古筆君の家へ
駅から古筆さんの車に乗せてもらって家に着いた。2階建ての一軒家で車庫は2台停めれる広さ。庭はないみたいだ。自宅からはそこまで離れていないようだが、見慣れない住宅街の一角にある。
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
(広……)
玄関だけでも広い。自転車2台は余裕で置けると思う。
「帰ったよ〜」
古筆さんがドアを開けてリビングに案内してくれる。大きめの薄型テレビの側に茶色テーブル一式と紺色のソファ。そのソファの端で古筆君は読書をしていた。母親の声に反応して顔を上げており、見たことのない青いジャージを着ている。高校は紺色なので中学の頃のだろうか。
そして控えめに言って機嫌が悪そうだ。
「……いらっしゃい」
そう呟くと本に視線を戻した。私達を視界に映らないようにするためか、顔を本の間に深く入れこんでいる。
(歓迎されてない気がする)
態度に出るぐらい嫌なら断っても良かったのではないか。そもそも古筆君が「テリトリーに入ってこなければいい」と言ったのだから、恨むのなら自分を恨んでほしいと少し思う。
私達のムードを感じ取ったのか古筆さんがフォローに入った。
「あ、この子は素っ気ないのが当たり前だから、
気にしないでね」
「は、はあ……」
「じゃあ私、志織ちゃん案内してくるから」
古筆君は再び顔を上げて私達を見るとすぐ本に視線を戻した。
(了解って意味?)
頭で考えながら古筆さんについていく。
2階の3室あるうちの1番左。4畳半ぐらいだろうか。じゅうぶん過ぎる広さだ。
「ここの部屋好きに使ってもらっていいからねー。鍵もかかるようになってるし」
「あ、ありがとうございます」
とりあえず持ってきた泊まり道具を床の端に置いた。奥の白地に薄いピンク色のギンガムチェックのカーテンを開けながら古筆さんが口を開く。
「この部屋、私が最初に使ってたのよ」
「今は使ってないんですか?」
「うん。仕事が忙しくなってねー。荷物持って上がるのがダルいから、1階の仏間が私の部屋みたいになってるの」
(仏間が部屋⁉)
怖くないのだろうか。私なら特有の空気が気になって熟睡はできない。
(それにしても、本当に半年も過ごしていいの?)
母の手前ノリノリだっただけで、実はよく思っていないのかもしれない。
「私がお邪魔するのって迷惑ですよね?」
思わず尋ねると、古筆さんはキョトンとしたあと柔らかい笑みを浮かべた。
「迷惑だなんて思ってないわよー。むしろあの子に女子耐性ついてくれたらなーって。それに志織ちゃんのお母さんも言ってたけど、2人の方が安心するの。いろいろな面でね。
例えばの話だけど、休日に突然家の中で倒れた、とかなったら大変だから。
ほぼ強制的につれてきてしまったのは申し訳ないけど……」
「……………………」
(倒れるはないと思うけど、泥棒に入られたとか変なセールスが来た、とかは困る)
特にセールスの場合、断れる自信がないからだ。そのことを考えると誰かと生活を共にするのは悪いことばかりではない
ように思える。複雑な気分でいると、古筆さんが思い出したように手を叩いた。
「あ、大丈夫だとは思うけど、もしあの子が何かしてきたら遠慮なく殴っていいからね」
「殴ッ⁉突きとばすぐらいに止めておきます」
(お母さんと同じこと言った……)
やっぱり二人は考え方や価値観が似ているようだ。これならトントン拍子に同棲の話が進んで言ったのも納得する。
だが、突き飛ばすとは言ったものの実際に何かしてきたらビックリして何もできないと思う。
「あの子細身だけど、その割にはタフだから大丈夫よ」
「タフだからとかいう問題では……」
(もしそうなった場合、関係が崩れそうで怖い。
気まずくなるのは間違いないし。
でもたぶん、そこまで関係は進まないと思う)
自己完結してから古筆さんに向き直る。
「あの、私、古筆さん達に迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします!」
古筆さんは少しの間ポカンとしていたが満面の笑みをうかべると背中を軽く叩いてくる。
「も〜、それぐらい気にしなくていいよ〜。第2の家ぐらいに思ってくれていいんだから」
「は、はい……」
(第2の家……。そして打ち解けるのが早い)
正直羨ましい。そのコミュニケーション能力を少し分けてほしいぐらいだ。
「じゃ、戻ろっか」
1階のリビングに戻ると、古筆君がさっきと変わらない体勢で読書をしていた。一見、片足を曲げていて辛そうだが、当人は何ともない様子なので心地よいのかもしれない。
「基本、家の事はあの子に任せといていいからね」
「いいんですか?」
「大丈夫大丈夫。お客さんなんだから」
(半年もいる人をお客さんって言うの?)
お客さんとは違うとは思うが、古筆さんがそういうのなら言葉に甘えさせてもらうことにする。
それからお風呂やトイレの場所など、一通り家の中を案内してもらってから、またリビングに戻ってきた。外装や内装は一見通常の家庭と変わりがないように見えたが、家具や照明器具等は高級感が漂っている。少なくとも平均的な家庭ではないと思った。ただ私が見逃していただけかもしれないが、
インテリアショップやホームセンターでは見たことがないからだ。
(お父さんが地位の高い仕事をしてるのかな……)
「さて、私からは以上!
何か言っておくことあるー?」
古筆さんが呼びかけると彼は顔を上げて私達を
見る。
「特には……」
「そう?あ、もう4時だ。悪いけどそろそろ行くねー。何かあったらすぐに連絡ちょうだい!」
「え」
戸惑っているうちに古筆さんはバタバタと準備をして、家を出ていってしまった。
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