カモフラージュ
それから特に変わったことは起こらなかった。
平日5日間過ごしてわかったことは、古筆君が
とても早起きだということ。私が6時に目を覚ましても、すでに下でガタガタと準備をしている。寝るのは私よりも後なので、午後11時を過ぎているのは間違いない。
辛くないのか聞こうかとも思ったが、まだ踏み込んではいけないような気がするのでなるべく考えないようにしている。
4月24日土曜日。この日も何事もなく1日を終えようとしていた。
現在午後8時半。夕食を終え、寝るだけになった私はテレビをBGMにソファーの端で読書をしている。古筆君は入浴中だ。
同棲生活にも少し慣れて、洗い物も緊張しないでできるようになってきた。まだ話しかけるときは
緊張するが、それでも最初よりはマシになっている。
「上がった……」
洗面所からこちらに歩いてきているジャージ姿の古筆君を見て違和感を覚える。
(何かが違う気が……あ!)
すぐに正体がわかった。メガネをかけていなかったのだ。
「あの、メガネは?」
「ッ⁉」
古筆君はしまったという表情をしたが、立ち止まって諦めたようにため息をつくと、めんどくさそうに口を開く。
「あれは伊達メガネ。視力はいいからね」
「ど、どうして……」
「髪型に加えてさらに地味に見えるから。
人間関係得意じゃないんだよ」
「そ、そうなんですね」
(どうしよう、カッコいい)
メガネをかけていても顔が整っているなとは思っていたが、これは予測不可能だ。心臓に悪い。
目はキリッとしていてまつげが長く、さらに今は髪も濡れているので余計に魅力的に映る。
リアクションに困って目を泳がせていると古筆君が話を続けた。
「こんなに早く言うことになるとは思ってなかったよ。でもこれで家にいるときは、かけなくてよくなったね?」
(言わなきゃよかったかも)
どこか意地悪そうに言う古筆君を見てそう思わざるを得なかった。たぶん、からかっているのだと思う。
てっきり話は終わりかと思っていたのに、古筆君は私から目を離さない。何か別の話題でもあるのだろうか。しかし、しばらく待ってみても話そうとする気配がない。沈黙に耐えきれずにこちらから声をかける。
「1つ聞きたいことがあるんですけど!」
「何?」
「ど、どうして同棲を受け入れたんですか?」
ずっとモヤモヤしていたことを勢いで尋ねてしまった。古筆君はキョトンとして何度か瞬きをしたあと、真剣な表情で呟く。
「相手が君だったから」
「え」
「君なら図書室でほぼ毎日会ってるし、なんとなく人柄もわかる。マナーもしっかりしてそうだし、実際大丈夫だった」
答えてくれるまで時間はかからなかったので嘘はついていないと思う。そもそも疑うことがおかしいのかもしれないが、失礼な話、古筆君が他人といるイメージがわかないため、何か裏があるのではないかと考えてしまっていたからだ。
「もし他の人だったら、どうしてました?」
「提案された時点で断ってた。顔見知りだとしても人柄も全くわからないような相手と同棲なんて
できない」
(そうだったんだ)
ホッとする。その間に古筆君はテーブルの側まで来て私に向き直ると口を開いた。
「なら、僕からも質問――というより確認なんだけど、1週間経っても「帰る」って言わないのは
居心地がいいからってことだよね?」
とても困る確認事項だ。確かに「居心地が悪かったら帰ります」とは言ったが、1度もそんな気持ちになっていない。嘘をついても全く意味はないので正直に答えることにした。
「は、はい……。少なくとも帰りたいと思ったことはないです」
「そう。なら、いいんだ」
古筆君は大きく息をついた。しかしため息ではなく、心底安心したような感じだ。古筆君は古筆君でいろいろ不安だったのだろう。
(それにしても、安心した表情初めて見たかも。いつも仏頂面だし……ってまだ話ある!?)
つい考え込んでしまっていた。慌てて古筆君を見ると、いつもの席でいつものように体を横向きにして座って、読書を始めていた。
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