第25話 狐くんにつけられた名前がひどい。
「ありがとうございました〜!」
三人で電気屋から出てくる。坊ちゃんの手には新品のスマートフォン。最新型のめっちゃ高いやつ。
「あ、おっさん、電話番号教えてよ。」
「ほらよ。」
なめらかに画面をタップしていく坊ちゃん。ええ、おぼえるの早……。
「じゃ、後で契約者連れてきて本人確認とかやっといてね?幻術で誤魔化すのも一週間が限度だから。」
「へーへー。」
何でも。この怪しげなおっさん……スマホは持ってるが契約者は違うらしく。つまり自分じゃ契約出来ないらしい。何故かって?このおっさん……記憶喪失で山を彷徨っているところをおっさんに拾われたんだって。(白目)うん。登場人物がおっさんしかいなくてむさ苦しいわ。てか意味が分からん。関わんないようにしたい。まじで。
「じゃ、もういいだろ?」
「うん。ありがとう。」
坊ちゃんはスマホを上着のポケットにしまった。
「現金でもいーんだけど……こっちにしとくよ。はい。」
「?なんだこれ?」
坊ちゃんはどこからか一本の短刀を取り出した。……え、いや、まじどこから取り出した!?そんなもんずっと持ち歩いていたの!?じゅ、銃刀法違反!
「自分で使ってもいいと思うよ。売るなら、後でメッセージ送っておくからその場所で。あ、買い叩かれないようにしてよ?それ最低でもこう、だから。」
そう言って坊ちゃんは指を三本立てた。
「……三百、か……?」
「あっはは、そんなわけないじゃん。」
けらけら笑う坊ちゃんを見て、心なしか、おっさんがほっとしている。でもね〜私も何だかんだこの世界長いので、わかっちゃうんだなあ、これが…………。
「桁がひとつ足りないよ。」
ダヨネー。
■■■
「ねえ、稀子ちゃんてば……。」
「…………。」
「きーこーちゃーん?」
「…………。」
かれこれ10分はこうしている。ふん!黙れって言われたもんね!呪禁は解除されたけど、今日はずっと黙っててやる!
「…………稀子ちゃん……最後にあそこのカフェで飲み物でもって思ったけど要らな」「わあ!フラペチーノがいい!抹茶、ソイミルク変更、チョコチップ追加、ホイップましましね!」
「うん。」
坊ちゃんの手を掴んで横断歩道を渡る。お店の中はまあまあ空いてるかなって感じで、勉強する人、仕事帰りかなって人、学生さんかな?って人が数組いた。
「ま、抹茶フラペチーノのソイミルク変更、チョコチップ追加、ホイップましましを二つ!お願いします!あ、あとチョコスコーンも二つ!ぼ、要くんはそれでいい?」
「うん。いいよ。」
オーダーを聞いたお姉さんはちょっとびっくりしていたけど、すぐに笑って復唱してくれた。出てきたカップに猫ちゃんが描かれていてテンションが上がる。
「美味しい!」
「……甘い……。口の中の水分取られる……。」
「それがいいの!」
はあ……甘いものって神だわ。冷静に考えて、今日って完全に私のための日だったよね?坊ちゃんも楽しそうだったけど、私のしたいことしかしてないし。それなのに私は拗ねて。子どもかよ……。
「要くん、今日は本当にありがとうね。」
「楽しかった?」
「楽しかった!」
「じゃあ、良かった。」
ああ、ほらね……。坊ちゃんって、何で私に優しいのかな?思い当たる節が全く無い。歳が近く……見えるからかな?友達が欲しいのかなあ?……寂しいの、かな。
「なんか、また変なこと考えてるでしょ?」
「べ、べべべべべべつに?」
「俺は……やりたいことやってるだけ。いつでもそう。だから稀子ちゃんは気にしないでよ。」
「…………。」
……そうか。
そうだよね。うん。
「……要くん、前に、私に、私の意志を尊重してって言ったよね?」
「言ったね。」
「変わらない?」
「変わらない。」
坊ちゃんは、死ぬことが怖くないって言ってた。それに、嫌じゃないって。でも、私は、坊ちゃんに死んで欲しくない。しっかり生きて、大人になって、私とハワイ旅行に行って欲しい。そのためだったら……何だってできる、気がした。
