諦めと寂しさ
翌日、4月16日金曜日。6時半に起床した私はため息をついた。昨日のほぼ強制的に決まった同棲についてだ。
「どうしてよりによって古筆君なんだろう。
テンションの差が雲泥ぐらいある人よりはいいけど……」
お互いに面識があるだけマシだとは思うが、
やっぱり異性とひとつ屋根の下で過ごすのは自信がない。
「キャンセルできるならしてみようかな……」
暗い気持ちのままダイニングキッチンに行くと朝の支度をしている母が声をかけてくる。
「おはよう、志織」
「おはよう……。あれ?お父さんは?」
いつもならテーブルで新聞を読んでいるはずの父の姿がなかった。母の落ち着いた様子を見る限り、家にはいないようだ。
「出張の準備とかで早く行かないといけなかったんだって。起きてから、思い出したって慌てて準備してたわよ」
「そうなんだ……。おかず持っていくね」
「はい、どうぞ」
母の返事を聞くと私はレタスとミニトマト、焼きウインナーが乗ったお皿を手に取った。毎朝、お弁当を作るついでに用意してくれているのだ。
ご飯と味噌汁だけだとすぐにお腹が空く、という理由だが正直いってありがたかった。特にウインナーは油ものということもあってお腹の持ちが違う。
ちなみにご飯と味噌汁は母の負担が増えるし、各々食べたい量が違うのでセルフだ。
朝食を口に運びながら母に起きてからずっと考えている事をを聞いてみる。
「ねえ、やっぱり一緒に生活しなきゃ駄目?」
「絶対ってわけじゃないけどね。私は一緒の方が安心する。防犯面とかでね。それに古筆さんは信頼できるから。
学生時代に知り合ってから1度も喧嘩したことないのよ」
(確かにお互いカッとなるようなタイプではみたいだけど)
トントン拍子に話が進んでいたことを思い出す。
むしろ息ピッタリだった。そもそもお互いを信用してないと、子ども達だけで生活させようなんて話が出た時点でストップがかかっていただろう。
(だからって異性同士を……)
「見た感じだけど古筆君も志織と似たタイプよね?失礼な言い方すると根暗、地味」
「まぁ……うん……」
(ストレート。間違ってはないけど)
とはいえ、少しメンタルにきた。わかっていることを指摘されるのはツラい。
「なら大丈夫でしょ!もし生活してる中で危ない目にあいそうになったら殴りなさい!」
「殴ッ⁉」
まさかそんな物騒な言葉が出るとは思っていなかったので危うくご飯を吹き出しそうになった。
どうにか飲み込んで母に不満を言う。
「いきなり物騒なこと言わないで」
「え、そう?意思表示って大事よ?」
なぜかファイティングポーズをとり始めた母を呆れながら眺める。と同時に説得するのを諦めた。
よほどのことがない限り、母の気持ちは変わらないからだ。
「大事だけど、暴力以外にする。相手を激昂させても嫌だし」
「そうねー、それに殴ったら痛いし」
(なら、何で言ったんだろう)
自分から言い出したのを忘れているかのように母が軽く返事をする。一瞬、認知症を疑ったが、まだ50も過ぎてないし、そんなはずはないとすぐに打ち消した。
(古筆君の邪魔しなければ大丈夫か。
それに居心地悪ければ帰ってきたらいいし)
「ごちそうさまでした」
「はーい」
お椀やお皿を流し台に置いて登校準備に取り掛かる。万が一、朝食をこぼして制服を汚したくないので、着替えるのは後にしているのだ。
準備を終わらせて玄関を出ようとして足を止める。隅に大きめのスーツケースが2つ並べて置いてあったからだ。
(そっか。明日出発なんだ……)
母とはしょっちゅう喧嘩しているわけではなく、むしろ良好な関係だ。時々口うるさいと思うことはあるが、嫌いではない。
申し訳無さそうに置かれてあるそれらを見て
少し悲しくなった。
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