十二月二十二日 

 彼女はそのへんの墓から拾ってきた。生きてるときから知っていた。ずっと欲しかった首だった。あの烏の濡れ羽色がどんな手触りでどんなにおいがするのか知りたくてたまらなかった。座棺に縮こまる体から、首より上をもらってきた。やはり美しい髪だった。うっすらと白檀の香る、甘くせつないにおいがした。


一月四日

 彼女の首だけは腐らなかった。今まで連れてきたどんな女たちよりも美しく、愛らしかった。顔のことはよくわからないが、美しい髪が生えた顔が醜いとは思えない。初めて紅を買った。小さな唇に震える指で触れた。青褪めた顔が鮮やかに色付き、彼女は笑ってくれた。ずっと、笑ってくれる。


一月三十日ら


 朱塗りの手桶を誂えた。このなかに彼女を寝かせると、あの真っ白な肌に血が通ったように見えるのだ。そうすると一層喜んで、それは優しい笑みを浮かべる。紅をさした唇は玉虫色に艶めき、薄く開いた隙間から誘うような吐息を零す。幸福だ。人生に憂いはない。


二月二日

 隣人から苦情が来た。生ゴミでも溜めているのかと聞かれた。そんなわけがない、恋人と住む家は清潔にして然るべきだ。言い掛かりをつけられるほど険悪な仲になるとは、人生はわからない。しかし彼女はあまり人に見せられる姿でもないので、多くは語らない。


二月二十七日

 最近、彼女の調子がすこぶる良い。庭に咲いた梅の花を見せてやったら、寝付くまでずっと鼻歌をうたっていた。知らないうただが、とても綺麗だった。喉を傷めないように薄荷の飴を差し出すと、少し嫌がりながらも舐めてくれた。明日はもっと甘いものを買い直すつもりだ。


三月十四日

 微熱が下がらない。季節の変わり目は体が気怠くなる。彼女が嫌がった薄荷を自分でも舐めてみたら、思ったほど辛くはなかった。きっとあの舌は繊細なんだと思う。思えば彼女の舌は他の女より淡い桃色をしている。美しい様々は壊れやすく出来ているのかもしれない。


四月一日

 目が覚めたら夕方だった。彼女は怒って、口をきいてくれない。手桶の蓋をあけると睨まれるので、桶を抱いたまま何度も謝った。薄荷と白檀の香りが心地良く、ずっと抱いているとうとうとしてくる。怒らせてしまったのに、こんなに腑抜けていては許してもらえないかもしれない。


四月十日

 彼女の機嫌が直ったので、動けない俺にうたを聞かせてくれるようになった。情けなくてつい涙が出そうになるが、これ以上彼女を幻滅させるわけにもいかない。せっかく許してもらえたのだから。



 異臭の通報に駆けつけた民家に住む男は布団の上で死んでいた。男の遺体は死後の経過が浅く、異臭のもとは男がかたく抱いていた手桶の中身で、蓋をあけると今にも溶け落ちそうな肉の張り付いた女の首が納められていた。異臭は手桶以外からも漂い、それは床下に隠されていた夥しい数のガラス瓶で腐りきった首だった。

 遺体が抱いていた手桶の首以外は暴行の跡があった。桶の首は頰が歪むほど飴玉が詰まっており、床下のガラス瓶に入っていた首には射精の痕跡があった。

 男の右手薬指は紅が染み付いていた。その紅は手桶の女の唇と、男の唇にほんの少し付着していた。僅かに玉虫色の輝きを乗せた薄い唇が、女に触れたものか指に残ったそれがたまたまついたものかは、わからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る