第19話 ただ、一つののぞみ。


 




「はい、終わったよ、稀子ちゃん。」

「―――……え。」

 


 ぱちり、と瞼を開く。どこにいるのか一瞬分からなかった。部屋、坊ちゃん……あ、ああ、契約の上書きの、こと……か。



「あ、ごめんなさい。ぼんやりとしていて……。」



 いやいや、雇用(?)契約結んでるときにぼんやりとか、やばすぎるわ。



「申し訳ありません、契約内容を確認しても?」

「いいよ?……ひとつ、危害を加えられそうになったらきちんと抵抗すること。相手が死んでしまってもそれは正当防衛。ふたあつ、自分の意思を尊重すること。みっつ、俺に敬語を使わないこと、以上!」



 にこ、と向けられた笑顔に見惚れそうにな……ええ?ちょ、ちょっと待って?



「それ契約なの?前の宗家との契約と温度差ありすぎるんだけど?」

「あは、ちゃんと契約守ってんじゃん。偉い偉い!」



 会話してくれ!!



「とにかく、もう新しい契約は結んだから。……だから、稀子ちゃんは、俺のものだからね?」 



 そう言って下から見上げてくる坊ちゃんは、七歳とは思えないほどの、どこかぞくりとするほどの妖しさを放っていた。ええ……七歳にしてこの色気……ちょっと大丈夫かな?外に出したら連れ去られちゃうんじゃない??



「えーとぉ、じゃあ、契約にしたがって……その……すっごく気になってること、聞いていい??」

「うん。いいよ?」



 坊ちゃん、笑顔のバーゲンセールだな。いや可愛いからいいけど。



「じゃ、聞くよ?聞いちゃうよ?」

「なになに?焦らさないで早く言ってよぉ。」



 どきどきする。あ、いや、心臓はないので気分的なものなのだが。……よし、言うぞ?言うぞ言うぞ言うぞ……!!!









「坊ちゃん……大きくなってません………??」









「……………………あは、五ヶ月も経ったら、成長するよ?おれ、成長期だもん。」



 ………………今の間、何!?



「えっいや、でも……流石に三十センチ以上伸びてるよね?前は五歳の司さまと同じぐらいだったのに……。」

「何言ってるの?稀子ちゃん。そんな訳ないでしょ?おれ、来月十四歳になるんだから。」



「え……?」



 坊ちゃんはにこにこ笑っている。私はすう、と背筋が寒くなっていくのを感じる。




「い、いや……そんな、そんなはずは……。」

「ふふ、おれ、成長が遅いんだよね。身長も稀子ちゃんより小さいし。でもさすがに司と同い年には見えないでしょ?あはは稀子ちゃんって面白いね?」

「いや、いやいやいや……!」


「稀子ちゃん。」



 す、と頬に手を伸ばされる。



「おれの十四歳の誕生日、祝ってくれるよね……?」














「う、うん!もちろん!」 



 私は慌てて坊ちゃんにそう返事を返した。なんだか最近、ぼんやりすることが多くないか?これも一度壊れたせい??……坊ちゃんの十四歳の誕生日、しっかりお祝いしないと!



「ふふ、嬉しいな。おれ、誕生日祝ってもらうの初めてだ。」



 幸せそうに笑う坊ちゃんを見て、胸が締め付けられる。



「………………坊ちゃん、大吾郎さんは……。」

「ああ、大吾郎か。稀子ちゃんは気にしないで?よくあることだから。」

「よくあること……?」

「ん、おれはね贄だからね。」

「に、え?」

「波稲には、たまにおれのようなのが産まれるんだ。白い子供。白い子供は生贄なんだ。」

「い、けに、え…?」

「そう。波稲が信仰している神に……いや、化け物に捧げられる生贄なんだよ。波稲はそれによって大きな力を得ている。それが面白くないやつらが、贄になる前におれを殺しにくるってこと。」


 どういう、ことだろうか、いや、理解はできる。

 理解はできるのだが、分かりたくない。

 だって、それって…。


「俺は死ぬために生かされてる、ってこと。」

「…何で、そんな。宗家はすでに十分な力を……。」

「はは、それに、俺が死なないと未曾有の大厄が訪れるらしいよ?」

「………」

「…困ったね…。」


 別に、憐んで欲しいわけじゃないんだけど。


 そう言って笑う顔には、死への恐怖は微塵も浮かんでなくて、さらに混乱する。


 なんで?

 どうして?

 どうして笑えるの?他人のために死ねって言われて。

 それでどうして笑っていられるの?

 どうして、運命だと受け入れられる?

 嫌だ、そんな、誰かに命の価値を決められるような…。


「あー、なんか色々考えてるとこ悪いんだけど、別に俺、嫌なわけじゃないから。」

「……だから、困惑してるのです。」

「へー、稀子ちゃんだって人のこと言えるの?」

「……わたしは人形です。生きていない。だから、死ぬこともありません。」

「……ねえ、稀子ちゃん。俺と稀子ちゃんの違いって何なんだろうね?」

「………」

 

 私と、坊ちゃんの、違い?

 そんなの、明らかだ、命があるか、ないか。

 魂があるか、ないか…。


「魂って、命って何だろうね?」


 心の中を読んだような坊ちゃんの言葉に、怖い、と感じる。怖い、嫌だ、その事を考えると、身の内側から焼かれるような痛みを感じる。


 だめだ、考えちゃ、それは、考えてはいけない事、だ…。


 そうだ、

 こうやって考えるから錯覚しそうに、錯覚させそうになる。わたしに感情はない。感情があるように、見せているだけ。だって、わたしは、人形、だ、人形だ人形だ人形だ人形だ魂なんてあるわけない前世の記憶も感情も何かのバグだそんなこと本当はわかってるはず、だけど、人間の記憶を持って人形をするのは辛かった、だから、これは私の前世の記憶なんだって、そう思い込んだ。たぶん、この記憶は、感情は、私が作られるうえで、紛れ込んだ、………………




「…つまらないね。」


 表情をなくしたわたしをみて、要様は失望しただろうか…。


「まあ、時間はたくさんあるんだから、よく考えるといいよ。」

「……」


 返事は出来なかった。


「あ、さっきの続きなんだけど、」

「…?」

「おれ、ただで死んでやる気なんてないから。おれがどんなに我儘いっても、あいつら叶えるしかできないだろ?せいぜい振り回してやる。そんで、もう限界、早く死んでくれ〜ってあいつら全員に思われてから、やっと死んでやるんだ。どう?俺の計画。」


 坊ちゃんは、機嫌良く笑っているが…。


 ……それでは、坊ちゃんが救われないではないか…。


 いや、宗家に仕えているという点では、私も同罪。坊ちゃんをここから連れ出して、守って差し上げることなんて…できない…。


「お供します。坊ちゃんが逝かれるときは、私も一緒に壊れます。」


 そう言うのが、私の精一杯だったのに。


「だめだよ。稀子ちゃんは、ちゃんと生きて。」


 だから…私は、生きてなどいないのに…。そう言いたかったけれど、優しく細められた坊ちゃんの瞳を見ると、何もいえなかった。







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