第20話 残念なイケメン







「はあ?俺、出ないって言ったよね??ちゃんと聞こえてた?耳ないの?じゃあそれ飾り?似合ってないから切り取ってやろうか?」



 ばちん!と音を立てて障子をしめた坊ちゃんは、ずかずかと歩き、ぼすん!と音を立てて私の隣に座った。



「坊ちゃん、口悪い。」

「あいつらがうざいのが悪い。」

「……。」



 取り付くしまもなし。



「茶話会のことです?」

「…………。」

「茶話会のこと?」

「……暇だよなあ?もっと他にすることねーのかね?お互いの陰口言いあって気持ちよくなってるとかゲロ吐きそうなくらいキモいんだけど。ハッ勝手にやってろ。」



 ………………はい。坊ちゃんって、多重人格なのかな??一度病院、連れてった方が良い??ってここ一週間で何回か自問自答しました。



 にこにこ優しい坊ちゃんと

 にこにこしながら毒を吐く坊ちゃん

 にこにこしないで特大級の毒を吐く坊ちゃん

 無表情、無言、絶対零度の瞳で見下す坊ちゃん



 この一週間、たくさんの坊ちゃんの表情を見ることができました。躁鬱……?双極性なんちゃら……?もっと勉強しておけば良かったかなあ。坊ちゃんの将来が心配。いや、坊ちゃんの置かれた状況的に、そうなるのも無理は、ないか……。



「なに?稀子ちゃん。」



 半眼でこちらを睨んでくる坊ちゃん。美少年の不機嫌顔ってぞくぞくするほど怖いけど、にこにこ優しい坊ちゃんよりは、安心する。にこにこ優しい坊ちゃんは…………………………一番、何かがヘンだ。何がとは説明できないけど、恐ろしい。



「うーん、こんなところにずっといるからおかしくなってくるんじゃないかな?」

「はあ?」

「いやーだって……正直、宗家の皆さんって根暗多すぎません?こう、じめじめ〜っていうか……どよどよ〜っていうか?もっとハッピーなこと考えて生きたいですよね?」

「……つまり、こっから出たいってこと?」

「へ?うーん確かに?」

「……。」



 それは考えたことなかったけど、確かに。この世には楽しい場所がたくさんあるのだ。せっかく(人形とは言え)生まれてきたのだから、少しくらい楽しんでもばちは当たらないのではないだろうか。



「一緒にお買いものとか行けたら楽しそうですよね!」

「……かい、もの……。」

「あ、あとは映画とか!ゲームセンターとかもいいなあ!食べ歩き……はしても意味ないけど、坊ちゃんが味の感想教えてくれればそれはそれで楽しそう!」



 思いついてしまえば、どうして今までそう思わなかったのだろう、というくらい、出てくる出てくる。やってみたいことばかりだった。



「…………あ、ごめんなさい…………。」



 楽しい気持ちは一瞬で萎んでしまった。そうだ、坊ちゃんは、ここから、出られないのだった。なんとむごいことをいったのだろうか、恥ずかしい。



「ふーん。稀子ちゃんはそういうこと、したいんだ。」

「へ?……あ、うん。そうですね……。」



 坊ちゃんは寝そべった格好のまま呟いた。口から出てしまったことは取り消せない。変に誤魔化す方がおかしいし、素直に同意する。



「ふーん。」

「………。」



 その後は、特にこの話題をほじくり返すこともなく。私は休憩時間が終わるまで坊ちゃんとだらだら世間話(?)に興じたのだった。





■■■




ぱしゃん


くすくすくす……



「……。」



 遠ざかっていく複数人の足音……。て、典型的すぎる!!一種の感動すら覚えながら立ち上がる。水パシャくすくすとか、最早様式美。人間だったら寒さに震えるかも知れないが、私は「あ、濡れちゃったな〜」程度だ。むしろこの寒い中、バケツに水入れて待機してたそちらの方が被害が大きいのでは……などど思う次第。




「はあ。着替えるの面倒。このままでいっかな。」




 ぼーとしながら手は止めない。私の部署異動とは坊ちゃんの側仕えでした。しかし、坊ちゃんが「おつとめ」に出ている間はやることもないのでこうやって草むしりしている。

 

 坊ちゃんの「おつとめ」の内容はよく分からないが、勉強?みたいなことをしているらしい。ちなみに坊ちゃんは当たり前のように学校には通ってない。義務教育ゥ……。



 あ、あと坊ちゃんの部屋は母屋にチェンジされました。前の離れは半壊してるから住めない。他にも離れはあるんだけど……どういう心境の変化なのかは分からないけれど、母屋の人々は坊ちゃんへ関心を持ち始めたようだ。



 しかしそのあたりの事情を坊ちゃんに詳しく聞こうとすると、あのそら恐ろしい笑顔で微笑んでくるから、聞かれたくないのだと思う。私に自分の意思を尊重しろとか言ってるくせに、圧で黙らせるのだからタチが悪い。俺様?俺様なの?顔が良くないと許されないよ??ア、絶世の美少年だったわ無念。



「ふう、大体駆逐できたかな。」



 あとはゴミ袋につめるだけだ。決めていた範囲の草むしりをやり遂げ、達成感を感じながら立ち上がる。そろそろ坊ちゃんも帰ってくるころだ。「おつとめ」から帰ってくる坊ちゃんはだいたい不機嫌なので、お茶と甘いものを用意して待つのが私のルーティンである。疲れた時は甘いもの、これは定番だと思っている。









「ねえ、」

  


 声をかけられた方に視線を向けると、スラリとした長身、肩までの黒髪。そして切長の目、という二十代後半ほどの男性が立っていた。ちなみにイケメンだ。アンニュイ系イケメ……って……!




