第2話 夢を見るならいい夢がいい。

 身支度をして……というかメイドさんたちに身支度をしてもらって……ホテルのビュッフェのような種類と量の朝食を取り、馬車で学園へ向かう。


 メイドさんとか馬車とか。何だか全部が全部映画の出来事のようで、まったく実感がない。

 いや夢だからかもしれないけど。


 前髪をヘアピンで留めて額を出した俺を見てメイドさんが悲鳴を上げていたけど、こんな前髪下ろしていたら目が悪くなる。

 第一印象は7秒で決まるらしいし、8秒後にはきっと見慣れてくれたことだろう。


 学園に着く。

 うーん、ゲームで見た背景だ。

 ゲームと同じだとすると、ここにはアカリちゃんやジャンがいることになる。


 そこで思いついた。

 そうだ。どうせ夢ならいっそ、しっちゃかめっちゃかにかき回してしまうのはどうだろう。

 俺の気に食わない部分を改変してしまうのはどうだろう。


 だって俺の夢なのだ。俺に都合がよくして、何が悪い。

 夢を見るならいい夢がいい。いい夢を見て、目覚めよく起きたい。


 アカリちゃんが3時間も待たされたらキレて帰って、教科書も捨てられずに済んで、あわよくばジャンといい感じになる。

 そういう筋書きの夢がいい。

 いいヤツが報われて、いい思いをする、そういう夢がいい。


 現実ではそうもいかないんだから、夢でくらいそういうことがあったっていいじゃないか。


 それこそ、その方が夢があるじゃないか。


「うう、大丈夫かなぁ……私たち以外、皆貴族の人ばっかりで……」

「大丈夫っすよ。勉強しに来たんだし、周りのことなんか気にしちゃだめっす」


 歩いていると、聞き覚えのない声と、聞き覚えのある声との会話が聞こえて来た。

 咄嗟に振り向く。

 見覚えのない女の子と、見覚えのある男の子が話をしていた。


 男の子は、ジャンだ。パラメータを教えてくれる系の当て馬幼なじみ。サブイベントで何度も聞いた声だ。

 ……ということは、一緒にいる女の子が。


 瞬間的に体が動いていた。

 二人に駆け寄る。こちらに気づいた二人が目を丸くするのに構わず、俺は口を開いた。


「よッ! 初めましてお2人さん。俺の名前はルーカス! 身長178センチ、体重65キロ、体脂肪率多分1桁。足のサイズは26センチ、好きな食べ物は冷奴、好みのタイプは足が折れそうなくらい細い子! 呼びタメOKなんで、気軽によろしく!」

