている。

 ジャンは風魔法に適性があって、小枝を宙に浮かべたりしていた。

 他の魔法も見るたび俺がいちいちはしゃぐので、クラスメイトから可哀想なやつを見る目を向けられてしまった。


 いや、だって仕方ないだろ。今まで生きてきて、手から炎も風も出たことないんだから。

 せいぜい水を出す宴会芸くらいしか見たことがないんだから。


 魔法適性はほとんどが遺伝なので、結果的に貴族ばかりが魔法適性を独占している。

 貴族のご落胤であるジャンはともかく、生まれも育ちも一般庶民のアカリちゃんに魔法適性があるというのは、まさに突然変異とでも言うべき事態だ。


 それも、本来魔法適性は1人に1属性のところ、ヒロインらしく「全属性の魔法適性」とかいうチート設定の大盤振る舞いである。

 そしてメタ的な話をしてしまえば――現在アカリちゃんには、姉ちゃんの廃課金デッキによるありとあらゆる成長バフが乗っている。


 実際に魔法の力を目の前にして、実感した。

 姉ちゃんの廃課金デッキ半端ない。


 アカリちゃんのパラメータ上昇率がエグい。先週までマッチの火くらいがやっとこさだったのに、今週にはもうメテオ撃ってきた。

 校庭にめちゃくちゃでかい穴が開いた。一同呆然である。アカリちゃん本人含め。


 ヤバい。このままだと死人が出る。

 ていうかこれ、そもそもゲームのシステムとして、強くなるのがアカリちゃんなのはおかしくないか?

 せめてルーカスが強くなれよ。


 アカリちゃんだけがどんどん世紀末覇者みたいになっていくんだけど。少女マンガに迷い込んだ範馬勇○郎みたいになってるんだけど。


 何より当のアカリちゃんが完全にオーバーフローしたステータスに置いてけぼりにされて困惑しているのが可哀想でならない。

 あと体力学力も異常な成長率になっているらしく、腕相撲で瞬殺された俺とジャンのお気持ちも可哀想だよ。


 大穴を目の前におろおろするアカリちゃんを見て、俺は心の中で合掌する。

 ごめん。うちの姉ちゃんが廃課金勢で、ほんとごめん。


 大穴に呆然としていたが、我に返った先生が土属性の魔法であっという間に修復してくれた。アカリちゃんにも気にしないでねと言っている。

 先生曰く、急に魔力量が増えたりすると稀によくあることらしい。


 ちなみにザオリクとかレイズとかあるのか聞いてみたが、死んだ人を生き返らせるという魔法はないようだ。

 が、怪我を回復する魔法や壊れたものを修復する魔法はあるらしいので、要するに死ななきゃOKということだ。


 それなら多少アカリちゃんの魔力が暴走しても問題ないだろう。

 アカリちゃんはいい子なので、人に向けて魔法を打ったりはしないだろうからな。


 メテオの一件から、アカリちゃんへの周囲の反応は大きく変わった。というか二極化した。

 全属性の魔法が使え、なおかつ魔力量がものすごく多いと言うことで、アカリちゃんを利用してやろうと近づく連中が現れたのだ。

 その一方で、アカリちゃんを妬んでか、より一層嫌悪を露わにする連中も現れた。


 後者はコソコソ悪口を言う程度なのでまだマシだが、前者の方が問題だった。

 俺とジャンが必死でガードしているけど、それも万全ではない。


 アカリちゃんには一刻も早く、NOと言えるようになってもらわなくては。

 このままだとちょっと目を離した隙に何が何だかよくわからない契約書とかにサインしていそうな危なっかしさがある。


 今日もジャンが囮になってくれているが、逃げてきた先で気づいたらまたシエルに話しかけられていた。

 そうはさせるかと、俺が長い話攻撃で応戦する。


「昔々あるところに齢65を過ぎたおじいさんと姉さん女房のおばあさんがいました。ある日おじいさんは使い慣れた鎌と自分で編み上げた籠を持ってその日の炊事に使用する芝を手に入れるため山へ芝刈り(※山の所有者の許可を得ています)に、おばあさんは昨日雨で干せなかった洗濯物を片付けるために近所の川へ環境に配慮した直接川に流しても害のない洗剤を持って洗濯に行きました。おばあさんが洗濯物を……」

