第33話 人狼ゲームの好きな職は占い師。






「あたし、謝らないから。そんな中途半端なことしない。」

「え、ええ……あ、はい……?」



 深刻そうな顔で紅緒ちゃんがそう言いはじめたので、何のことやら分からず固まる。いや、紅緒ちゃんになんかされた記憶ないんだけどなあ……と思いつつ、改めて紅緒ちゃんを見やる。


 釣り上がり気味の目元。瞳は綺麗な黒曜色。艶々とした黒髪はきゅ、とまとめて両サイドでお団子にしている。……チャイナ服着て欲しい。



「何よ、何か言いたいことあるならいいなさいよ。」

 


 じり、と睨みつけてくる顔がなんともチャーミングだった。きゅんきゅ………………ンンッ。



「え……いや別に…………。」

「………………。」



 ………………え、この雰囲気何ぞ?

 紅緒ちゃんは何か異議あり気な顔で睨み続けてくる。いや、本当に特に言いたいことなどない。むしろ勝手に割り込んですみません……とかなんとかは紅緒ちゃんの望む答えじゃなさそうだし……あ。



「ね、お願いがあるんだけど?」

「何よ、言ってみなさいよ。」



 どことなくほっとした様な表情で紅緒ちゃんが言う。



「あ、あのね……!」



 よっしゃあ言質!!ずずい、と紅緒ちゃんに近寄る。普通に後退りされた。(つらたん)






■■■





「あっ……そ、そのお……そんなこと聞いてもいいのか、悩んだんです!悩んだんですけどォ……。」

「……。」

「でっでも!な、何でもって…………何でもっておっしゃるのでぇ……。」

「……。」

「あの!稀子さんの!!好きなタイプを教えてください!!」

「……。」



 聞かなかったことにしよう、と要は思った。そして早く自室に戻ろう。そうしよう。

 胸糞悪い日課からの帰り道。渡り廊下の付近で誰もいない空間に向かってぶつぶつと話しかけ続ける憂を見つけた。若干頬を染めつつもじもじと、しかし声は大きい憂の存在感は大きい。見なかったことにするのはだいぶ厳しいが、まあ、気づかれなかったら何とでも言えるだろう、と要は思った。


 人はそれをフラグという。





ぱちり



 目を逸らそうとした瞬間、気配を感じたのか振り向いた憂と目がばっちり合ってしまう。



「……。」

「……。」



 交差する、金の瞳と榛色の瞳。






 ――――憂は混乱した。




 いつの間にか周囲に稀子はいない。

 

 代わりに、ぞくりと底冷えのする気配を感じて振り向くと、真っ白な少年が見下ろしていた。きらきらと不自然なまでに輝く瞳は、美しいよりも恐ろしい。瞳には、何の感情も見えない。まるで、時が止まってしまったかのような、静寂。



「……。」

「……。」



 憂は、うるさいと思った。

 どくどくどくどく、と何処から聞こえてくるのだろう、と現実逃避のように考え、気づく。


(あ、わたしの……心臓のおと、か……。)


 目を離したいのに、不思議な引力に惹きつけられ、少年の瞳から目を離せない。


 ――稀子もいるときは、彼女の気配を追っているので平気で居られる。恋する(?)乙女は最強なので。


 しかし、二人きりになってしまうと駄目だった。どうして同じ部屋にいられたのだろう。胸が苦しい。息が詰まる。圧倒的な、「死」のイメージに押しつぶされそうになる。



(……あっ足が……)



 逃げ出したいのに、足がすくんで動けない。



(……い、いきが……)



 息が、苦しい…………………………。






「あっ!坊ちゃーーーん!」



 場違いなまでに明るい声が響く。途端に、息ができる。足が、動く。へなへなと力を失いそうになる両足に、力を込めて大地を踏み締める。



「稀子さん……。」



 声のする方に身体を向けると、笑いながら手を振る稀子……と、ものすごい顔で、引きずられるようにやってくる、右手を稀子とつないでいる、紅緒の姿。



 ――――――――――スイッチ、オン



(え?え??稀子さんその女だれ?紅緒さん??紅緒さんなの?どうして?仲が良いなんてことなかったよね??今?今なの?この短時間でひっかけてきたの?紅緒さん……わざとなの?わざと稀子さんに以下略。



「憂ー!戻ってきた〜?」

「…………っえ!はい!何ですか??」

「アッ戻ってきてなかったわ。」

「??」



 近づいてきた稀子と紅緒の繋がれた片手に目をやる。じい……と憂が見つめると、引き攣った顔をして紅緒が振り解いた。ああ、稀子さんの手を振り払うなんて!と紅緒の目をじい……と見つめると、引き攣った顔をしたまま、紅緒が後退る。


 少女二人の攻防を背にして、上機嫌の稀子が要に近寄る。



「坊ちゃん坊ちゃん」

「………うん、何?」

「へっへっへ……聞きたい?」



 要はいらっとした。ただでさえ体調は万全ではないのに(まあ、それはもう慣れたが)どっと疲れた気分だった。なのに目の前の少女は、自らが引き起こした惨状に全く気づく気配も(気づかないふりかもしれないが、聡い方なので)なく、呑気に笑っている。


 いや、別に……といって立ち去ろうかと思ったが、後々のことを考えると素直に聞いておいたほうが面倒にならないか、と考え直す。



「わーなんだろーキキターイ」

「ええ……棒読みじゃん…………」

「…………………………わあ?何だろう?聞きたいなあ?ねえ?教えて?何を、教えてくれるの?稀子ちゃん?」

「ス、スミマセンデシタ…………。」



 剥き出しの廊下から身を乗り出し、うっそりと笑いながら顔を近づける。じりじりと後退する様を眺めて、胸の内が空く思いだった。



「ええとお……そのお……んん!では気を取り直して!」

「わー」


 ぱちぱちぱち、とサービスで拍手をしてあげた。悔しいが、日課終わりの鬱屈とした思いが、この一連の馬鹿馬鹿しくも平和な出来事で少し薄まっていたから。それに気を良くしたのか、稀子は嬉しそうに笑った。



「坊ちゃんなんと!」

「うんうん」

「なーんとなんと!」

「うんうん」

「なんとなんとなんとなんと!!」

「あっは、調子のんな?」

「占い師が!!!追加です!!!!」

「………………はあ??」






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