「私は、大人になった要くんとハワイ旅行に行きたい。」
「……え……あ、ああ……そう。」
なんだか歯切れの悪い返事をする坊ちゃんをじ、と見つめると、視線をうろうろと彷徨わせている。珍しいその様子にちょっと驚くが、言いたいことは言わないと、後で後悔するって、私は知っている。
「だから、もっともっと、楽しい思い出作ろうね!」
そうしたら、坊ちゃんも、生きることに前向きになってくれるかもしれない。この世に未練を、持ってくれるかも知れない……。
「あ、う……うん?」
言質とったから!!と私は喜んで、フラペチーノを啜った。
■■■
某県某所
山麓の民家にて
「はあ、マジにやべーもん渡されたわ。はは、あのガキ何もん……アー、波稲の跡取り、とかか?」
男は右手で掴んだ短刀を見つめた。この短刀は、鞘に刀の力を抑制する封印式が込められているようだ。ちらっと抜いてみて、すぐにしまった。それから何事もなかったように一服。
「ふーーーーー……………………八桁か………………。」
男は空を仰いだ。快晴。タバコの煙がゆらゆらと白い軌跡を残して消えていく。
「パパー?もう、こんなところにいた!」
「あ?」
とんとん、と軽快な音を立てて屋上に続く剥き出しの階段を上がってくる女……男の妻だった。
「ん?なにそれ?」
「アー……もらった。」
「ふうん、使うの?」
「……興味あんのか?」
「いや、要らないなら包丁代わりにしようかと。」
「……………………ふーーーーーー。」
「ちょっと!けむいってば!」
もう!と頭ひとつ分下から怒ってくる妻を見つめる。
「……お前は……能天気でいいなあ……?」
「ええ〜…無職の夫の世話とワンオペ育児、ついでに夫が拾ってきたペットの世話に追われてる妻に向かってそれ言う?言っちゃう??」
「………………アーーー……チビと公園行ってくるわ。」
「よろしく!あと晩御飯の買い物もね!」
「おう。財布は?」
「1000円しか入れないからね!」
風向きが悪くなったら退散する。それが男のモットーであった。それから――――家族を、大事に。最早洗脳にちけえな、と男は思っているが、まあ、反抗する理由もないので本能とも呼べるそれに従っている。失われた記憶の中にその答えがあるのだとは思うが、覚えてないものは覚えていない。
――――――あの日……山深くで傷だらけで倒れていたあの日。近くにいた女と産まれたてのガキを見捨てて立ち去ろうとしたとき、頭の中にがんがんと響いた謎の声。
まあ……今となっては、その声に…………感謝している。
「…………なあ。」
「?なあに?」
洗濯物を干そうとしていた妻が振り返る。長かった髪はシャンプーとリンスの節約!という名の下にベリーショートになったが、ふわふわとした柔らかい質感は変わらない。
「………………髪、伸ばしたいか?」
「え、短いの気に入ってるんだけど。」
「なら、いいか。」
はいい??という妻の困惑した声を背中に聞きながら階段を降りる。
「…………なあ。」
「もうっ、なあにってば!」
この女、怒っていてもそう見えないところが、可愛いよなあ……と思っている男はしばしばわざと女を怒らせる。しかしその事実には、女はおそらく一生気づかないであろう。
「お前の名前、何なんだろうな?」
「知らないわよ。それを言うなら、パパの名前だって何なんだろうね。」
「そーだな……そろそろつけるか……。チビも四月から小学生だもんなあ……。」
「古本屋で姓名判断の本買ってこようか!」
「そうだなあ。」
上機嫌の妻の鼻歌を背に、今度こそ階段を降りる。変な女だよなあ。頭のネジだいぶ外れている。
「パパー!遊ぼうよ!」
「おー、チビ、公園いくか?」
「いく!」
空は青く。美しく。優しい日曜日の朝は、始まったばかりだ。
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