緊張が解けない
室内がシンと静まり返り、私は立ち尽くして
いた。
(あっという間に出て行っちゃった、古筆さん)
声をかける暇もなかった。古筆さんがいるときでさえ気まずい空気だったのに、さらに2人きりになってしまうと何をどうしていいのかわからなくなる。
すると古筆君が深いため息をついた。小言が
くるのではないかと思わず身構える。
「ワザと早く出ていった……」
「え?」
「母だよ。いつもなら5時に出ていくのに、1時間も早い。何か変な気を遣わせたみたい」
おそらく私達が年頃の男女だからだと思う。なんだかんだ言って古筆さんも楽しんでいるのではないだろうか。
そして古筆君は顔を上げると少し呆れたように私を見ると口を開く。
「ソファなりイスなり座ったら?ずっと立ってるつもり?」
「じゃあ……」
とりあえず近くのイスに座ったものの、やっぱり何をしていいのかが思い浮かばず、太ももの上で
両手を握りしめる。
(本、持ってこようかな。でも今は動くのも申し訳なく感じる)
動くなとも物音をたてるなとも言われたわけではない。それでも動きづらい。もともと誰かの家にお邪魔したときは動きがぎこちなくなるのだが、男子の家なのでなおさらだ。
考え込んでいるとギシリと何か軋む音がした。
顔を上げると、古筆君が本をテーブルに置いて両足を床につけて私を見つめている。眼鏡の奥の瞳が少し緩くなっている気がした。
「あのさ、そんな緊張しなくてもいいと思うよ。
基本は自由にしてもらってていいから」
「でも……」
「別に君のこと捕って食うわけじゃないし」
「あ、ありがとうございます」
自分でも意味がわからなかったが、とりあえず
お礼を言う。
(思ったより喋る……)
もともとはこれぐらい話すが、学校では喋らないようにしているのかもしれない。少し安心した。
「テレビ見るなら見ていいよ。リモコンなら
テーブルにあるから」
「本読むので大丈夫です……」
(あ、動く口実ができた)
狙ったわけではないが、逃げるように本を取りに2階へ向かう。部屋に入って大きく息を吐いた。
「助かった……」
慣れない。ほぼ毎日顔を合わせているだけで、共通の趣味や話題があるわけでもないので、気まずいムードになるのも当然だと思う。
(読書は共通してるか。一応)
バッグをあさって本を取り出した。
持ってきたのはもちろん『クラウントラベル』だ。
今読んでいるのは1巻目。5巻まで刊行されており、ネットで情報を見る限りまだ終わりは見えなさそうだった。そのため、読み始めたばかりだが続刊が
楽しみで仕方がない。
リビングに戻ると最初のイスに座って読書を始める。すでに古筆君は読書を再開していた。私が戻ってきたことにも気づいていなさそうだ。
しばらくの間、お互い一言も発さずに時間が
過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます