第27話 ピクピク美少女ヤンデレ爆誕









「あ、目……覚めた……?」



 ふわふわしていて、気持ちがいい。ここはどこだろう?自室の布団は薄くて、いつもいつも凍えていた。それなのに、ここは、温かい。



「あれれ?まだおねむかな?」



 温かい手。泣きそうになるほど優しい手だ。生え際を心地よく撫でられ、甘やかされている気分になる。



「ふふ、可愛い。」



 ………………懐かしい。いつかどこかで、擦り切れてしまった記憶のどこかで、こうやって優しく撫でられたこともあったのかもしれない。……少女のことを愛しんで、育ててくれた者たちがいたのかも、知らない。



(……でも、そんなの、きっと、私の願望、だ。)



 つん、と鼻の奥が痛くなる。だって、ずっとずっと一人だった。それは、から抜け出して、波稲そうけでお勤めを始めても変わらない。ここには少女の居場所がない。どこにも、少女の居場所はない。




「ん〜♪ふふ〜ん♪んん〜♪」




 それなのに、そのはずなのに。

 涙腺が緩んでくる。こんな私でも、居てもいいんだって、そう言ってもらえてるようで……








「ねえ、目、覚めてるんでしょ?」






「……っ……!」



 氷水を頭から掛けられたような衝撃だった。冷たい……冷たい、声。情の一切こもっていない。こちらに、いっさいの関心を払っていない……声。気がついたら、少女は布団から飛び出し、畳の上に平伏をしていた。



(あ、あれ……??わ、私は……な、何して………??)



 冷や汗が滝のように流れてくる。



(あ、ああ……!そ、そうだ……、わ、私……紅緒さんたちに、水をかけるようにって…………!) 


(水を……水をかけるようにって……あの……人形に……。)


(でも、でも……私は、そんなことしたくなくて……だ、だって、だって………あの化け物に、嵐雪様みたいに、……こ、ころされ…………)

 


 少女の身体は、自らが想像した恐怖におののき、過呼吸を起こした。



「ひっ……はっ……ひぃ、あぅ……はっ……」 



(……くるし、い、息が、息が……出来ない、だれか……だれか、たすけ………………) 



 少女は喉を押さえてうずくまった。



(あ……でも……だれも、たすけ、なんて…………)







「大丈夫。」



 目の前がまっくらになりかけたとき、少女の身体を優しく、優しく包むものがあった。



「大丈夫、大丈夫だよ、ゆっくり、ゆっくり…………。」

「あっ……はっ……は、……はっ、…」

「大丈夫、大丈夫だよ…………。」

「ふ、……う、はー……はー……は……」



 声の主人は優しかった。温かな手が少女の背中をゆっくり撫でる。少女はそれで、先程のことが夢ではないことを知った。



「……ん、落ち着いた?」

「は、……は、い……。」



 涙と鼻水と、涎と……でぐちゃぐちゃの顔を優しく拭われる。そこで視界が明瞭になり、優しい誰かの面影が、露わになった。



 それは、とても美しい少女だった。真っ直ぐで、柔らかな長い黒髪が、ゆったりと背に流れている。口元には微笑みが。そして、大きな垂れ目がちの瞳は、ガラス製とは思えないほど、表情豊かに「慈愛」を伝えてくる。



「私、稀子きこって言うの。」



 あまりにも可憐な響きで、少女は一瞬、天使が話したのかと思った。



「あなたの名前は?」



(名前……、名前を聞かれた……?天使のように美しいこの人に、名前を……きかれた?)

 


 少女は夢見心地のまま、ゆっくりと唇を開く。



「わ、わたし……わたしの、名前は藤島、ういです……。」



 自分はしっかり、伝えられているだろうか。憂は心配になる。しかし、それは杞憂だった。




「そっか、憂ちゃんかぁ……ふふ、よろしくね?」




 きらきらきら。

 白黒だった世界が色づいていく。

 少女の微笑みは、憂の世界に色をもたらした。この世に自分の居場所などない、そう思い込んでいた憂の世界が広がっていく。そう……居場所は、自分で決めるものなのだと。今まで、居場所がないと思い続けてきたのは、畢竟、憂がいたいと思う場所がなかっただけなのだ。そして…憂は、憂は……できることなら、の隣を居場所にしたい…………!!!



 ぽたぽたぽた……



 溢れ出る何かを感じる。

 自分が作り替えられていく。

 もう何があっても怖くない。



 天使が笑っている。幸せ。あ、ああ……なんて……幸せなの……と、憂は思った。



 憂は、幸せな気持ちに包まれて…………………………

 






■■■






「ちょ、ちょっと!だ、大丈夫!?ね、ねえってば!」



 ピクピク美少女改め、憂ちゃんの鼻にティッシュを突っ込む。ピクピク美少女憂ちゃんは、一言二言交わした後、唐突に恍惚な表情を浮かべたかと思うとまたもやぶっ倒れたwith鼻血。



「やばいやばいやばい……これじゃ、血を詰まらせちゃう!やばいやばいやばい……は!あれだ!!」



 ふと浮かんできたのは、駅前の若干の寂れた教習所の風景。そこの一室で、人形(私じゃない)を取り囲んで複数人の若者たちが教えを乞うている。――――――それでは、回復体位の取り方です。仰向けの姿勢から、頭をやや後ろに反らせて、できるだけ気道を広げた状態に保ちましょう。また、無意識に寝返りしたり痙攣して仰向けやうつ伏せになったりしないよう、膝は軽く曲げ、腕は下側の腕は体前方に投げ出し、上側の腕でつっかえ棒をする要領で横向け寝状態を支えるようにします。横向け寝が推奨される理由としては、仰向けにすると嘔吐によって胃の内容物が出てしまった場合に気道を塞いで窒息するおそれがあるためで、これを予防するうえで嘔吐にも対応しやすい体勢をとらせるものです。また呼吸も仰向けより横向き寝のほうが負担が少なく楽であるなどの理由もありますよ。さ、それでは皆さんもペアになって――………………これだあ!!




「……よし、気道確保。」

「………。」

「ふう、やれやれ……それにしても二回も倒れるなんて……そうとう疲れてたのかな?はっ、もしかして……精神的に追い詰められて……。」

「……。」

「坊ちゃん……やっぱり、病院行きません?ちょっと……坊ちゃんの未来も、心配になってきちゃって……。」

「もってなんだよ。もって。」 



 わりと真面目に言ったんだけど、思考がとっ散らかりがちなせいで、冗談だと思われたらしい。私って前世はAB型だったのかな……坊ちゃんはB型だな。いや、O型もあり得る。

 


「……ま、でも、あんま関わんないほうがいいんじゃない?」

「……坊ちゃん……。」

「なに?」

「……坊ちゃんに言われるって……相当ですね……。」

「え、なに、喧嘩売られてる??」



 いや、売ってないです。勝てない喧嘩は売らない主義なので。そして坊ちゃんは付き合っていられないと思ったのか、スマホを取り出して弄り始めた。イヤホンもつけて、外界からの情報をいっさい遮断している。思春期か?思春期なのか?


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