「えっ!? あ、あの……?」


 アカリちゃんが困った様子で俺を見上げる。

 しかし、逃げるでも悲鳴を上げるでもなく、もちろん「急に何よ!」と怒るでもない。むしろ会話をしようとしてくれている。


 ダメだ。これじゃダメだ。

 俺という不審者を前にしての反応がそれでは、先が思いやられる。


 ナンパは無視が鉄則なのだ。相手をしてはいけない。

 これが「都合のいい子」として正解の反応、ということなんだろうか。


「なっ、何なんすかいきなり!」


 アカリちゃんを守るように立ちはだかるジャン。これが正しい反応だろう。

 たぶん正しすぎて結局「いい人」止まりなんだと思うけど。


 ジャンのもっともな訴えをスルーして、俺は首を傾げて見せた。


「あれ? まだ情報足りない? 友達になるのに他になんかいる?」

「いやあの友達っていうか」

「とりあえず帰り一緒にクレープとか食べる? そんでタグ付けしてストーリーアップする? あ、TikT○k撮る?」

「て、てぃっく……?」

「あ、アンタねぇ!」


 また返事をしようとするアカリちゃんを遮って、ジャンが不審者を見るような目――ていうか俺は不審者そのものだけど――で、俺を睨む。


「ルーカス様? は良いかもしれないっすけど、オレたちはそういうの、困るっていうか」

「なーんだよ、様とかよそよそしいよ、友達だろ」

「勝手に友達にならないでほしいっす!」

「あ、走る? 夕陽に向かって」

「何で!?」

「え? そしたら友達になれるっしょ」

「何で!!??」


 俺のふざけた態度にもいちいち付き合ってくれるジャン。

 お前ほんとにいいヤツだな。幸せになれよ。


「だいたいさぁ、お前だってあれじゃん? 公爵家の落とし胤、だっけ? それ系のあれじゃん?」

「え?」

「は!?」

「あ」


 やば。

 ネタバレしちった。

 これもっとストーリーの後半で分かるやつだ。ジャンのサブイベントで出てくるやつだ。


 ちなみにジャンはそこでアカリちゃんに「それでも友達でいてくれるっすか?」とか聞いたりする。

 お前そこは友達じゃないだろ! まったく、そういうところだぞ!


 まぁ言ってしまったもんは仕方ないな。

 言った言葉は戻らないし、もとよりアプリゲーだ、戻るボタンは効かない。

 ならば突き進むだけである。


「2人は身分とか関係なく仲良しなわけじゃん? じゃあ俺もその枠でお願いしまーす!」

「え、あの、ジャン!? ほ、ほんとなの!?」

「それは、……」

「はいほんとでーす! ルーカス嘘つかない!」

「ちょっと! 一回黙るっすよ!」


 ガチめのトーンで怒られたので一回黙った。


 しかしジャンは怒鳴って乱れた息を整えたあとも話し始める様子がないし、アカリちゃんも不安げな表情で俺とジャンの顔を見比べるばかりだ。


 黙っていても仕方がない。俺が勝手に仕切りなおすことにする。


「はい、じゃあ改めて自己紹介! 俺はルーカス。侯爵家の長男だけど心は次男! 嫌いなものは幼馴染が当て馬になるラブコメ! はい次!」


 勢いよく言うと、流されるようにジャンが口を開いた。


「お、オレは、ジャン……っす。庶民の子どもとして育てられたけど、実は公爵家の御当主様がやんちゃして産ませた庶子……らしくて。分かったのはつい最近で、その。隠してたわけじゃ……」

「わ、私はアカリ。魔力が強いって理由で、一般庶民なのにこの学園に通うことになっただけの、本当に、ただの一般人で……」


 目の前で縮こまるアカリちゃんを見る。

 ごく普通の女の子だ。


 こぞって男たちが言い寄るくらいだからどんな美少女かと思いきや、想像していたよりも目立った印象はない。


 身長が低くて、華奢で。でもよく見ると整った顔立ちをしている。パーツは意外と、悪くない、のかも?

