第6話 藁人形の中身は納豆。






「ちょっと!あんた、司様に馴れ馴れしいのよ!」

「そうよ、あんたなんて、分家も分家の末端の下っ端のくせに」

「身の程を弁えなさいよね!」




 屋敷には広大な日本庭園があり、日常に疲れた私にとって、人目につかない隅っこ〜の端っこ〜の方でサボ・・・休憩するのが唯一の楽しみだったのだが、人目につかないというのは、こういった輩にも絶好の場、だろうなあ・・・そうだよなあ・・・。




「そ、そんな・・・私は!そんなつもりじゃ!」

「はあ?あんたの色目なんかに惑わされる司様じゃないんだからね!」




 と、キャットファイトを繰り広げている彼女たちだが、よくて12歳ぐらいにしか見えない…。そうだここに児相を建てよう。少子高齢化の進む日本にとって子供は宝ですよ。てかなんやねん、色目って。司様……当主、飯綱様の嫡男さまは、確かおんとし五歳…。


 死んだ魚の目で眺めているうちに諍いは、キャンキャン喚いてる少女Aがいじめられっ子少女Bを突き飛ばしたことで終わりを迎えたらしい。




「ふん!これにこりたら身の程を弁えなさいよね。」

「そうよそうよ。」



 はわわ……大丈夫かな……?見てるだけでごめんねえ。おばちゃん、命をかけた大事な使命があるから……でもあれだから!あんまりひどいようなら鉢合わせないように陰ながら手助けくらいなら……。


 などつらつら考えているうちに、少女Bがゆっくりと立ち上がり、お仕着せのスカートに着いた汚れをはたき落とした。そうして、少女Aたちが立ち去っていった使用人部屋の方を睨みつけながら呟いた。




「……月夜ばかりと思うなよ。」




……アッ大丈夫そうですわ。心つよっょ系ですわ。儚い系の美少女なのに、ひと目見たぐらいじゃ分からないものである。



「ふう、やれやれ。やっと静かになったわ。」



 わざわざ高いお金をかけて内部調査のために呪具人形を発注するのだ。屋敷内は盗聴器くらい普通に仕掛けられているだろう。そう思うと、屋敷内で迂闊に会話など出来ない。


 ……まあ、会話する相手ほとんどいないんですけどね?いや、これは私がコミュ障だとかそうでないとか関係なく。表面上では差し障りのない会話をしているが、裏で相手が何を考えているかは分からない。そういう職場なのだ、ここは。


 そして、聡明な人ほど会話を避けているような傾向がある。自分の失言で、どのような解釈がされるか分からないのだ。発言には慎重になるのだろう。


 先程の少女Aとその取り巻きたち。むしろ今後が心配なのは彼女たちの方かもしれない。少女Bはなんだかんだ上手くやっていきそうだ。心つよっよ系だし。



「はーーあ。今元職場のストレスチェックやったら確実に呼び出しコース……。失われた胃がきりきりする……。」



 綺麗に刈られた芝生に寝転がり、空を見上げる。うん、素晴らしい秋晴れ。心はこれでもかと言うほど曇り模様なのに、皮肉なほど美しい空。チクショウ、嵐になって雨戸全部吹き飛べば良いのに。アッ片付けするの私か。やっぱやめやめ……。



「……ア?」



 逆さまになった景色の向こうに、何か白いものがチラついた気がして起き上がる。ふはははは、私の視力は両眼合わせて3あるのだ。捉えられぬものなぞない!




「……ヒェッ」


 そして、見たことを後悔した。

 ものすごく後悔した。けど、仮にも雇われてる側の人げ……人形なので、見なかったことにはできない。庭の茂みがゆらゆら揺れているのだ。確実に誰か……いや、ナニカがいる。


 うーん……波稲には大きな結界が張ってあるというし、良くないものではないはずだ。そうなると、人間ということになるが、こんなところでコソコソしてるって怪しすぎないか……?


 自分のことは棚に上げて、覚悟を決める。よし、い、行くぞぅ…………。


 ごそごそ、ごそごそ、と茂みは音を鳴らし続けている。くっそ、モンスターボールを投げつけたいところではあるが、あいにく手持ち技はモーニングスターしかないので諦めて素手だ。




「えいっ!」




 気合いを入れて茂みをかき分けた。 

 


「……ぇ……。」



 想定外のことが起こると……人形の身体といえど……固まってしまうようだ。


 そこには、全身真っ白な、ひとりの少年がうずくまっていた。

 けぶるような白いまつ毛に覆われた瞳は、木漏れ日を反射して輝く黄金色。

 艶のない真っ白な髪は、穢れのない新雪のような美しさだ。

 全ての顔のパーツが見事に整っており、それはそれは美しい少年だった。



――しかし。



「ええと、その手、大丈夫?」

「…………。」



 その美しさに目を取られたのは一瞬で、すぐに傷だらけの手や足に目が行く。


「ちょぉっと見せてねぇ〜?」


 少年の両手はあかぎれだらけだった。手入れがされていないのか、白い粉のようなものが浮き出ている。元は白魚のように美しいだろう白い手に無数の小さな傷がついている様は痛々しい。


「痛そ〜……きみ、なんで靴はいてないの……?」

「………………。」


 白い着物の裾からのぞく両足は靴を履いていなかった。足の裏はもちろん傷だらけ。最近のものではないものがたくさんついてあるところから考えて、かなり長い期間裸足なのかも知れなかった。



「きみ?」

「………………。」



 少年は問いかけに答えを返さなかった。



「あ、ちょっと……。」



 少年は、ぼんやりとした様子のまま立ち上がると、ふらふらと庭のさらに奥の方へ進んでいく。



「あ、ちょっと待って……そっちは……。」



 そう声をかけたところで気づいた。もしかして、この少年は……。



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