「…………はい。何か御用でしょうか。嵐雪様。」

「へえ、君、僕が誰か分かるんだ?」

「……私は、波稲の使用人ですから。」



 どくどく……心臓の音の幻聴が聞こえる。あれ、気配なんて全く感じなかったのに。私は持っていた袋をその場に投げ捨てて、居住まいを正す。



「ふふ、そんなに畏まらなくていいよ。君は……アレでしょ?」

「………。」



 いや、アレって表現……。蔑んでいるように聞こえるんだけど。私は人形なんだから、そう言えばいいのに。人形を「アレ」にいちいち変換する神経がよく分からん。嫌味???嫌味なの???



の側仕えなんでしょう?」

「……!」



 もしかして、って坊ちゃんの、こと?



「私は、要様の側仕えをさせて頂いております。」

「ふうん、あの化け物のねえ。いやいや、勿体無いねえ!」


 

 けらけらけら、と嵐雪様は笑う。その嗤いが、大きな声でもないのに、耳について不快だ…………不快、だ。



「ねえ、アレはお前のこと、随分気に入ってるみたいだね?」

「道具冥利に尽きます。」

「いいねえ!いいねえ!部をわきまえている子は好きだよお。ああ、よく見たらオマエ、とっても可愛い顔してるじゃあないか。」



 そう言って嵐雪様は、私の首筋をそっと撫でた。背筋が無くてよかった。多分死ぬほど虫唾が走っていたと思う。え?いきなり触ってくるとか、マジきもくな〜い?と心の中のギャル子も言っている。現実逃避が終わらない。って、え、ちょ、ど、どこ触ってるの……!!










「死ね。」




「グゥ……!……が、あ……はっ……!!」



 一瞬、何が起きたか分からなかった。けど、すぐに私は、渡り廊下からこちらを見下ろす坊ちゃんに抱きついた。



「ぼ、坊ちゃん!!やめてください!死んじゃいます!」

「……。」

「坊ちゃん!!!」

「……。」



 嵐雪様の首に、ぎゅうぎゅうと、見えない何かが巻き付いている。嵐雪様はそれを外そうと首を掻きむしるが、触ることが出来ず、ただ、自分の首を傷つけるだけ。



「坊ちゃん!坊ちゃん!!坊ちゃんってば!!!」



 やばい、坊ちゃんの目がマジだ。瞳孔がガンガンに開いて、いつも以上に目がぎらぎらと……。



「坊ちゃんのばか!お子様!あんぽんたん!クソガキ!こんなことにいちいち怒ってたら世の中生きていけないよ!!いやセクハラは駄目だけど!制裁の方法が命とかは重すぎると言うか!!現代の若者はキレやすすぎるというか!つまり坊ちゃんの将来が心配というか!えーとえーと、そんなことする坊ちゃんは嫌い!!!!」



 訳もわからず喚き散らす。とにかく、坊ちゃんを止めなければという思いで、何でもいいから坊ちゃんに刺さりそうなワードを選んで叫び続けた。



「………稀子ちゃん、うるさい。」

「馬鹿っ!あほっ!白髪頭!…………へ?」



 気がついた時には坊ちゃんの瞳はいつも通り。嵐の前の静けさの海のような、そんな、凪いだ瞳だった。 



「ら、嵐雪様は……。」

「死んでないよ。気絶してるだけ。」



 庭先には、ピクピクと痙攣する嵐雪様が転がっている。



「よ、良かったあ……あ、はは、なんだ最初から殺す気なんてなかったんですよね?もお、びっくりしちゃった……。」

「あはは、稀子ちゃんて、物事を自分がそう思いたいように解釈するところ、あるよね。」

「…………。」



 …………聞かなかったことにしよう。



「あとさ、稀子ちゃん。俺、稀子ちゃんにも怒ってるんだけど。」 

「へっ!?」

「俺、稀子ちゃんと契約したよね?危害を加えられたら抵抗するって。」

「……えーーいやーーそのーー。」



 坊ちゃんが少し低いところから目をかっぴろげながら聞いてくる。こっわ!!!



「へえ、じゃあ、何?あれは危害じゃなかったってこと??」

「へ……。」   



 どん、と壁際に追いやられる。



「ね、アイツに触られて、どう思ったの?教えてよ?」



 あ、あれれれれれ?何でこんな話になってるの??どこでまたスイッチ入ったの?さっきと同じくらい瞳孔開いてるんでけどというか近い近い近い近い近い近い近い近……あああああああ!!!



「ねえ、きこ」「えっち!!!!!!!」



 もう耐えられなくてその場にうずくまる。



「坊ちゃんの!えっち!!きらい!あんぽんたん!!」

「………………。」





 うん。後から考え直すと、精神年齢アラサーとして終わってると思う。そしてあの場で一番可哀想なのは、どう考えてもピクピクしてる嵐雪様。せっかくイケメンなのに……あ、これが残念なイケメンというやつか…………。






 

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