初日からドタバタ①
4月19日月曜日。
スズメのさえずりで重い瞼を上げる。6時半にセットしているアラームはまだ鳴っていないようだ。
ゆっくり体を起こすと周囲を見渡すと、まだ慣れない景色だ。
ベッド脇に置いているスマホの電源を入れると6時の白い文字が画面に浮かび上がった。
「30分もある……」
(でも二度寝したら確実にダルくなるし、起きよう)
以前、二度寝したら家を出る時間ギリギリで焦ったし、なにより叩き起こされたので終日眠気がとれなかった。
授業どころか委員会の仕事にも集中できなかったので、とても気分が重くなってしまった。もう懲り懲りだ。
「何しよう」
とりあえずカーテンを開ける。空は少し雲がかかってはいるが、色は真っ白で雨の心配はしなくてもよさそうだ。
(あとは……)
特に思い浮かばない。ベッドに寝っ転がってスマホをいじっていてもいいのだが、そんな気分ではなかった。
「……屈伸しよう」
ここに来て2回目の屈伸。前回よりも意識して膝を伸ばしてみた。さらに前回と同じようにラジオ体操も行う。
「少しは時間経ってますように」
そう願いながらスマホの電源ボタンを押すと、6時15分の文字が浮かび上がる。微妙な時間だ。嬉しいような悲しいような、複雑な気分になった。
「ボーッとしてようかな……」
私は何かと考え込むことが多いので、こういう時間も必要だと思う。ただ何もしていないだけなのに、いつの間にか時間が経っていたようで6時半のアラームが鳴った。
階段を下りていると香ばしいニオイが漂ってくる。
(いい匂い。ウインナーかな?)
古筆君はもう起きているようだ。
リビングに入ると黒ジャージを着た古筆君が台所に立っていた。作業中のようで手元を見ていたが、ドアの開閉音で気づいたのか顔を上げると私に会釈する。
「お、おはようございます……」
「おはよう。もしかして起こした?」
どこか不安そうに尋ねてくる。彼なりに気を遣ってくれているみたいだ。
「いえ。なんか早く目が覚めたので」
「そう」
そっけなく答えると手元に視線を戻した。箸で何かを盛りつけている。
ゆっくり彼の近くに行くと、失礼なのは承知で、男子が作ったとは思えないクオリティの高い料理が並んでいた。
お皿に並べられている玉子焼きは綺麗な黄色で隙間なくキッチリ丸められているし、隣にあるウィンナーは真ん中に入れられた3本の切れ目から肉汁が溢れていて、食欲をそそる。
(女子力高ッ⁉)
母の特訓のおかげで、そこそこ料理には自信があるのだが、これは負ける。勝てる気がしない。
しかも栄養バランスもよさそうだ。
「これ、朝から全部作ったんですか?」
「いいや。昨日の残り物もある」
こちらをまったく見ずに言うと古筆君は近くにあるドンブリを指さした。のぞいてみると昨日の肉じゃがが入っている。
「ご飯の準備はしなくていいから、自分の事してて」
「でも……」
「こっちは大丈夫だから」
古筆君はそう言うと作業をスピードアップさせた。やっぱり家の物を動かされたくないのかもしれない。
(テリトリーって言ってたし)
申し訳無さでいっぱいだが、大丈夫と言われたので大人しく従うことにした。
朝食を一緒に済ませて、各々準備に取り掛かる。最後に制服に着替えて鞄を持つと玄関に向かった。とりあえず靴を履いて隅で待つ。
改めて周りを見るとやっぱり広い。ますますご両親がどんな仕事をしているのか気になってくる。
「そろそろ行く?」
顔を上げると、見慣れた黒い制服を着た古筆君が立っていた。
「あ、はい……」
「わかった」
「あ、あの私、道わからないんですけど」
玄関のドアを開けようとする古筆君を慌てて呼び止める。
彼は動きを止めて少し眉をひそめたあと、口を開いた。
「……先に出てて。家の鍵かけたら、追い抜いて少し距離空けて先導する。あ、家出て右だから。左に行かないで」