 髪の毛はサラサラだし、縮こまったその背筋を伸ばしたら、結構スタイルも良さそうだ。


 あれだ。眼鏡外したら可愛い、みたいな。ちょっとしたことで一気に垢抜けそうだ。


 ふと思った。

 こんなの、本当にまるっきり――男にとって都合がいいだけの、女の子じゃないか。


 他の奴らは気づいてないけど、俺だけが気づいている可愛い女の子。

 そういうの、みんな好きじゃん。超好きじゃん。


 眼鏡外して髪型変えたら大変身、みたいなやつ。その理由が俺のためならなお最高、みたいな。

 東城系といえばいいだろうか。

 ちなみに俺は西野派ですね。フツーに最初っから可愛い方がいいもん。

 あと足が細い子がいい。


 ジャンはルーカスや他のサポートカードの男たちと比べると顔面のキラキラ度と髪のハイライトの量では一歩劣るが、日本の高校にいたら十分イケメンの部類だ。

 アカリちゃんと並んでいる様子もとてもお似合い感がある。


 やっぱジャンにしといたほうがいいって。靴下裏返しで脱がないと思うよ、ジャンは。


 まぁそうすると2人ともいい人過ぎて借金の保証人とかになっちゃいそうな気がするから、もうちょっとアカリちゃんには我儘を言えるようになってもろて。

 それで2人でくっついてもろて。パン屋とか営んでもろて。


 悪いが、この2人相手なら押した者勝ちだ。

 グイグイ押せば断りきれないことが容易に想像できる。存分に利用させてもらおう。


 押してダメなら押すのだ。

 押して、押して、倍プッシュだ。


 俺はパンと手を叩いて、2人に笑いかけた。


「はい、自己紹介終わり! じゃ、これで俺たち晴れて友達ってことで!」

「なんでっすか!?」

「俺が友達になりたいから」

「なんでっすか!!??」


 打てば響くような反応をしてくれるジャン。

 アカリちゃんは俺たちのやり取りをはらはらした顔で見つめている。


 俺はそれには気づかないフリをして、へらへら笑う。


「ほら俺、珍しいもの好きなの。魔力がすっごい強いって聞いて気になって見に来たら、2人ともいいヤツそうじゃん? だから友達になりたいなーって思っただけ。深い意味なし!」

「いいヤツって、」

「いいヤツだよ。俺の第6感が言ってるもん。人を見る目あるんだよね、こう見えて」


 第6感がどうのは嘘だが、俺は確かに知っている。


 アカリちゃんが人のお願い事を断れない子だってこと。

 ジャンが文句を言いながらも人を放っておけない奴だってこと。

 それをどうにかしたくて、俺はこうして2人に取り入ろうとしているのだ。


 これから俺は2人にべったり張り付いて、ことあるごとに横からギャーギャー言ってやるのだ。

 無責任にしっちゃかめっちゃかにかき回してやるのだ。


 2人が――いいヤツが損をするような筋書きを、変えるために。


「ま、いーじゃん、細かいことはさ。2人もさぁ。貴族のお友達、いたら意外と便利かもよ?」


 にやりと笑った俺に、2人はきょとんとした顔をした。

 俺の言葉の意味が伝わっていないことは明らかである。


「ほらね。そこで『利用してやろう』って思いつかないあたりが『いいヤツ』なんだって」


 わざとらしく肩を竦めた俺に、ジャンが気まずそうに視線を逸らした。

 アカリちゃんはまだ、俺の言っている意味が分からないようだ。


「貴族がどうとか、学園での立ち回りとか? その辺りは俺に任せときなって。お役立ちのお買い得だよ、きっと。だから一回なってみてよ、友達。ね?」


 握手を求めて、手を差し出す。

 しばらく沈黙があって、そして。


「え、えと。よろしく、お願いします?」


 アカリちゃんが、俺の手をそっと握った。

 ジャンが目を剥いて素っ頓狂な声を上げる。


「アカリ!?」

「だ、だって、私ほんとに何にも分からないし……いろいろ教えてくれるってことだよね?」


 さすがアカリちゃん、ものすごく平和な解釈をしたようだ。

 アカリちゃんは俺の手を離し、ジャンに向き直る。


「それに……なんでかな。この人、悪い人じゃないような気がするの」

「本気で言ってるっすか!?」


 ジャンの言うとおりである。本気で言ってるのか、アカリちゃん。

 いや本気なところがより一層たちが悪いけれども。


 ゲームにもそんなモノローグがあったのを思い出した。

 ルーカスに冷たく当たられても、「この人、本当は悪い人じゃない気がする」とか「寂しい目をしたひと」とか言っていた。


 やめたほうがいいよ。それモラハラ男に騙されるやつだよ。


「オレは、反対っすけど……」


 アカリちゃんの様子を見て、ジャンがちらりと俺に視線を送る。


「ほっといて、妙なことされるのも迷惑っすから。オレが見張ってやるっす」

「交渉成立だな」


 結局ジャンも折れた。

 ジャンに握手を拒否られながら、俺は内心どうしたものかと頭を抱える。

 都合がよすぎるよ、2人して。


 本当に、都合のいい子過ぎる。

 このまま他のキャラクターの押せ押せにも負けて、絆される未来がまる見えだった。

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