「ぐー」


 よし、ようやく寝た。

 俺はやれやれと息をついて額の汗を拭う。


 何度も相手をするうちに、俺の方もどんどん長話のネタが尽きてきた。今日はとうとう桃太郎に手を出してしまった。

 前回はやたら詳細にカレーの作り方を説明するというので乗り切れたけど、そろそろ抜本的なネタ切れ対策を講じなくてはならないだろう。


「ルーカス、ありがとう」


 アカリちゃんはそうお礼を言ってくれたが、どうにも元気がない。

 急に周囲の反応が変わってしまって――そして姉ちゃんの廃課金デッキのせいで自分のパラメータも異常成長してしまって――戸惑うなという方が無理な話だろう。


 なのに、アカリちゃんは弱音を吐かなかった。ジャンにも相談していないらしい。

 いけない。友達に悩みを相談できないようでは、どこかから出て来た怪しい男にちょっと優しくされただけできゅんとしてしまう可能性がある。


 ダメダメ、その男はヒモになるよ、絶対働かないよ。

 アカリちゃんの財布からお金を抜いてパチンコに行ったりするよ。


「アカリちゃん」


 俺は隣を歩くアカリちゃんに声を掛けた。

 アカリちゃんは立ち止まって、俺を見上げる。


「困ってるなら、困ってるって言ってほしいな」

「え……」

「助けてって。どうしようって。そう言ってくれたら、俺は俺の出来る全力で、アカリちゃんのことを助けるからさ」


 アカリちゃんが目を見開く。こげ茶の瞳が揺れていた。


「ど、どうして?」

「だって、言われたら俺も嬉しいもん。ほら、頼られてるなって感じ? 俺基本的に頼る側だからさ。めったに頼られない分、頼られたときはどーんと、気合入れちゃうかもよ」


 どんとわざとらしく、自分の胸を叩いて見せる。


 心理学のナントカ効果によると、お願いというのは、する側がお願いを聞いてくれた相手に感謝する関係に見えて、実際のところは受ける側のほうがお願いをしてきた人に対していい印象を持つことが多いのだという。


 印象がいいからお願い事を受けるのか、お願い事を受けるから印象がよくなるのか。

 そのあたりの因果関係はにわとりたまごとも言えるだろうが……いわゆる「私がいないとダメなんだから」という関係だと思えば腑に落ちる。


 アカリちゃんだってお願いを聞く側ばかりではなく、する側になっていいはずだ。

 それで悪い印象をもつ人間なんて、実際のところ、そんなにいないのだ。


「何となく困ってるのは分かるけど、アカリちゃんがどうして欲しいかは、言ってくれないと分からないから。何もできないの、俺も歯がゆいんだよね。……だから、教えてほしいんだ」

