第4話 日本人形は地雷系女子のルーツ…??
「ねえ、さよ。今日はとくべつな日、なんでしょう?」
そう言って宗家の嫡男、司さまが笑うので、使用人の小夜はにっこりと微笑んで、まだ幼い時期当主さまのために膝をついた。
「ええ、そうですよ。この波稲のお家に新しくお仕えする者たちが、宗家に忠誠をお誓いする、大切な日です。」
「ふうん。」
分かっているのか、いないのか。こてん、と首を傾げる。
その、まだまだ幼く、愛らしい様子に、小夜の笑みはさらに深いものになる。
「小夜も、昔、司様のお父上の前でお誓いいたしました。」
「小夜も?」
「ええ、ほら。これがその証ですよ。」
そう言って小夜は、メイド服の襟を少し下げて見せた。ほっそりとした白い首の周りに、赤い糸で描かれたような複雑な線が走っている。
「わ!痛そう」
そう言ってしょんぼりと眉を下げる主を見て、小夜の心は幸福感でいっぱいとなる。
小夜は、古くから続く、宗家に仕える使用人の娘だった。かろうじて義務教育を済ませた後は、宗家に一生を捧げる、そういう人生が生まれる前から用意されていた。
嫡男、司の専属の使用人となれたのは、小夜にとって幸運だった。平安の世から、妖退治や除霊などを生業としている波稲家は、歴史や伝統、威厳を感じさせる佇まいの家だが、かなり旧い体質の家だった。
時には息苦しさを感じる毎日の中で、司との交流は小夜に安らぎを与えた。年若い小夜に期待されているのは、正式な「友人」が出来るまでの司の話し相手なのも良かった。
「ふふ、司様。小夜はちっとも痛くなんて有りませんよ。」
「ほんとう?」
「本当ですとも。小夜はこの証が誇りなんですよ。波稲家の使用人としての誇り。それから、司様のお世話をさせていただく者としての誇りです。」
「…難しくて、よく分からないよ。」
「あら。」
小夜はこの少年の、こういった素直な心根も気に入っていた。司は、自分の心を偽ることをしない。ただあるがままに存在している。他人の物差しの中で生きてきて、これからもそれを続けていく小夜にとって、年齢や身分などを越えて心の底から憧憬するものだった。
「さ、司様。そろそろ中に入りましょう。肌寒くなってきました。」
「うん。」
素直に差し出した紅葉のような手を握り、小夜は母屋に向かって歩きだした。
……痛くはない。
…………もう、痛くはないから嘘にはならない。
小夜はぼんやりと、もうずうっと前のような気もする、自らの誓約の儀を思い出した。
あの日からずっと、小夜の心臓は宗家に握られている。
誓約、とは建前で、あれは呪詛だ。
宗家の命を第一として服従し、裏切れば死をもたらす。死後の魂さえ縛られるという、呪いの儀式。
小夜はもう一度だけ、儀式が行われている離れの建物を振り返った。
今日は、――――新しい使用人の誓約の儀だ。
新たな同僚となる者たちの心の平安を、偽善だろうが願わずにはいられなかった。
■■■
(絶許ッッッッ!!!お父さま絶許ッッッッ!!!)
何人もの人間が広大な座敷で跪いている。
頭を垂れた若者たちは男も女も、黒を基調とした服装で、極限まで個性を消した姿をしていた。そんな若者達を睥睨するのは、上座に悠然と座った和服姿の壮年の男。
今は、波稲宗家で行われる誓約の儀の真っ最中。当主、飯綱様の霊力が呪力に変換されて、首元に集まってきている。やがて首に赤い紋様が刻まれ、強く魂が縛られる感覚が走った。
けれどそんなことはどうでもええねん!他の人間の皆さんは苦悶の表情を浮かべているけど私人間じゃないから痛く無いしな!!
ことの起こりはつい昨日。いつも通り任務や修行前に暁音たちと喋っていたときだった。
「お父様がお呼びです。」
「え、私は行きたくないです。」なんてもちろん言えないので、へこへこついて行きました。呼びにきたのは姉機です。黒羽宗因作だけど、出荷するにも廃棄するにも微妙な性能のせいで工房のお手伝いに就任したという噂の姉機です。正直そのポジションが羨ましくてなりません。そんな憧れの存在に案内されて辿り着いたのはお父様の作業場でした。
そこでお父様に言われたのが…………。
「お前の存在。その全てをかけて、宗家に使えなさい。」
いや、宗家ってなんやねん。まずそこから説明してくれよ!私は決意した。今までずっと我慢してきた。こちらとら前世と今世の記憶が混じって、あれ?この記憶ってどっちのだっけ?状態なのである。つまり、いきなり宗家とか言われてもピンとこない。こっちがなんでも分かる前提で話さないで欲しい。言うか?いや、言ってやれ!よし、言うぞ……!言うぞ…………!
「はい、お父様。」
言えるかーい!人形になったとしても我が身は可愛いし、命は惜しい。まだ廃棄処分にはなりたくない。
「宗家は素晴らしい。」
「はい。」
「…お前は宗家の為に作られた。死ぬ時は、宗家を守って壊れるように。」
「はい。」
「…明日、迎えがくる。荷物をまとめておくように。」
「はい。」
「以上だ。下がれ。」
ぺいっと部屋の外に放り出された私は「一体なんのこっちゃ……」と頭を捻りながら先程までいた待機部屋に戻りました。
「お、お師匠さまなんだって?」
「えーじつはかくかくしかじかで〜」
「さっすが稀子!話してた通りになったな!」
「外に出たがってたし、良かったんじゃないかい?」
「おめでとう、と言っておこう。」
三機から祝いの言葉を述べられ、現実味が増してくる。
「……でも、不安だよ。ここを出て行くなんて。みんなともせっかく仲良くなれたのに。」
「はあ、あんた本当に変な子だねえ。」
「??稀子ってまじで思考回路が意味不明だよな。」
………………感傷に浸るくらいさせてくれよ!
「お屋敷務めかぁ。化け物退治しなくていいってことかな?」
「それはどうだろうな。頻度は下がると思うが。」
「……でもそうしたら、私の仕事って何??」
「護衛、とかじゃないか?」
「護衛かあ…………。」
うーん、全然想像つかないし何への護衛??
「ま、何はともあれおめでとさん。稀子が一年点検で里帰りするときまで、廃棄にならないように俺たちも頑張らないとな。」
「あは、確かに〜俺出来悪いからそんときゃいねえかもなあ〜」
あははははは、とまたもや笑えない冗談で和やかに笑う三機に引き攣り笑いをしつつ、ちょっとお父様に感謝をしていた。
お屋敷務めなら、今よりひどいことにはならないのでは?波稲家は由緒正しき、妖怪退治屋の老舗のようだし、平凡な一使用人として生きることができるのかも知らない…………なんて。
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