何気ない日曜日の朝

 翌朝、ゆっくりと目を開けると見慣れない白い

天井。いや、私の部屋も白いがこちらの方が色が

濃い。

 

 (あ、古筆君の家なんだっけ)


 枕元に置いていたスマホの電源をつけると6時59分の文字が浮かび上がった。日曜日のため起床するには早いが、これ以上眠れそうにないので体を起こす。本を読むのは好きだが起床直後は読む気に

なれない。他にすることも思い浮かばないので、

頭の中で今日のスケジュールを整理することに

した。


 「今日出かけるってことは伝えたから……少し

早めに出ようかな」


 綾とは月に1、2回のペースでショッピングをしていた。待ち合わせの時間はいつもどおりなら11時なので、10時を過ぎてから出ても十分間に合うのだが、9時半には出ようと考えている。古筆君と

2人きりの空気が重いからだ。

 

(嫌ではないけど気まずい。何か話した方がいいのかそうでないのか、とても迷うし)


 もしかしたら彼も同じことを考えているのかも

しれない。でも急に喋りだしても引かれる未来しか想像できないし、なにより会話は苦手なので、

どうにか乗り切るしかない。

 いろいろ考えながらカーテンを開けると雲一つ

ない快晴だった。絶好のお出かけ日和だ。


 「雨じゃなくてよかった」


 そう呟きながら屈伸を始める。習慣ではないがなんとなく

やってみたくなったのだ。それが終わるとそのままの勢いで頭の中でラジオ体操を流しながら一通りしてみる。少々虚しさはあったが、全身を使ったためスッキリした気分になった。ときどきするもの悪くないかもしれない。


 「下りようかな……」


ルームウェアでいくのも恥ずかしいので、長袖のシャツとスボンに着替える。ついでにスマホで時間を確認すると7時半だった。思っていたよりも時間が経っていたことにビックリしながら1階に下りる。

 リビングのドアを開けると古筆君の姿が見えた。すでに起きていたようだ。私に気づくと会釈して

くれる。


 「あ、おはようございます」


 「……おはよう。朝ご飯食べるなら用意する

けど、いつも何食べてる?」


 「休みの日はパンですね」


 我が家では母の負担を軽くする目的で休日の朝食はパンだった。ご飯よりお腹の持ちは短いが、

学校があるわけでもないし特に気にしていない。

 すると古筆君はなぜか少し眉をひそめて私を見てくる。


 「それだけ?」


 「え、はい……」


  (少なすぎるってこと?)


 予想外の答えに戸惑っていると古筆君は何もなかったかのように私から顔をそらした。

 

 「そう。いや、なんでもないよ」


  (強制的に終わらせた……)


 他に何か食べた方がいいのか聞きたかったが、

しつこく聞いてムードを悪くしたくないので我慢する。そうしている間に古筆君は立ち上がって

ガタガタと朝食の準備を始めた。ずっとドアのそばにいるのも邪魔になるので移動し、席につくとほぼ同時に古筆君が声をかけてくる。 


 「食パンしかなくてね。トーストにする?」


 「は、はい。お願いします」


 そう言ったものの正直どちらでもよかった。家ではトーストの方が多いが、両親がトーストなので

なんとなくそうしていただけだからだ。


 「あと、つけ合わせは?」


 「つけ合わせ?マーガリンとかジャムのこと

ですか?」


 「うん。マーガリンとブルーベリージャムとマーマレードジャムとリンゴジャムがある。

どれにする?」


 (4つもあるんだ)


 我が家ではマーガリン1択なので、選択肢があることにビックリする。どうやら古筆君のところは

好みがバラバラみたいだ。食パンだけに使うのではないのかもしれないが、それでも私にとっては新鮮だった。


 「じゃあ、マーガリンで」


 すると古筆君は食器棚からお皿とバターナイフを取り出して私の前に置いてくれた。それからマーガリンの容器をお皿の近くに並べると、ブルーベリージャムの瓶を持ってはす向かいの席に