「……わかんないよ」


 ぽつりと、アカリちゃんが零した。

 俺に返事をしたと言うより、思わず口から出てしまった、といった様子だった。


「急に、貴族の人ばっかりの中で、何が失礼で何がそうじゃないのかも分かんないし」


 アカリちゃんの言葉を、黙って聞く。

 失礼云々を言い出したら、俺だっていろいろやらかしているのかもしれない。

 最近家族の視線が冷たい気もするし。まぁ元から弟とは折り合いが悪いという設定だったみたいだけど。


「魔法だって今まで使ったことなかったのに、気づいたらものすごく大きな魔法まで使えるようになってて、怖いし」


 それに関しては本当に申し訳ないと思っている。

 「うちの姉ちゃんが廃課金なせいなんだよね! メンゴメンゴ!」とは口が裂けても言えないけど。


「魔力のせいなのか、知らない人に突然話しかけられるし」


 それは多分にゲームのシステムが関わっているのだけど、それも俺がどうこう言えることではない。

 ていうか言っても理解してもらえるとは思えない。


「何も分かんない、分かんないけど……嫌だよ」


 アカリちゃんが俯いてしまう。

 泣いてはいないようだけど、声が少し、震えていた。


「分かんないままなのも、怖いのも、嫌。今すぐ家に帰りたい、……でも」


 アカリちゃんはぎゅっと、制服のスカートの裾を握りしめる。

 その手が、やけに小さく思えた。


 女の子の手って、こんなに小さかったっけ。

 女の子の手首って、こんなに細かったっけ。

 とてもじゃないけど、メテオを打つ手には見えなかった。


「お父さんもお母さんも、頑張ってねって言って送り出してくれたもん。このままじゃ、嫌」


 それは――もしかしたら、俺が初めて聞いた、アカリちゃんの「意志」が籠った言葉なのかもしれなかった。


「ルーカス。ねぇ、私……どうすればいいと思う?」

「俺にも分かんない」


 顔を上げたアカリちゃんが、俺の目を凝視する。

 唖然とした顔をしていた。

 「え?」っていう顔をしていた。


 いや、うん。ごめん。ほんとにごめん。

 教えてほしいとか頼ってほしいとか偉そうに言っておきながら、何の解決策も提示できないことは誠に申し訳ないと思っている。ほんとに。心から。

 でも困ったことに、俺には本当に何も言ってあげられることがないのだ。


 ていうか人に何かを言ってあげられるほどたいそうな人格をしていない。その自覚だけは人一倍ある。

 分からないものは分からない。下手なことを言ってアカリちゃんがより傷つくよりはマシだと思う。


 開き直りながら、俺はアカリちゃんの目を見つめ返して、笑って見せる。


「でも俺は、こーやって、アカリちゃんが話してくれたことが嬉しいよ」

「何それ」


 アカリちゃんも、呆れたような様子だったが笑ってくれた。

 さっきまでの思いつめたような、無理をしているような雰囲気がなくなっているのを見て、少し安心する。


「俺はアカリちゃんが貴族じゃなくても、魔法が強くても、友達だよ。だからこうやって話を聞くし、アカリちゃんが嫌な思いや怖い思いをしてるのは嫌だなって思う。それを少しでもマシに出来るなら、手も口も挟む。俺じゃ助られないなら、代わりに助けてくれる誰かを見つけてくる」

「代わりに?」

「うん。だって俺には出来ないことと分かんないことばっかだからね」


 堂々と胸を張る。

 胸を張って言うようなことではないかもしれないけど、事実なので仕方ない。


「どうしたらいいかは、俺も分かんないけど。アカリちゃんには楽しく、幸せに過ごしてほしい。夏休みにお父さんお母さんのところに帰ったアカリちゃんが、笑顔で『頑張ってるよ』って言えたらいいなって思う」


 俺の言葉に、アカリちゃんが目を見開いた。

 あれ。夏休みには帰省するのかと思ったけど、違うのかな。大学生、割と皆そうだけど。


「とりあえずあの先輩には睡眠波攻撃が効くって分かったから。これで対策はバッチリだね」

「ふふ。もう、何、睡眠波って」

「睡眠波は睡眠波だよ。ほら、歴史の先生とかから出てない? 聞いてるだけで眠たくなっちゃうビームみたいの」

「そんなの出てないよ」


 くすくすとアカリちゃんが笑う。


 アカリちゃんには分からないだろうけど、間違いなく真面目な人間には効かないビームが出ているのだ。

 俺には分かる。何故かといえば俺は眠くなるからだ。


「そうだ。図書室行って、難しそうな本片っ端から借りてこようか。どうせならものすっっごく眠くなりそうなやつ」

「え?」

「本があれば、俺がいないときにあいつが来ても対応できるでしょ?」

「ええっ!?」


 急に大きな声を出すので、俺もびっくりしてしまった。

 アカリちゃん、そんな大きな声出せるんだ。知らなかった。


「ルーカスがいないときにも、やるの!?」

「当然でしょ。いつも俺が一緒にいられるわけじゃないんだし」

「そ、そっか……そうだよね」


 俺の言葉に、アカリちゃんはどこか自分に言い聞かせるように呟いた。


 現に俺やジャンの目をかいくぐって接触を試みる奴らが増えている。

 アカリちゃん自身が自衛の術を身に付けるに越したことはないはずだ。


 最悪の場合はメテオを打ってもらうしかないけど。その場合は死なない程度にお願いするしかないけど。


「……うん。頑張ってみる」


 アカリちゃんの前向きな言葉に、俺も大きく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る