第12話 黒い箱








「……あれ?」


 気がつくと、真っ白な空間に立っていた。


「…………ここ、どこ?」


 聞こえてきた自分の声に違和感。こんな声だったっけ?いや、こんな声だったよ。27年間聴いてきた声なのに違和感を感じるって……変なの。


「え、本当に何だろ??ゆ、誘拐……??そ、そんなばかな……。」



 肩にかけていたトートバッグの中を漁る。スーツも着てるし、仕事帰りだったのかな……??記憶が曖昧だ。



「あれ?スマホがない……って、何これ?ガラケー??」


 え、ガラケーなんて……高校生のときまでしか使って……。


「んん?こっちは、小学生のときに使ってたシール帳?うわぁ、プリクラとか懐かし…………え、こ、これは………………!!中学生のときの††闇ノート††ウワッ……これはっ……俺に効く!!!ってなんでやねーん!こんなもんバッグの中入れてるわけないやろがーい!もうとうの昔に燃やしたわ!!!」



 次から次へと出てくるガラクタたち。豚さん貯金箱?ぬいぐるみ、キーホルダー……いやいや、私が探してるのはスマホ!!


 ムキになってバッグの中をかき回してると、冷んやりとして、四角い物を掴む。あ、これだ!



「ああ、あったあった良かったー無くしちゃったかと思ったー!」



 私は、その、黒い正方形の箱に白い布がぐるぐる巻き付けられている物体を、大事に大事に両手で包み込んだ。



「これが壊れちゃったら、私、本当に死んじゃうもんね。」  



 安心したら、なんだか足の力が抜けてきた。その場に座り込んでぼんやりと辺りを見回す。



「あれ?何か……暗い?」



 さっきまで、真っ白な部屋だったのに。今は白いところの方が少ない。



「ええ……?なんでだろ。なん…………だか分からないけど、もういっか。」









 どーせすぐに何も分からなくなるんだし。









「バカやろーーーーー!!!」

「いだあっ」


 

 えっ??えっ??な、何?何か突然殴られたんですけど?!どゆこと!??



「なに諦めようとしてんねん!ここで諦めたら私死ぬし!!何より坊ちゃんも死ぬわ!!そこんところ分かってるのかな〜〜私はー!!」

「えっ痛い痛い痛い痛い痛い!!!首絞まってるからあ!!!ってやめーーーい!!」

「ぎゃあ!」


 ていっ、と背負い投げをすると見事に決まった。ははは、大人の力を舐めるで無いぞ、はははははは。


「え、女の子……?」


 むくり、と起き上がった少女を見つめる。背中までの黒い髪は真っ直ぐだけれど、猫毛なのだろう。ふわふわとしている。切り揃えられた前髪は、いわゆるぱっつん。垂れ目がちの黒い瞳に、左目の下にある泣きぼくろ。それに、メイド服(黒)……………………ええと、なんて言うか。


「地雷系……?」

「」

「あっ、いや!似合ってるよ!ちょっとね!?ほら、おばちゃんには理解が難しいところがあるけどね?でもね、何を選ぶかは人それぞれだから!」 


 アッやばい、ほら、現代の若者キレやすいって言うじゃん!?なんか腕、震えてるし、絶対怒ってるじゃん!!


「………………私はっっっ!お前じゃーーーい!!!」

「そっかーー!ごめんねーー?!だから怒んないでーーー!!……え?……私…………?」


 改めて少女を見つめる。私の胸ぐらを掴む手は爪の先までまで艶々だけれど……よく見ると、関節部分が球体だ。垂れ目の瞳も、美しいけれどガラス玉のよう。


「あれ、私じゃん。」

「もうー!お、そ、い!!」

「あははははごめんって〜まさか私だと思わなくって〜。」

「全くもー!仕方ないなあ〜まあ、私だしなあ。」



 あはははは、と二人で笑い合う。日本人形のような黒髪の私と、お疲れスーツで茶髪の私。あれれ?私がゲシュタルト崩壊起こしてる。ん?あれ?でもそんな事よりもっと大切なことが……。



「ってこんなことしてる場合じゃないー!!坊ちゃんが!私が!死ぬ!!」

「そうだった!!」

 


 えらいこっちゃ!と二人でわたわたする。わたわたわたわた。



「ううーー……お、落ち着け!れ、冷静になるんだ!」

「そ、そうだね。落ち着こう……落ち着こう!!」

「ここは……どこ?」

「わかんないけど、私が二人ってことは……」

「二人ってことは……?」

「こ、心の中、とか?……仮ね!」

「な、なるほど……心の中と仮定すると……」

「これは、私による私のための」

「「自問自答…………」」

「おお……」

「理解……」

「いやいやいや、じゃあ何、この黒いところ広がっていってるのは……」

「私がそろそろ死にそうってことなんじゃない?」

「ええ!どーすんのよ!私まだ死にたく無いんだけど!」

「まあもう一回死んでるんだけどね(笑)」

「仮に死ぬとして!坊ちゃんだけは守りたい!」

「ああ〜坊ちゃん……私昔から美ショタには弱いからなあ……」

「えっ、謎の坊ちゃんへの庇護欲と責任感と罪悪感みたいなもの前世の性癖から来てるの!?いやだー知りたくなかった!!」

「まあ冗談はともかくとして……。」

「…………うん……これ、かなあ。」

「これ、じゃないかなあ。」


 もう辺りは真っ暗だ。本当に時間がないみたい。


「でも、すっごくすっごくやな予感するよ?」

「死んじゃうより良くない?」

「死ぬより大変な予感するよ?」

「それで坊ちゃん守れるなら良くない?」

「そっか。」

「そうだよ。」

「そうだね。」

「「じゃあ……」」



 真っ暗な闇の中、不思議の私と私の周りだけが、切り取られたように良く見える。


 両の手のひらで包んでいた、黒い箱。巻き付けられた、まじないがびっしり書かれた白い布の先が、誘うようにほつれていた。


「いくよ?」

「いいよ。」

「……ほんとにいいの?」

「いいってば。」

「……じゃあ……」




 かり、

 かりかりかりかり

 かりかりかりかりかりかりかりかり……

 べ り 。






 

 

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