初日からドタバタ②

 放課後の自主委員会の仕事を終えた私は校門で首を傾げていた。


 「道、どっちだったっけ……?」


 朝は古筆君が20mぐらい先を歩いてくれていたので迷わずに来ることができたのだが、今は1人だ。下校についても何も話し合っていなかったため、不安しかない。


 (校門を出て左で、最初の角を左だったのは覚えてるんだけど……)


 古筆君の家は近所みたいなので途中までは自宅と道のりも一緒だと思う。

しかし今朝通った道は全く知らなかった。

 スマホはカバンに入ってはいるが、校内や学校周辺では使用禁止なので取り出すわけにはいかない。


 (人気のない道に入ってからスマホを出そうかな)


 とはいえ経路を覚えないわけにもいかないので、少しでも見たことがある道があればと覗き込むように通路を確認する。

3つめの通路を覗いて思わず声を上げた。30メートルほど先に制服姿の古筆君が立っていたからだ。私の姿を確認するとスタスタと歩き始める。


  (待っててくれたの?)


 びっくりしたのが半分と嬉しいのが半分で変な気持ちになった。

我に返ると古筆の姿が小さくなっていたので慌てて早歩きで追いかける。


 (わざわざ距離をあけているって事は朝のように行った方がいい)


 同校生に知られる危険があるからだ。幸い、今は同じ制服は見かけていないが私服で歩いている可能性もあるため、プレッシャーがすごい。

だからといってキョロキョロしながら歩いたり、亀みたいにゆっくり歩いたりしても不審がられるので、極力いつも通りに歩くように努める。

1分も経たない内になんとなく見覚えのある家々が視界に映った。


 (朝通った道だ……)


 古筆君を見失わない速度で歩きながらできるだけ家の色や形を記憶する。 

色は白が多いものの視界の8割を埋めているのだから、簡単に覚えられそうだ。

 無事に家に辿り着いて腕時計見ると5時50分だった。5時半に学校を出たので20分歩いていたことになる。

リビングのドアを開けると古筆君が振り向いた。

すでにジャージに着替えており、そんなに距離はあいてなかったので3分もなかったと思うが、着替えるのが早い。


 「……おかえりなさい」


 「た、ただいま戻りました。あの、さっきはありがとうございました!」


 早口になってしまったがお礼を言うと彼が少し表情を崩す。


 「どういたしまして。帰りについては話してなかったからね。

ご飯とか済ませたら話そうか」


 「はい……」


 「今日はシャワーだけど、今から入る?」


 「はい、いってきます」


 居づらさもあったため急いで自室に戻った。準備をしようとしてまだ制服のままだったことに気づく。帰宅してからここに来るまで5分も経っていないはずだが、体感では20分は過ぎているかと思っていたのだ。


 (とても長く感じた。

 あ、話し合いするなら少しでも早くシャワー済ませた方がいいかな)

  

 素早く着替えを持つと急ぎ足で脱衣所に向かう。リビングを通る時、横目で古筆君を探すと、いつものように椅子に横向きに座って読書をしていた。 


 「シャワー行ってきますねー……」

 

 念のため声をかけると古筆君が小さく頷く。反応してくれたことにホッと 胸をなでおろして、移動した。






 「上がりました」


 脱衣所を出ると古筆君が台所に立っていた。料理をしているところを見られるのは嫌みたいだ。ほとんど準備は終わっていたようで、テーブルに食器が

並べられている。

夜ご飯は鯖の味噌煮と胡瓜とワカメの酢の物だった。特に会話もなく終わり

古筆君は食器を下げると、そそくさと洗面所に行ってしまった。食後すぐに

シャワーを浴びて気分が悪くならないのだろうか。


 (実は古筆君も居づらいとか?だったら何で了承したんだろう?本当に)


