第13話 死の果て







「……君は、本当に不憫な子だ。そして哀れだ。」


 少年は最後の時になっても、何の反応も示さない。何と悲しい存在なのだろうか。人生の喜びも、辛さも、苦しさも、楽しさも何もかもを味わうこともなく、ただ生かされ。そして、汚れた獣どもの私益のために死んでいく。それを悲しいと表さずして何と言おうか。


「……君には何の罪も無い。けれど何の罪もないからこそ、死後はきっと良いところへ行けるだろう。」


 少年の頭に手をかざす。

 少年は動かない。

 

 男はせめて、痛みのないように……と願いをこめて、少年の首を引き裂こうとした。その時。



「なっ……」



 びりびりびり、と全身の神経を逆撫でするような霊圧を感じ、後ろを振り返る。



「まさか……核は切り離したはず……。」

「大吾郎さん……坊ちゃんから、離れて。」

「君は……一体どこからそんな力を……。」

「離れて。」

「…………。」

「離れないなら、離れないならハナレナイナラ……」


 ころさなきゃ……。


「!!」


 恐ろしい速さで少女は移動したかと思うと、右側から強い衝撃を受け、男は庭に吹き飛ばされる。

 

「ぼ、ボボぼっちゃん……坊ちゃん、だ、大丈夫……ワタわたし、わたしが、守るから。」


 少女は、半ば身体を引きずるようにして少年のもとに近づいていった。


「……坊ちゃん……」


 背中に少年を庇うように座り込む少女の身体には、無数の亀裂が入っている。


「………はは、今のは……効いたなあ……。けれど、もう限界みたいだね。」

「…………。」

「呪いを外したのかい?それがどういうことか……分かってはなさそうだね。」

「……………………。」

「一時的に力を得られるかも知らないけど、その身体はもう耐えられなさそうだし…………―――も蝕まれる。」

「……いいよ、だいじょうぶ。ここで坊ちゃんをまもれるなら、もうどうなったって……いい。」

「…………実に、献身的だね。君は、どうして自分がそうも坊ちゃんに、いや……を守ることに執着するのか、その理由さえ思い出せないのにね。」

「…………。」

「僕は……君たちが好きだったよ。だから、せめて安らかに。さようなら、坊ちゃん。それに、稀子ちゃん。」



 男の右手に、妖気が集まり始める。



「――ダイジョうぶ。だいじょうぶ、大丈夫だよ。――くんだけは、絶対に守るから。何があっても……お姉ちゃんがまもるカラ……ね?」


 少女はうっそりと微笑んだ。微笑んで、黒い、真っ黒な箱を握りしめた。


 男の手が迫る。

 少女の身体の亀裂が広がり、そこから光が溢れ出す。

 男の手が、少女の胸元に迫った―――刹那。















「え――……」



 どう…………と言う音がした。何か、重いものが倒れる男。それに、勢いよく噴き出す、赤い……赤い赤い赤い……。



「……血??」



 そうだ。血だ。少し前まで見慣れていたじゃないか。あれ?で、でも、私は人形だから、血は流れないし。ええと、あれ?じゃあ、誰の…………血??



 生ぬるい血飛沫は、前から降ってくる。血溜まりがどんどん拡がって……その先をたどると……。



「大吾郎……さん?」



 首から上が……存在しない。血の跡を見るに、庭先まで飛んでいったのだろうか。



「えっえっ……そんな、大吾郎さん……そんな……。」



 何が起きたか分からずに、自分が何をしたいかも分からないまま、大吾郎さんに近づこうと機体に力を入れる。先程までの暴力的なまでの呪力はなりをおさめ、残りかすのように身体の奥底で揺らめいている。



「わ」



 突如、後ろから腕を引かれ、つんのめりそうになる。ちょっと……丁重に扱っていただかないと!こちらとら腕がもげそうなんですけど!!


 そんな思いのまま、ぎ、ぎ……と効果音のしそうな首を何とか稼働させて、後ろを振り返る。


 腕を掴んでいるのは、細く、白く、たよりない、幼い腕だった。


「………………………………坊ちゃん?」

「稀子ちゃんってさあ……馬鹿なの?自分を殺そうとした人間の心配って、相当だよ?」


 ころころ、と鈴が転がるような美しい声だった。

 美しい瞳だった。蜂蜜がいっぱいに詰まったような、琥珀色の瞳。それがきらきらきらきら輝いて……。


「うぇ……??おしゃべりしてる??あれれ?夢??」

「……あー、ごめんね?いっぱいいっぱいだよね。寝てていーよ。おやすみ、稀子ちゃん。」


 ぺち


 軽い力で額を触れられると、機体から力が抜ける。


(あれ……ま、まって……まだ壊れるわけには……!)


「大丈夫。……稀子ちゃんは死なないよ。死なせない、絶対。少し、休むだけ、ね?」


 にこり、と微笑んだ坊ちゃんの顔が見えた。べっとりと赤い血がついた顔は、恐ろしいはずなのに、倒錯的な美しさがあった。


 でも。


(…………坊ちゃん、苦しいの……??)


