第31話 紅緒
「えっ、憂って司様の護衛なの?」
「はいっ稀子さんっ!」
憂が雑草を両手に握りしめながら、嬉しそうに返事をする。坊ちゃんがいつものあれでいないので、私もいつものあれです。今日は憂も一緒。雑草……好きなんかね……?
司様とは、当主様の嫡男様のことである。遠目からしかお見かけしたことはないけど、濡羽のような美しい黒髪に、紅色のほっぺ、くりくりした瞳、という大変可愛らしいお顔立ちだ。坊ちゃんとはまたタイプが違う美少年。綺麗がすき?可愛いがすき?みたいな。
「ええ……そうなんだ……意外……。」
「あの、そのぉ、よく……言われますぅ。」
謎にもじもじする憂。褒めてない。
「へえ、憂って強いんだね。」
「はい!自分で言うのも何ですが、ばりばりの戦闘寄りの術師です!」
ほへー、そうなんだあ……と思ったところで、好奇心がむくむくむく。
「私ね、妖退治は結構したんだけど、人間の術師を相手にしたこと……少なくてさあ、良かったら手合わせしてくれない?」
うんうん。というかさあ、実はさあ………………人間ってどうやって術使ってるのかよくわかってないんだよね。坊ちゃんの手前、知ってる風に装ってるだけで。坊ちゃんが術使うたび、内心震えてる。え、なにそれ、どうやった!?みたいな。「稀子ちゃんだって出来るでしょ……え、出来ないの?」とかなんとか、いつ言われるかビクビクしてる。ということで、今更なんだけど憂様教えて!!!!
「ええとさあ……ほら……私って……人形じゃない?」
「はい!稀子さんは、有象無象の人間共とは違う、高貴なる存在です!」
「えっ……あはは、憂って冗談が過激ィ〜。」
私は憂から目を逸らした。その後も何か言ってるけどキコエナーイ。
「で、ほら、そんなわけでね。そのう、憂たちがどうやって術を使ってるのか……教えてほしいなって……どう?あ、えと………代わりに私が教えられることならなんでも言うよ……?」
いや、なんか……恥ずかしいじゃない?知ってて当たり前のことを聞くって。暁音たちはそのあたりどうなんだろう?もしや知らないのって私だけ?前世思い出した代わりに今世の常識抜けた??ポンコツすぎん?
「あっ……そっそんなっ……。」
「だめ?憂?」
「な、なんでもなんてっ……。」
「ふふ、私と憂の仲じゃない!ね?」
「はわわわわわわ」
ぼふ、と顔を真っ赤にした憂は、うずくまって何事かをぶつぶつ呟き始めた。あー、こうなると長いんだよな。落ち着くまで待つか……ぶちぶち。この辺も大分雑草なくなってきたな……ぶちぶち。
無心で雑草無双を繰り広げていると、もうここには…つわものはいねえぜ!って状態になった。ということで移動をする。じりじり、ぴょこぴょこ。しゃがんだまま移動するのって、人間のときは地味に辛かったな。
少し奥の方まで移動すると、まだまだ雑草軍団は群生していた。敷地広すぎて庭師たちの手が行き届いてないのだ。特に、母家の方でもはずれの方は。
「………………おやおや、ここのやつらはいきがいいねえ、駆逐しがいがあるじゃないか、ふははは、我が
ちょっと人に聞かれたら恥ずかしい独り言と共に、気合いを入れ直してむしり取ろうとした、その時。――無駄に高性能な耳に飛び込んでくる誰かの声があった。
『……はは!……ね!』
『でも…………なさいよ。』
『やだあ……なんだから……ないわねぇ……』
…………えーと……。
…………どうして毎回、私が草むしりする場所でイベント発生するかなあ?悪役令嬢が転生してるの???
あれ?でも、今回は私の方から近づいたんだから、ターゲットは私ではない……?
