第10話 呪






「大吾郎さーん、お昼持ってきましたよ〜!」

「お、もうそんな時間かあ。坊ちゃんはいるか?」

「先程身柄を確保しました!」

「はは、頼もしい。」



「はい、坊ちゃん。」



 縁側に座る要様におむすびを差し出……しても受け取りはしないので、無理矢理持たせる。やっぱり坊ちゃんは、ぼんやりとしたままだなあ。でもこうやって食べ物を持たせると時間はかかるけど何だかんだ食べてくれるのだ。動物みたいで可愛い。



「落ち葉掃除、大変そうですねえ。」

「そうだねえ、この時期は毎年すごいよ。」



 あははは、と笑いあいながら三人で昼食をとるのも何回目だろうか。まあ、私は食べられないので同僚と先に食べたことにしている。



「そう言えば、母屋の方は司様の誕生祝いの準備の時期かい?」

「そうですねえ。分家や親族からたくさんお客様が来るっていうので、料理長は張り切ってますよ。」



 ……張り切る……うん、血走った目で若手の料理人を怒鳴り散らすのも張り切るの一種だよね?多分ね。




「そうかあ、立派なものになるんだろうなあ。」

「そうですねえ。」



 ぱくり、と大吾郎さんが大口を開けておにぎりにかぶりついた。今日の具は高菜である。味見はしてないから分からないが、まかない当番が作ったので美味しいと思う。多分ね。



「坊ちゃんもなあ、誕生日はあるはずなんだがなあ……。」

「坊ちゃん、今年で七つですものね。」

「……そうなのかい?」



 アッやべ、口が滑った!



「そうらしいですよ。この前母屋の方で言ってました。」

「そうかあ、七つか……。正直司様と同い年ぐらいかと思っていたよ。……そうかあ、七つか……。よし!」


 そう言うと大吾郎さんはおもむろに立ち上がり、坊ちゃんの両脇に手を差し込んで抱き上げた。


「坊ちゃんの誕生日、勝手に決めて悪いが明日にしよう。」

「え、明日……?」

「前は急げというだろう?」



 え、ええ……まあ言うけど……流石、根明。行動力が違うわ。そこに痺れる憧れる。



「準備、と言っても何も出来ないが、二人で祝ってやろうじゃないか。」

「ふふ、そうですね!」



 坊ちゃんを抱き上げて、笑いながら佇んでいる姿は親子にしか見えない。



「坊ちゃん、明日はお誕生日会ですよ?」



 覗き込んだ、大吾郎さんの腕の中の坊ちゃんは、やっぱりぼんやりとしたままだったけれど。いつもより少しだけ、安らかな顔をしているように思えた。

  




 だから、本当に。


 信じられなかった。






 ……これが、三人で会った最後になるなんて。……この日の夜、大吾郎さんが死んだ。







■■■







「これで本日の業務は終わりです。ご苦労様でした。」

「「「お世話さまでした。」」」



 使用人長が部屋を出ていくと、少女たちはゆっくりと顔を上げた。普段は鉄面皮なの……?と心配になるくらい張り付いた無表情がデフォルトの皆さんだが、この時ばかりは緊張のほぐれた柔らかな顔だ。


 しかしここで、「あのクソババア〜まじうぜえ。」「ほんとほんと!てかさー今週渋谷行かない?」「やばっボタンとれた〜」「ボンドで良くね?」みたいな会話にはならないのが波稲家の使用人たる少女たちである。


 あいさつもそこそこ、スゥ……と自室に消えていく様はいっそのこと見事なスルースキル。あれ?私は今日もおしゃべりしたの大吾郎さん(と坊ちゃん)だけじゃん。何度も言うが、コミュニケーション能力高め()の機体じゃなかったっけ?活用する場すら与えてもらえないってどゆこと??









(……でも今日ばかりはそれが好都合!さて、坊ちゃんの誕生日会の準備をしよう!)


 自室に戻り、文机の上にノートを広げる。使用人部屋は四畳だが、寝るだけなので困らない。私物を持つ理由も無いので殺風景だが、備え付けの文机と一応用意してきたノートとボールペンがあってよかった。 


 さてさて、本当にどうしようかな。大吾郎さんも明日だなんて、本当いきなりなんだから。とはいえ、大掛かりなものはそもそも無理だし、今あるものでなんとかしないといけない。これはなかなか難題だぞ。


 ――うーん、でも飾り付けはしたいし。あ、綺麗な落ち葉とかどうだろう?うん、それがいい。終わったら自然に帰せるし。


 ――食べ物……はあまり派手なのは難しい……。はっ!おにぎりケーキとかどうかな?明日は朝食当番だから出来る!よしよし……。


 夜の時間は長い。

 休眠の必要性がない私は誕生日会の計画にどんどんのめり込んでいった。



……

…………

……


(はっ!)


 気がついたら二時間ほど経過していた。流石にこれ以上はやってると怪しまれそうだ。灯を消して布団に潜り込む。


(ふふ、でも計画はばっちりだ。実行するのが楽しみ、だなあ。)


 布団に入ったところで、眠気が来るわけでもないので、つらつらと考え事を続ける。


(ああ、なんか……こうやって誰かのために何かしていると……生きてるって感じ、するなあ。)



 まあ、生きてないんだけどね?

 ……でもきっと、生きてたときってこんな感じだったと思うんだ。あれしたい、これしたいって考えて……多分、私、幸せだったんじゃない?…………あーあ、何で死んじゃったんだろうなあ。もったいない。それでもってなーんで呪いの人形なんかに生まれちゃうかな〜そこだよな〜。


 布団の中でぐるぐると考えていると、現状に対する不満しか出てこない。……デジャヴ感じるので、人間だったときとそう変わらないのかもしれなかった。



(あ〜やめやめ!どうにもできないことぐるぐる考えてもしゃーないわ。はあ、こんな時寝落ちできればなー……)

 


 機体の設定として休眠モードは搭載されているが、一応、内部調査を任されている身としてはそうもいかない。



(…………夜って……長すぎる……。)



 天井のしみでも数えるか……と見上げたその時。




 ぶわり


 突如発生した力の奔流は、瞬く間に屋敷全体を包み込んだ。



(……!!これは!妖気…………??いや、呪力??な、なんて禍々しい…………。)



 一体なにが……と考えるより先に気がつけば布団をはね上げ、廊下を全力で走っていた。



 この、気配……!!

 要様のお部屋の方からだ…………!!!








 

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