トントン拍子
家に帰ると玄関先で母が同い年ぐらいの女性と
話し込んでいた。私に気づくと手を振ってくる。
「おかえり〜」
「お邪魔してまーす」
「こんにちは……」
戸惑いながら女性に挨拶をすると母が嬉しそうに口を開く。
「
久しぶりに会ってねー」
「こんにちは。あなたが志織ちゃんね?
初めまして、古筆です」
「初めまして古筆さん。木竹志織です」
(古筆?気のせいよね……)
常連の古筆君の母親だろうか。毛先がウェーブしていてなんとなく面影はあるが、学校内に「古筆」が何人居るかもわからないし、関係はないだろうと打ち消す。
「古筆さんところ、共働きで志織と同い年の息子さんが居るんですって」
「それで、志織ちゃんのところもお父さんとお母さんしばらく居ないって今聞いて……」
「は、はあ……」
(息子さん……)
嫌な予感がしてきた。
それに2人が何か言おうとしているとはわかったが、意図が読めない。瞬きを繰り返していると母が呆れたようにため息をついて口を開く。
「志織、その子と一緒に生活しちゃえば?」
「え」
開いた口が塞がらない。親の立場からすれば心配なのだろう。それは理解できる。
しかし、何がどうなったら半年とはいえ年頃の男女を一緒に住まわせようという考えになるのか。
「あ、でもたまに私と旦那が様子見も兼ねて帰ってくるから、安心してね」
古筆さんが笑顔で言った。私が固まっているのは異性と2人きりになってしまうという不安だと思ったようだ。
だが、違う。そうじゃない。
「あの、私達の意見は?」
「どうにかなるでしょ。住めば都って言うし」
「1番大事なことだと思うんだけど……」
スルーされた。母達が1番楽しんでいる。
(しかも相手の家に行くの確定になってるし)
肩を落としていると母から背中をバンと
叩かれた。
「そんな落ち込まないの!
とりあえず、荷物まとめてらっしゃい!」
「待って!私、いいなんて言ってないよ⁉」
「そうねー。でも頼りになるみたいだし、
2人だと私も安心するし」
猛抗議しても軽く流されてしまった。私達本人の事はどうでもいいようだ。親同士で勝手に話が進んでいる。
「それに息子は女の子に興味ないみたいだから、
大丈夫よきっと」
「興味どうこうの問題ではなくて……」
(常に男子と居ることが問題なんだけど)
自分で言うのもなんだが、私はおとなしい方で、騷ぐのは苦手だし嫌いだ。トークもあまり得意ではないため、グループ活動の時しか話さなかった、という1日が何度かある。
話しかけてもらえれば、こちらからも返せるのだが相手が話し上手でなければ長くは続かない。
男子なら、なおさらだ。
「連れてくるからちょっと待っててね!」
古筆さんはそう言うと同時に走り去っていった。
母と同級生なので40は過ぎているはずなのに行動が早い。
しかも連れてくるということは、ここからそう遠くはない所に住んでいるみたいだ。
15分ほどして古筆さんが最初と変わらない
スピードで戻ってくる。スタミナ切れをおこしていない。何の仕事をしていたらそのような身体能力が身につくのか気になった。
「おまたせーー!」
「何、急に――」
「あ」
私と古筆君の声が重なる。それと同時に私の中で何かが音を立てて崩れた。
(や、やっぱり!)
「あら、あなた達、顔見知りなの?」
私達の様子を見て母が声を弾ませて聞いてきた。
どうしてそんなに嬉しそうなのか。
「……学校の図書室で……」
気まずそうに顔をそらしながら古筆君が言う。
すると古筆さんが不思議そうに首を傾げながら彼に
声をかけた。
「あれ、図書委員だったっけ?」
「……彼女はね。僕は利用者」
「そう……。でもお互い知ってるんなら問題は
ないわね!」
「何の⁉そもそも連れてこられた理由が
わかってないんだけど……」
彼はそう言ったあと、私、母、古筆さんと順番に見てから顎に手を当てて考え込む。少しして顔を上げた。
「…………もしかして一緒に生活させようと
してる?」
「スゴイ!なんでわかったの!?」
「なんとなく……状況で……」
古筆君はキラキラと目を輝かせている母親を少し鬱陶しそうに見ながら答える。
「あ、そう…………」
「それで、どうするの?」
「……別にどっちでもいいよ。僕のテリトリーに入ってこないなら」
(嘘⁉)
てっきり猛反対するかと思っていたので、予想外の答えに私は固まった。
「志織は?」
「えっと、それって今日から?まだ2日猶予があるよね?」
「早くから慣れておいた方がいいと思うわよ」
母達が出発するのは4月17日。今日は15日なので絶対に今日から始めないと行けない理由はないはずだ。
(それに古筆君とひとつ屋根の下で過ごさないと
いけないなんて)
無理だ。まだ心の準備ができていない。今日は
古筆さんが家にいてくれるのかもしれないが、それでも無理なものは無理だ。
それに両親を見送ってからでも充分間に合うと
思う。
「ど、土曜日の夜からでいい……ですか?
今日だと急すぎて古筆さんのところも準備できてないでしょうし……」
「土曜日の夜からね!了解!」
母よりも早く古筆さんが返事をした。ゆっくりと母に視線を移すと納得したような表情で頷いている。
(ひとまず今日からは回避できた……)
それからこっそり横目で古筆君を見ると、
自分は知りません、という風に私達から顔をそらしている。
(でも、大変なことになっちゃった)
「じゃあ土曜日からよろしくね、ミーちゃん!」
「こちらこそよろしくー、スーちゃん!」
母達は学生時代のアダ名を呼びながら握手をした。価値観が似ているのだろう。
2人を見ていると「嫌」とは言えない。
ムチャクチャだが彼女達なりに心配してくれているのだろうし、厚意を無駄にするわけにもいかない。
モヤモヤした気持ちを抱きながら私は家に
入った。
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