 年齢に見合わない優しげな表情の裏に、悲哀が見え隠れする。それを何とかしてあげたくて、手を伸ばして手に触れた、とき。



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(ま、また……!?)


 視界や聴覚にノイズが走り、乾いた音がする。


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『おー∽ク?邱い!シ繝?大吾郎!!しようぜ?●?』

『螟ァ蜷ちゃん……そろそろもどらないと。』

『はあ?そんなもん言螟ァ蜷とけばいーだろ??』

『そんなこと言って……大変になるのは坊ちゃんですよ?』 


『大吾郎!背中乗せろ!』

『おんぶですか?はいはい』

『ちげーよ!……なあ、大吾郎は……いなくならない、よな?』

『どうしたんですか?急に。』

『……べつに、なんでもない。』


『大吾郎…………?』

『すみません、坊ちゃん……もう、私には、こうするしか……。』


『あ……だ、大吾郎……ど、どうして…………。』

『坊ちゃん……どうか、最後の時まで……幸せに。』


『きゃあ!か、要様……??だ、大丈夫……なわけない、だ、誰か!誰か!!』繧ゅ≧蜿カ縺?%縺ィ縺ッ縺ェ縺??√b縺?ク?縺、縺ョ莉翫?∫樟蝨ィ縲√≠繧九?縺壹?譛ェ譚・縺ィ繧りィ?縺医k縺後??∈縺ー繧後↑縺九▲縺滓悴譚・縲∝、峨o縺」縺ヲ縺励∪縺」縺溷コュ蟶ォ縺ョ逕キ縺ィ縺ョ蜃コ莨壹>縺ョ險俶?驕弱#縺励◆譌・縲?塙縺ョ驕ク謚槫ー大ケエ縺ョ遲斐∴縺昴@縺ヲ縺昴%縺ァ蜃コ莨壹≧縺ッ縺壹□縺」縺滉ココ蠖「縺ョ蟆大・ウイタイイタイ何これ、わたしは一体ナニヲ見せられてるの?アタマが、頭がわれちゃ……………………


 ――――――――ばつん





■■■



 血痕や瓦礫が散らかり、酷い有様になった室内に真っ白な少年が佇んでいる。少年の足元には乾き始めた血と、胴体のない……成人男性の、首。



「………………大吾郎…………。」

『はい、坊ちゃん。』


 応えのないはずなのに、帰ってきた声に驚く。顔を上げた少年の前には、仄かに光る男の姿があった。


「………………残留思念、か。」

『幽霊ってやつですかねえ。』

「……。」

『坊ちゃん、あまり自分を責めないでくださいね?』

「はあ?何で俺がそんなことしなくちゃいけないわけ?殺そうとしてきたのオマエじゃん。俺は正当防衛ってやつ。」

『……すみません、を見てしまいまして。』

「………………。」

『いやあ、まさか、そんなことになってるとは……私はどうにも、間の悪い男ですね。』

「見るからに幸薄そうな顔してるもんな、オマエ。」

『ははは、これは辛辣だ。きっと私は手を焼いたんだろうなあ……。』

「…………。」

『坊ちゃん……私はもう行きますが……。私は、坊ちゃんのこと、恨んでいませんよ。』

「知ってるよ。わざわざド派手に妖気を垂れ流して襲撃するとか、意味わかんないもんな。自分の命をかけて波稲を試したんだろう?」

『結果的に坊ちゃんをいたずらに苦しめるだけになっちゃいましたねえ。』

「はは、ほんとだよ。ほんとに、いいメーワク……。」

『坊ちゃん……どうか、この先が、坊ちゃんにとって少しでも安らかな地獄であることを望みます。なるべく遅く、こちらに来てください、と言いたいところですが……そちらの方が辛いですかねぇ。』

「………要、だよ。俺の名前。自分を殺した奴の名前くらい、知ってから死ねば?」

『要くん、かあ。私は実は幸治ゆきじと言うんです。』

「ふーん、初めて知った。…………じゃあね、幸治サン。」

『はい。要くん。…………さようなら。』


 男の姿は、闇に溶けるように、静かに霞んでいった。


 後に残されたのは、少年だけ。


 あまりに強く握りしめた手のひらには、血が滲んでいる。顔面は蒼白で、白も蒼も通り越して土色に近いくらいだった。


「稀子ちゃん…………。」


 ふらふらとおぼつかない足取りで少女型の人形に近づいた少年は、すぐそばに膝をついた。


「大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫まだ稀子ちゃんは死んでないだからまだ、大丈夫……大丈夫……。」


 そうっと、大切そうに、少女型の人形が握りしめていた黒い箱を手に取り、ぽっかりと空いた少女の胸の中に押し込む。


「稀子ちゃんだけは……絶対に、絶対に……俺が守るよ。今度こそ…………。」




 零された言葉も、闇に溶けた。








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