第21話 はじめての
「坊ちゃん……今日も帰ってこない。」
坊ちゃんの部屋の前で私は三角座りをする。行儀が悪い?今更だ。
「………………酷いこと、されて無い……よね……。」
あの日。
坊ちゃんが嵐雪様をこ……痛めつけてしまった日。私はもう気が気ではなくて、坊ちゃんに詰め寄った。
「ぼ、坊ちゃん……嵐雪様のこと、私謝ってきます。」
「はあ?」
「あの、私……そうだ!私がやったことにすればいいんだ!嵐雪様も、もしかしたらいきなりのことで分からなかったかもしれないし、うん、そうしましょう!」
「……何言ってんの?馬鹿なの?」
「……え。」
「仮に稀子ちゃんがそんなことして、あのクソがそうだって言ったら、稀子ちゃん殺されるよ?核も残さず、消されるよ?」
「え、はい。」
それの何が悪いことなの?坊ちゃんが酷い目に遭うよりよっぽどいいじゃん!私天才!って思ったんだけど、坊ちゃんは、すごく怖い目で見てきた。
「おれ、稀子ちゃんのそういうところ、嫌い。」
「……えっ。」
「やめて。俺の代わりにとか、まじでやめてね。」
きらい、の一言が思ったよりぐさっときて焦る。
「や、やめ……るかは分からないけど、気を付けます。」
「はっ、正直でいいね。」
うわ……全然信用されてない。というか何で怒ってるの?私は代用がきくんだから。この身体や核がなくなったとして、得に問題はない。仮に、この見た目や人格が良いなら、そうデザインすれば済む。
「……でも、どうするんです?流石に、嵐雪様のこと、このままっていうわけには……。」
「別にどーともないと思うけどね。」
「その自信はどこから……?」
五ヶ月経って、坊ちゃんを取り巻く周囲の環境は一変していた。それはもう、全然着いていけないてない。前は、坊ちゃんに対して無関心だった母屋のみんな。今は……坊ちゃんを恐れてる……?坊ちゃんが生贄どうとかではなく、本能的な恐れに感じる。…………坊ちゃん、何した?
「ま、稀子ちゃんは気にしないで?」
「……。」
その言葉、きらい。私を突き放す。お前には関係ないって言われているみたいだ。
「じゃ、おれはそろそろいくから。」
「あ……はい、おつとめですね。いってらっしゃいませ。」
「それと、しばらくこの部屋には帰らないから。」
坊ちゃんは何でもないことのように言った。
「え……?」
「うーん、二、三日……いや、一週間くらいかな?」
「えっちょ、な、何で??」
にこ、と坊ちゃんは笑った。笑顔で黙らせようとしてきた。いや、たしかに坊ちゃんのお顔は至宝ですが、120%利用しているとわかっててそれは…………それは…………ウッ……眩しい……!!
「じゃあね?俺がいなくてもいい子にしててね?……あ、あのクソまた来たらきっかり殺してね。」
「え、え、いやいや!殺しません!っていうか!一週間って……やっぱり、嵐雪様のこと、」
「あ、全然関係ないから。もともと決まってたことだし。」
「……え?」
「じゃあね〜。」
ぱたん、すたすたすた……。
そうして私は部屋に一人残されたのだ。
………………そしてあれから一週間と一日、まだ坊ちゃんは帰ってない。
「うう……坊ちゃん……坊ちゃん〜……。」
「……。」
「坊ちゃん坊ちゃん坊ちゃん坊ちゃん。」
「…………。」
「……!坊ちゃん!!」
気配を感じ、顔を上げるとやはり坊ちゃんがいた。素早く全身を見る。うん、怪我とかはなさそう。あれ、でも、なんか……。
「……柴犬、いや……ポメラニアン……チワワ??」
「はい?」
「いや、何でもない。あのクソ来なかった?」
「来てないです。」
おかげでこちらとら、一週間ちょい誰とも口をきいていない。いや、嵐雪様きても困るけどな。
「坊っちゃん、とりあえず布団敷くので寝てください。顔色すごいです。あと隈も。」
「分かる?うん、眠い。超眠い。」
とか言いつつ笑っている。ああ、これ、結構やばいやつでは?坊っちゃんって追い詰められている時ほどにこにこする癖、あるのかな?いや、分かってない?
寝てなかったの?何してたの?一週間もって何?「おつとめ」って勉強じゃないの?……聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず坊っちゃんの体調が優先だ。
急いで部屋に入り、布団を敷く。部屋は暖めて置いたので寝づらくはないはず。
「坊ちゃん、お待たせしました。」
「……ん。」
「坊ちゃん?」
えっ、まさかのごめん寝!!えっ可愛い。いや、可愛いけど!
「坊ちゃん……そんなに疲れてたんですね……。」
疲労の色が濃く、青白い坊ちゃんの顔。隈も酷い。ほんとに、ほんとに……坊ちゃん何してた……?
「失礼します、よ。」
坊ちゃんをお姫様抱っこ。前にした時は、あんまりにも小さくて壊してしまいそうって、そんな風に思った気がする。たった五ヶ月前のことなのに……おかしいな。
坊ちゃんの身体つきは、しっかりとしている。身長だけは、まだ私の方が高いけど。そのうち、追い越されるんだろうなあ。
布団の上に、坊ちゃんをゆっくりとおろす。羽織りと着物を脱がせて、襦袢一枚にしてから、肩まで掛け布団をかけてあげた。
「……。」
すー、と規則正しく聞こえる寝息が可愛い。安心しきったように眠る坊ちゃんを見ていると、勝手に幸せな気持ちになってしまうのは、何故だろう。
「ふふ、かわい」「あ、そうだ、忘れてた。」
「……。」
坊ちゃんの寝顔をもう少し近くで見ようと顔を近づけた瞬間、坊ちゃんの瞼がぱちり!と開いた。鳥の羽ばたきのように美しい長いまつ毛を見ながら固まる。
え、いや、べ、べつにやましいことはない、やましいことはないけど、この状況を坊ちゃんに何と言われるか…………!!脳内で3パターン目くらいの坊ちゃんの反応を再生しながら、裁きのときを待つが、坊ちゃんの反応はそのどれとも違った。
「明日、出かけるから。」
「へ?」
「朝からね!遅れないでよ?」
「は、はあ?」
何を言っているのだろうか。出かける??びっくりして坊ちゃんを見るが、坊ちゃんの視線はうろうろしていて焦点があっていないようだった。……ね、寝言?
「一応言っておくけど、寝言じゃないからね?ちゃんと言ったからね?忘れないでね?」
「え、あ、はい。」
「…………。」
すー……とまた泥のように坊ちゃんは眠り始めた。
「え、ちょ……。」
ま、まじですか?で、出かけるって……どこに?
「母屋の庭……とか?他の離れ……とか?」
そんなところに何の用だろうか。頭に疑問符を浮かべながら、寒い夜に備えて湯たんぽの準備をしよう、と坊ちゃんのそばを離れた。
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