ついた。


 (何か手伝った方がよかったかな)


 自分で判断して座っていたものの申し訳ない

気持ちになる。しかし人の物を勝手に扱うわけにもいかないし、これでよかったのだと言い聞かせた。

 古筆君は前もって用意していたらしい本を熱心に読んでいた。ブックカバーが同じなので昨日のものだろう。


 (古筆君、昨日よりも喋ってる。

ほぼ説明とか質問ではあるけど)


 それでも少しは気を許してもらえた証拠だということだろう。

 5分ぐらいすると香ばしい匂いとともにトースターの焼き上がりを知らせる音が聞こえる。取りに

行こうか迷っていると古筆君が自分と私のお皿を

取って素早く立ち上がった。


 「お皿借りるね」


 「はい……」


 (取った後に言われても)


 戸惑っている間に古筆君はきれいな焼き色が

ついたトーストをお皿にのせてまた私の前に置く。


 「あ、ありがとうございます」


 「どういたしまして。お礼を言われるようなことじゃないと思うけど」


 古筆君はそう言ってイスに横向きに座ると

トーストにジャムをぬり始めた。

 

 (なんで横向きなんだろう?体勢きつそう)


 引っかかりはしたが聞いてはいけないような気がするのでスルーする。


 (昨日はどうだったっけ。あ、昨日は一緒にご飯食べてないんだった。

もしかして横向きなのは恥ずかしいから?いや、

でも私とは普通に話してるし)


 頭の中で憶測が飛び交ってゴチャゴチャになってきた。聞く勇気はないので考えても意味はないことはわかっているのに止まらない。


 (いつも横向きで食べてるんだよね、きっと。

まさか今限定で急に座り方変えるわけないし)


 「……トースト冷めるよ?」


 ジャムを塗り終わった古筆君が不思議そうに言った。我に返って慌ててマーガリンをトーストに

ぬる。


 (体制のことでずっと考え込んでいたとか言えるわけない)


 そのまま特に会話もないまま朝食を終えて、お皿を持って立ち上がると古筆君が私を見ていることに気づいた。少し身構えるが、表情はいつも通りなので他愛もない話だと思う。


 「洗い物、頼んでいい?」


 「え、はい」


 「と、言ったけどやっぱりいい。

そのかわり夜の分頼むね?」


 「わかり、ました……?」


 (どうして?今から洗い物しても家を出る時間には

間に合うから大丈夫なのに)


 少し不満に思いながら返答する。家の物にはあまり触れてほしくないのだろうか。モヤモヤしたままお皿をシンクに置いてまたイスに座る。


 (座ったはいいけど特にやることが思い浮かばない)


 テレビの上の壁掛け時計を見ると8時5分を示していた。家を出る予定の9時半まで1時間25分もある。本やスマホは部屋に置いてきたし、もう古筆君は

洗い物を始めている。


 (今から取りに行ってもいいけど……

あ、そうだ、洗顔と歯磨きしよう)


 緊張で起床後の洗顔を忘れていた。今なら古筆君と被ることもないのでさっそく取りに向かう。

ついでにスマホをズボンのポケットに入れた。


 「洗面所使いますね」


 「うん」


 念のため声をかけてから洗面所に向かった。

 洗顔と歯磨きをすませると出かける準備をする。といってもお出かけ用のバッグに財布とハンカチ、エコバッグを入れて、高校入学祝いに買って

もらったうすい黄色の腕時計をつけただけで終わった。それでもようやく8時45分。まだあと45分もある。

 

 (9時15分に出て、散策してから待ち合わせ場所に行こう。私の家から近いとはいえ景色が違う

だろうし)


 歯ブラシセットと洗顔道具を部屋に置いてリビングに戻ると洗い物を終わらせた古筆君が読書をしていた。やっぱり横向きに座っている。


 (気にしないようにしよう)


 「そろそろ出かけてきますね」


 古筆君は返事をするかわりに顔を上げて小さく頷くと読書を再開しだした。私は音をたてないように気をつけながら家を出た。 

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