第9話 庭師の男
「…………マ?」
「おや、起きたかい?」
何故かぼんやりする。きらきらと視界に星が浮かんでいるような気もする。???思考がまとまらない。ええと、わたし、何だっけ?起きたって……私寝てたの?でも私、人形になってから睡眠、必要じゃなくなって……………あれ?
がばり、と飛び起きた。肩口まで掛けられていた布団が落ちる。
「おおっと、驚かせてしまったかな?すまないね……。」
「あ、あなたは……どちら様でしょう……?」
声をかけてきたのは、壮年の男性だった。短髪に日に焼けた肌。人の良さそうな細い目に、笑い皺。濡縁に座りこちらを見ている。
「僕は庭師の柴田大吾郎。君は……母屋の方の使用人の子、かな?」
「え、ええ……黒羽稀子です。」
「そう、稀子ちゃん。よろしくね。」
にこり、と微笑んだ姿はやはり人が良さそうだ。
「…………ええと、私……。」
おろおろ、と周りを見回す。そこは記憶が途切れる前と同じく、要様の自室だった。要様の布団の横に、横向きの体制で寝ていたらしい。
え、何この状況?私が一番分かってない。確認するけれど、私は人形……眠りを必要としていない。それなのに、眠っていた……?ええと、こうなる前、何があったんだっけ……。確か、要様の髪についた枯葉を取ろうと………………そうだ、要様はっ!?
まさかまたどこかにふらふらと……と思ったのだが、それは杞憂に終わった。大吾郎さんの見守る庭先に、うずくまって何かを見つめている小さな姿があった。
「…………君は、どうしてここに?」
「あ…………ええと、母屋の庭でお見かけして……お怪我をしていたので、手当しようと…………それでその、気がついたら……。」
『寝ていた』という表現をしていいのか悩み、口籠ったのだが、『恥じている』と大吾郎さんは捉えたらしい。
「ははは、君はお勤めをはじめて日が短いのだろう?疲れていたんだよ。」
「……あ、あのう。大吾郎さん、このことは…………。」
「もちろん言わないさ。」
にかり、と笑った大吾郎さんを見て、私は思った。
大吾郎さん………………好き!!!えっすっごくいい人じゃない??(トゥンク)会話のキャッチボール出来るし、慰めてくれたよね?しかも私が気にしないようにフォローしてくれるなんて…………あと何より根明っぽい。いや、根暗が悪いとか、嫌いとかじゃないの。私だって根暗だしね?でもね?物には限度があると思うの。つまり何がいいたいかというと、波稲の皆さん、どろどろねちねちとげとげしすぎだと思うの!!!!
「まあ、僕はしがない庭師だからなあ……。母屋の皆さんは、いろいろ背負うものがあって大変なんだろうよ。」
アレッ声に出てた!!
「う……すみません、ちょっと溜まってたものがあって……お耳汚しを……。」
「……………………まだ小さいのに大変だなあ。」
大吾郎さんの同情的な視線を受け、若干胸が痛い。ええとサイズ感的には小さいですケドね……中身は……そこそこ…………いい歳してますとは言えない。(大吾郎さんよりは……歳下だと思うよ??)
「君はいい子そうだから、余計にしんどいんだろうな。」
そう言って眉を下げる大吾郎さんこそ、いい人なんだろう。初対面の女の子にここまで感情移入する人、そしてそれを口に出しちゃう人、なかなかいないと思う。
「あ、あはは……そんなコトないですよ。」
「いや、それに坊ちゃんのことを気にかけてくれたんだろう?」
「坊ちゃん?」
「彼のことだよ。」
そう言って大吾郎さんは要様を見遣った。
「名前を知らないからね。坊ちゃんと呼んでるんだ。」
「…………坊ちゃん。」
「うん、君は彼の名前を知ってるかい?」
「いいえ。」
「そうか。」
お勤めをして長そうな大吾郎さんが知らないのだ。私が知っていたらおかしいかもしれない。……そういうこと言おうね!藤田氏!!!ドジっ子か??ドジっ子なのか??
「大吾郎さんは、坊ちゃんのこと、何か知っていますか?」
「いいや、僕は離れの庭師になって長いんだけどね。ここはずっと空き家だったんだよ。ところがある日……もう二年になるかな?にわかに騒がしくなって……最初はついにこの離れにも主人が出来るのかと思ったんだけど、引越しの準備が終わったら、みんな引き上げていってね。」
「…………。」
「残ったのは坊ちゃんだけだった。」
「……それって…………。」
「まあ、何か訳ありなんだろうね。でも、お世話の人は朝と夕にしか来ないし。それも最低限のことしかしないから、どうにもね…………見ていられなくて。」
そう言って要様を見つめる視線は優しかった。
「それで仕事の合間に様子を見ているうちに、何だか情が湧いてきちゃって………………はは、偽善だなあとは、思うんだけども。」
要様は、先程と同じ体制のまま、庭の茂みを見つめ続けている……と、その足が靴を履いていることに気づく。
「靴……あったんですね。」
「うん。僕がこっそり用意したんだけどね。なかなか履いてくれないんだなあ、これが。」
最近は外を散歩することが好きみたいでね、あちこちウロウロして傷をこさえてくるものだから、気になっちゃって……と頬を掻きながら続ける大吾郎さんを見て、思う。
―――良かった。
――――――要様…………坊ちゃんを気にかけてくれている人、いたんだなあ。
私の方こそ偽善だけれど。
箱庭で生きる、幸薄そうな少年を前に、そう思わずにはいられなかった。
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