本の内容

 「ご、ごちそうさまでした」


 ぎこちない動作で手を合わせる。 

結局、私はもらったパン5つを全て平らげてしまった。お腹は膨れたので良かったのだが、モヤモヤした気分が残っている。

 

 (大食いとか思われたかな。全部じゃなくて2つぐらいにしておけばよかったかも……)


 パンを食べている間に古筆君は眼鏡を外したようで、キリッとした黒い目が私を見つめてくる。


 「空腹が満たされたのならよかった。夜ご飯は少し遅めにしようか?」


 「へ?いや、いつも通りで大丈夫ですよ。食べるの忘れていた私が悪いんですし……」


 「そう。なら、君の量は少し減らしておこう」


 「あの、そこまでしなくても――」


 「出されたの全部食べてるよね?」


 少し強い口調で遮られて、思わず頷いた。

萎縮しているのが伝わってしまったのか、古筆君は気まずそうに私から少し顔をそらしてボソリと呟く。


 「完食してくれるのは有り難いけど、無理してほしくない……」


 私は出された物は全て食べるようにしていた。

 確かに中学生の頃までは無理して完食し、後々腹痛で動けなくなることもあったが、今は無い。

 それに古筆君の家でのご飯の量は丁度良いため、無理はしていない。


 (心配してくれているんだ……。無理して食べていないことははっきり言っておこう)


 「し、心配してくれてありがとうございます。

  でも、今までのご飯の量はちょうどいいので無理はしてないですよ」 


 「本当に?」


 「はい。もし無理そうだったら食べる前に言いますから!」


 本気なのを伝えようと思って、つい語尾が強くなってしまった。

古筆君はびっくりした様子で数回瞬きをしてから頷く。 


 「わかった。でも今日の分は減らすからね?」


 「お願いします!」


 私の返事を聞いた古筆君はジッと目を離さない。でも怒っているわけではなさそうだ。


 「君、真剣になると語尾強くなるタイプ?」


 「え?あ、そうみたいです。変ですよね……」


 「全く。むしろ、何を言う時にも抑揚がない人の方が変だと思うよ。本気なのかどうかもわからないし」


 まるで軽蔑しているような言い方だった。知り合いにそのようなタイプがいるのだろうか。私に向けられているわけではないとはわかっていても、目つきが鋭くなった古筆君が怖い。

 目のやり場に困ってチラリと時計に目をやってみるが、まだ3時半だった。

ご飯にもお風呂にも早すぎる。せめて2時間は経たないといけない。


 (どうしよう。持ってきた本は読んじゃったし。かといって今から出かけるのは、まるで古筆君と一緒に居たくないとか思われそうだし)


 悩んでいると古筆くんが少しだけ目元を緩めて尋ねてくる。


 「ねぇ、1つ聞いていい?」 


 「はい……」


 「それ、昼食を忘れるぐらい面白いの?」


 私の側に置いてある本を指さした。ブックカバーをしていて本当によかったと思う。


 「私は面白いと思ってます。つい夢中になっちゃって」 


 「物語?」


 「はい。まだ読み始めたばかりですけど」


 (あ、この流れは古筆君のも聞くチャンスでは⁉)


 思わぬ形で巡ってきた。話題が変わらない内に尋ねてみる。


 「あ、あの、古筆君はいつもどんな本を読んでいるんですか?」


 「僕?」


 そう言った後、古筆君は固まってしまった。

聞かれるとは思っていなかったらしい。


 「差し支えなかったらです!嫌なら言わなくて大丈夫ですので!」


 「少なくとも物語ではないよ。専門書」


 「そ、そうなんですね。いつも真剣に読んでいるのでどんな本なんだろうって思ってしまって……」


 はにかみながら言うと、古筆君は普段通りの仏頂面に戻って思いがけない提案をしてきた。


 「見る?」


 「え」


 (見ていいの!?)


 いまいち信じられなくて少しだけ古筆君に視線を合わせる。恥ずかしくはないようで表情は変わっていなかった。言葉を失って瞬きを繰り返していると、

彼が少しだけ頬を緩める。


 「いいよ」


 「じゃあ、失礼して……」


 ドキドキしながら表紙を開くと『高校生から読む医学の本』という文字が目に入った。しばらくそのまま固まる。

 古筆君が読んでいるのは医学の本だ。


 (古筆君は医学に興味があるんだ。うわ、めちゃくちゃ難しそう)


 続けて目次を捲ってそう思った。動脈剥離だとか心筋梗塞とか、難しい且つあまり見たくないワードだ。

 避けるようにそっと本を閉じると古筆君に向き直る。気を悪くしてしまったのではないかと不安だったが、やっぱり表情は変わっていない。

 

 (でも私だけ見たのも申し訳ないし、古筆くんにも言ってみよう)


 正直に言うと見られたくないのだが、私が恥ずかしいだけでタイトルや内容に問題があるわけではない。


 「あ、あの古筆君も私の本見てもいいですよ!」


 「…………えっと、どうしてそうなるんだい?」


 「私だけ見るのも不公平かと思って……」


 恥ずかしさで顔が熱いが、そっぽを向くのも失礼なので我慢して古筆君を見る。彼はかなり困惑した表情で黙り込んでしまった。少し顔を赤くして目を泳がせている。


 (一方的過ぎた!?取り消した方がいいよね?)


 「すみません、やっぱり忘れて――」


 「後悔しない?」


 (後悔!?)


 「し、しないと思います」


 なぜ後悔というワードがでてきたのかがわからないが、そう答えておいた。すると古筆君の顔色が普通に戻り、目も泳がなくなる。


 「じゃあ見させてもらうね」


 私から本を受け取ると古筆君はサッと表紙を捲った。それから累計10秒程で返してくれる。随分短かったが遠慮してくれたのだと思う。


 (私は1分ぐらいだったのに)


 「もういいんですか?」


 「うん。こういうのあまり見られたくないでしょ?」


 (バレてた)


 小さく頷くと古筆君がニンマリと笑う。耐えられなくなって顔をそらした。


 「やっぱりね。無理しなくてよかったのに」


 「申し訳なかったので……。

  そ、それよりさっき後悔しないって言ったのはどういう意味ですか?」


 「もしかしたらバラすかもしれないよって意味」


 「ええっ!?」


 思わず古筆君を見ると今度は意地悪そうに笑っている。


 「そうなったら私もパラしますよ?」


 「ん……それは困るね。じゃあこの話は無し。第一、バラすつもりなんてなかったけどね」


 「は、はぁ……」 


 次々に言われて頭の整理が追いつかない。私が戸惑っている間に古筆君は洗面所に向かってしまった。お風呂掃除でもしに行ったのだろう。


 (やっぱりからかってるよね?私のリアクション

おかしいの?)


 古筆君の言動が理解できなくて不安になってくる。

 でも、本の内容を見てくれたということは、少なくとも嫌われているわけではないと思う。それに、恥ずかしかったものの見てもらえて嬉しかった。

 ところで、伊達メガネの件から古筆君の態度が変わってきたとは思うのだが、気を許してもらえている証拠なのだろうか。

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古筆君はそっけない 望月かれん @karenmotiduki

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