第11話 壊






「坊ちゃん!!」



 坊ちゃんは、布団の上に上半身を起こした状態で座っていた。


「はあ……良かったぁ……。」


 月明かりに照らされた坊ちゃんは、庭を眺めているようだった。縁側へ向けて窓は全開となっており、そこから冷たい空気が室内に吹き込んでいる。


「……何で開いてるの……。」


 嫌な予感がする。生身だったら、鳥肌が立っているのではないだろうか。


「……坊ちゃん、こっちに…………」




「おや、来たのは君だけかい?」

「だ、大吾郎さん……?」



 ぬらり、と闇から滲み出るように現れたのは、大吾郎さんだった。



「……やはり君は、ただの使用人の子じゃなかったんだなあ。」

「…………そういう大吾郎さんも、ただの庭師じゃなかったんですね。」

「そうだね。」



 昼間と同様、人好きのする笑みを浮かべながら穏やかに話す大吾郎さん。けれど、立ち上る禍々しい妖力がそれを台無しにしている。台無しに、しているよ、大吾郎さん……!



「……この妖気……大吾郎さん、人間ですか?」

「はは、僕は人間だよ。…………さて、おしゃべりはここまでにしようか。夜は短いんだ。」



 そう言って武器を構える大吾郎さんを見て、機体が軋むほどの衝撃が走る。あれ?どうしたんだろ。まだ何も攻撃を受けていないのに、若干視界も揺れている。こんなときに故障は困るんだけど。



「……稀子ちゃん、君……怒ってるのかい?……優しいんだね。」



 怒る……?

 怒る……。そうか、そっか………………私、怒ってるんだ。






 腕を振り上げる、刀で弾かれる。その衝撃を活かして宙に舞う。逃げ場が無いと思ったかもしれないが、私は人形。呪力で足場を作ることは容易い。



「何で!!」

「っと……」

「何で!何で!!坊ちゃんを裏切ってたの!?」

「はは、これは……君、人間じゃないね?」

「そんなこと!どうでもいい!!」



 なんで、なんで、なんでなんでなんで!!あんなに、あんなに優しい目で見てたじゃない!それなのにどうして!そんな冷たい目で坊ちゃんを見てるの!?殺気を出してるの!!?



「……君は、優しい子だね。人間じゃないことが悔やまれる。坊ちゃんと同じ時間は生きられないからね。」

「……っ今更何ですか!?坊ちゃんを襲ったの、何の理由があるんですか……??」

「坊ちゃんはきっと…………死んだ方が幸せだよ。」



 その言葉にギリギリと身体中の関節が音を立てた。ああ、ああ、もう、あんまり怒っちゃだめだ……身体が壊れちゃう……。

 


「…………あんまり怒らせないで。」

「喜怒哀楽が激しいから気づくのが遅くなったけど、君は人形だね?」

「…………だったら?」

「波稲には敵が多い。これから先も坊ちゃんは狙われ続ける。今死んでおいた方が幸せだ。」

「だから……何を……!」

「君は護衛でも無いのだろう?……波稲の人間は、坊ちゃんを大切になんてしないよ。こんなに騒いでいるのに、来たのは君一人だけ。僕をここで君が殺したところで……次の刺客が来るだけさ。そして坊ちゃんが捕まってしまったら…………死ぬより辛いことが待っている。だから、君には悪いけど………………ここで壊れてもらうよ。」

「な……っ」



 そう言い残して、大吾郎さんの姿は闇に溶けた。最初のときと同じだ。くそ、どこから攻撃が来るのか分からない。


 ああ、もう……!集中して、落ち着いて考えなきゃ……どこから攻撃されても対応できるように…………あれ?そもそも、大吾郎さんの目的は…………。



「……っ坊ちゃん!!」



 しまった!坊ちゃんと距離を置きすぎた!!


 布団の上に座った坊ちゃんの横の暗闇がゆらりと揺れる。


 間に合え!間に合え間に合え間に合え間に合え!!!





「……あ……。」

「そうくると思ったよ。君はやや短絡的過ぎるな。それじゃあこの世界……早死にするよ。」


 胸元にぶっすりと大吾郎さんの手が刺さっている。


「……核はこれかな?」

「あああああああああああ」



 ずりずりずりずりずりぶちぶちぶちぶち



 嫌な音が機体に響く。明滅する視界の中、胸元から引きずりだされた私の核が、大吾郎さんの手の中に収まっていた。黒い箱のような物に、呪がびっしりと書かれた布が幾重にも巻いてある。



「これが、呪具人形の核か…………酷いことをする……。――しいの――が変わってしまって――じゃないか。」



 あ、あれ、

 あれ?



「呪具人形は……――の力を動力とした呪物。ああ、その事に気づいたら耐えきれずに暴走してしまうとも聞いたね。稀子ちゃん、大丈夫かい?」



 なにをいってるの

 なにを

 あ、わたし……

 ワタシ…………

 


「そうか、もう聴こえてないか。」



 がつん、と音が響いた。それきり音は聞こえなくなった。

 視界が斜め。どんどん暗くなっていく。



 ――あ、だめだ。坊ちゃんを守らないと。

 ――だめだよ、大吾郎さん。坊ちゃんを殺さないで。

 ――殺さないでよ。やめてよ、やめて。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!!



 願っても、祈っても、どんなにお願いしても身体は動いてくれない。あれ、身体ってどうやって動かすんだっけ?もう何も見えない。聞こえない。感じない。




 暗い。

 暗いよ、





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る