 モヤモヤしながら食器を流しに持って行って、そのまま洗い物に取り掛かる。2人分で少ないので5分で終わった。

台拭きで飛び散った水を拭いていると脱衣所のドアが開く。


 「上がっ――洗い物ありがとう」


 「ど、どういたしまして。約束でしたし」


 お礼を言われるとは思っていたかったので、少し声がかすれた。

 そして、古筆君もシャワーを済ませたということは、今から話し合いが始まる。

 テーブルまで移動して下を向くいた悪いことをして問い詰められるわけでもないのに緊張してきた。自分でも反応しすぎだとは思うが、顔を上げることができない。


 「じゃあ、話そうか」


 「は、はい」


 「そんなに固まられると言いにくいんだけど……。

せめて顔上げてもらえる?」


 ゆっくりと顔を上げると古筆君が私をジッと眺めていた。表情からして呆れているのは明らかだ。


 「す、すみません」


 「謝ることじゃないよ。

 で、行き帰りと昼食の2つについてね。

まず行き帰りについてだけど、君が覚えるまでは今朝みたいに行こうか」


 「それでお願いします。つ、ついでに1つ聞きたいことがあるんですけど」


 「何?」


 「部活動やってますか?」


 「いいや」


 (帰宅部⁉)


 なんとなく予想はできていたが、それでもビックリした。

私も帰宅部だが委員会の仕事で学校を出るのは17時半ぐらいで、今日もそうだった。

ホームルームが終わるのは16時20分なので、1時間近く私を待ってくれていたことになる。


 「ずっと待っててくれたんですか?」


 「いや、1回家に帰った。でも、その後に帰りのこと話してなかったのを思い出してね」


 (確かに不安ではあったから、古筆君を見た時は安心した)


 そう考えながら、ある疑問が頭に浮かんできた。迎えに来てもらっておいて失礼極まりないが、スマホの地図アプリを使えば時間はかかるけど帰って来れたと思う。つまり、わざわざ道中で待っている必要はなかったはずだ。


 (心配してくれてたのかもしれないけど)


 「何か気になることでもある?」


 「い、いえ、ないです」


 咄嗟に嘘をついた。言ったらいろいろ面倒なことになりそうな気がするので我慢する。


 「次。昼食についてだけど、食堂か弁当を用意するかになる。どうする?」


 「私は食堂でも大丈夫ですよ。お小遣いならありますから」


 もともと散財する方ではないので、同棲期間中全部食堂でも大丈夫だ。


 「そう……。本当に大丈夫?今日は友達と一緒だった気がするけど?」


 (やっぱりあのゴチャゴチャした中のどこかに居たんだ⁉)


 向こうからは認識されていたのに、こちらから姿を見つけられなかったことに軽くショックを受ける。


 「い、いつも一緒に食べてるわけではないので」


 「わかった。昼は食堂ね。

あ、もし弁当に変えたくなったら言って」 


 「は、はい……」


 (古筆君にも負担かかるだろうし、変えることはないと思うけど。)


 とりあえず返事をすると古筆君は小さく息をついてから話し出す。


 「話はおしまい。あとは自由時間ね」


  (無事に終わってよかったけど。うーん、することが思い浮かばない……)


 本を読む気分にはなれなかった。昨日ぐらいから読書をする気がおきない。

 古筆君は本を読んでいるし、邪魔するわけにもいかない。考えた結果、スマホをイジることにした。ただのネットサーフィンだ。

ところが検索サイトを起ち上げたはいいものの、何についての情報を得たいのかが出てこない。「高校生 男女 同棲」で検索して情報を集めようとも思ったが、私達みたいな状況になっている人なんていないだろう。


 「……意外」


 声に反応して顔を上げると古筆君と目が合った。

少しビックリしているみたいだ。


 「いや、てっきり読書ばかりかと思ってたから。

スマホもいじるんだなって思っただけ」


 「引きましたよね?」


 「どうして?」


 (どうしてって……)


 返答に困る。質問を質問で返されるのは得意ではない。


 「イメージ崩れたかなって」


 「別に崩れてはないよ。むしろ崩したほうがいい」


 「え?」


 思わず聞き返すと古筆君は呆れたように目を細めて私を見る。


 「学校でもここでも気を張ってたらキツいでしょ?」


 「…………」


 「急に言われても難しいだろうけどね」


 どこか軽蔑したように笑うと古筆君は読書を再開してしまった。


 (気を使ってくれてるんだろうけど……)


 悪気はないのだろうが、少しバカにされているような気がして苛立ちを覚える。

 特に話題も見つからないのでネットサーフィンを続けた。

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