気になって、そろりそろりと声のする方へ近づいていく。どうやら、三人の少女が、一人の少女を取り囲んでいるようだ。
ええ……私だけじゃなかったのか…。
とり囲まれている少女は、勝ち気に三人を見返しているが、こんなところでこんな状況になってしまっている以上、どちらに分があるのかは、一目瞭然だった。
■■■
「あんな大口叩いといて、あの女に負けたってどういうことなわけ?」
「司様の護衛役に必ずなるって言ったじゃない!!騙された!」
「どうしてくれるのよ!家から司様とお近づきになるようにって言われてるのに!!」
(はっ、だったら自分で御前試合に臨めば良かったじゃない。自分で勝ち上がる自信もないのに、言うことだけは一人前なのね。………………そんなんだから、利用されるのよ、あたしに。)
少女は憤る三人の少女たちを見やり、鼻で笑ってやった。
「はあ?憂の方につくことだってできたのに、あたしを選んだのはアンタらでしょ?後悔するなら自分の選択にしなさい。」
「はああ?なによその態度!!」
「憂なんかに負ける雑魚のくせに!」
「ああもう!こんなことなら八百長なんてやらなきゃ良かった!!」
(……そうよ。今更気づいたっておそいわ。)
あの女……憂のことを「雑魚」と呼んだ少女を見る。
(……馬鹿ね。自分と相手の力量の差さえ分からないやつが、勝てるわけないじゃない。)
そう。
少女は、紅緒は、しっかりと分かっている。分かっていてやったのだ。
―――普通に戦ったら、憂には、勝てない。あの女は…………術師として、完成されている。恐ろしいほどに。
だから、精神的に揺さぶってやろうと思った。
別に、罪悪感なんて感じない。
あたしは、御前試合で勝って、司様の護衛にならなきゃいけなかった。
―――宗家の嫡男、司様。
今年は七歳になられる歳だ。「お披露目」まで一年を切っている。嫡男の護衛役は、代々、当主の前で行われる御前試合で勝ち抜いた者が就任することになっていた。
紅緒は、波稲の分家筋の娘だった。一時は宗家とともに栄華を極めた赤根家だったが、近年はその勢力を保つことが出来ず、分家筆頭を他家に奪われてしまった。以来、筆頭奪還を宿願としてきた赤根家に、転機が現れたのは、紅緒と嫡男、司の年齢差が
紅緒は、幼少期より英才教育を施されることになった。それは想像を絶する、地獄のような日々だった。他の兄妹たちのように遊ぶことは許されず、来る日も来る日も修行に明け暮れた。泣いても、気を失っても、体調を崩していたって、許してはもらえなかった。
―――お前は、赤根家の希望だ。
―――分家筆頭の奪還を。
―――それが出来ないのならば、お前に生きる価値はない。
(………………あたしは、アンタたちとは違う。甘やかされて、育ってきたアンタたちとは、違う!!!)
あたしは、絶対負けてはいけなかった。誰よりも強く。誰よりも美しく。誰よりも強かでいなくてはいけなかった。そうじゃないと、そうじゃないと…………あたしは、あたしでいられない。
(それなのに、あの女……憂…!!)
脳裡に、おどおどと自信なさげに周りを見ている、色素の薄い少女の姿が浮かぶ。
途中まで上手くいってたのだ。特に、人形に
あの化け物が、人形を気に入っているというのは、使用人たちの間でよくのぼる話題だった。
波稲の生贄。
金色の瞳の悪魔。
遠目から見たが、恐ろしいほどに美しい少年だった。初めは目立つ存在ではなかったはずなのに、いつの頃からか、噂話の中心はいつも彼になっていた。
いわく、
――飯綱様を脅して、人形を無理矢理側仕えにさせた。
――人形に手を出した嵐雪様を、殺そうとした。
――毎日、決まった時間に、宗家の
様々な噂は、もしかしたら根も葉もないことが多いかもしれない。しかし、少年を一目見てしまったら、元々がどんなに興味がなかったとしても、どうしようもなく、惹きつけられてしまう。
それは、本能的な恐怖。
捕食者と非捕食者の関係に置き換えても良い。
圧倒的な………………死、をイメージさせる。黄金色の瞳。
初めて目にした時は、あぶら汗が止まらなかった。
気配がなくなるまで、なくなっても、しばらくその場から動くことができなかった。
ただ死にゆくだけの人間が、どうしてそんなにも強大な力を持っているのか。
――――それなのに、ただ死にゆくことを是としているのは、一体、どんな心境ゆえなのか。
凡人たる紅緒は、理解したくもなかったし、理解する必要もなかった。
紅緒は、紅緒のことで手一杯だ。誰が死のうと誰が苦しもうと、それは紅緒に関係がない。皆がそうやって生きてるのだ。紅緒に出来ることは、自分の人生をすこしでもマシにすることだけ。
(だから、あたしは……絶対に負けては……いけなかったのに………………。)
あの日。
紅緒の運命が決まったあの日。
飯綱様をはじめとする宗家の皆々様の前で、赤根家の力を見せつけなくてはいけなかったあの日。
憂は、圧倒的な力で紅緒をねじ伏せた。
完膚なきまで、敗北だった。
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