「わ、わかりました」
言われた通りに行動する。最後のは皮肉かもしれないが、気にしないことにした。
どうして距離をあけて行くかは言われなくても
わかる。
男女、しかも一見接点がなさそうな2人が一緒に歩いていたら、同級生に絶対ネタにされるからだ。特にテンションの高い人達は面識がなくても何の問題もなく話しかけてくるだろう。
さらに私はともかく、古筆君に関しては他人と一緒にいることが珍しい。女子と一緒にいることがわかれば迷惑がかかるのは間違いない。
鍵をかけた後、言葉通り古筆君は私を追い抜いた。
スピードが速かったのでそのまま置いていかれるのではないかと不安になったが、私との距離が30メートルほどあくと少し
スピードダウンする。
(うっかり追いつかないように気をつけないと)
途中、横断歩道で止まり一緒になってしまったが、青になると同時に歩き出したので問題なく学校に辿り着いた。
特に何事もなく授業が進み、昼休みになる。お昼ご飯について話すのを忘れていたので、食堂で済ませることにした。
「志織〜、食堂行くの?」
食堂派の綾が声をかけてくる。私はいつも弁当なので意外そうに目を丸くしていた。
「う、うん。寝坊したから」
「へー、珍しい〜。ウチも一緒に行っていい?」
「もちろん」
食堂は南校舎の1階にある。食券を買って係の人に渡すスタイルだ。もしもの時のために財布には千円札を入れているので、それでオムライスの券を買った。
後ろで見ていた綾が声を上げる。
「あ~、オムライスもいいな〜。
でも、ウチはスタミナ定食1択!」
そう言うと同時にボタンを押した。機械音とともに電車の切符サイズの券が受け取り口に落とされる。
2枚を職員さんに渡してからトレーの受け取りスペースで待った。
「いつもスタミナ定食なの?」
「9割はね~。たまに親子丼とかチキン南蛮
定食」
「ガッツリ食べるんだね」
「だってお腹空くもん〜」
綾は小学生の時からよく食べていた。ほぼ嫌い
な物がなく必ずおかわりしていたし、先生からも
頼りにされていたぐらいだ。
その割に痩せているのは、影で努力をしているからだと思う。そういう話は聞いたことがないが、
なんとなくそう思う。
ふと、別の疑問が頭に浮かんできた。
(古筆君はいないのかな)
おそらく彼も食堂のはずだ。何気なく周囲を見回してみるが生徒でごった返しているため、姿を確認することができなかった。
お昼を済ませると綾と別れて、いつも通り図書室に向かう。
司書の立花先生が来るのは火・木・金曜日なので、いない日は自分達で準備しないといけない。
(パソコンの電源と、貸し出しバーコードと。
あ、本持ってくるの忘れた!)
学校には持ってきていたが、食堂から直行したためタイミングを逃した。取りに行っても大丈夫だとは思うが、なぜかブレーキがかかる。
迷っていると古筆君が顔を覗かせた。
「あ」
(来るんだ⁉)
ほぼ強制的とはいえ一緒に生活をすることになってしまったのだから、気まずさで来ないのかと思っていた。
珍しくカウンターの前で立ち止まると私を見つめてくる。
「…………家と学校は切り離して考えてね」
早口で言うといつもの場所に向かって行った。
(返事する暇もなく去っていった……)
忠告みたいなものだろうか。なぜ言われたのかがわからなかった。もしかしたら私が他人に言いふらさないか警戒しているのかもしれない。
(誰にも言わないのに)
結局、本は取りに行かず、昼休みが終わるまで図鑑を読んだ。
帰りがけにも何か言われるのではないかと身構えたが、古筆君はいつものように軽く会釈して退室した。
周りから見れば何の変哲もない日常。週末の間に同学年の男女が成り行きとはいえ同棲していることを知るはずもない。
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